NYのマンハッタンに位置する世界的に有名なファッション名門大学、Fashion Institute of Technology(FIT)。そこに付属する美術館の館長、ヴァレリー・スティールは、2019〜20年に『Paris, Capital of Fashion』展を企画・開催。パリのメゾンがニューヨークのデザイナーや消費者にどのように影響を与えているかを検証した。そんな彼女と、メトロポリタン美術館などと仕事をする、コンサバター(管理保全者)のタエ・スミスがモードの循環について語った。
ヴァレリー(以下V) 現在、作られている服は、どこか同じに見えるものが多いけれど、若い人たちはユニークで目立つファッションを求めているはず。 タエ(以下T) ヴィンテージには独特の趣とストーリーがあるし、今のファストファッションとは比べものにならない価値がある。ヴィンテージは、身につけることで、着る人が新しい命を吹き込むことができる価値もありますよね。ところで、今、アーカイブを持つブランドが増えてきているようで、私が教えているパーソンズ・スクール・オブ・デザインでも、アーカイブ部門で働きたいという人たちが多いんですよ。 V 一方で、ブランドがアーカイブを良質な状態で管理するには、コストも時間も人手もかかりますよね。ニコラ・ジェスキエールがバレンシアガのクリエイティブ・ディレクターに就任した際には、パリだけでなく、うちの美術館やメトロポリタン美術館にまで、クリストバル・バレンシアガの作品を見にきていましたね。 T 服はある種「生もの」だから、気温や湿度の調整が難しく、保管するのは、美術館を維持するようなもので費用がかかります。そこをクリアしているのは、ラルフ・ローレンやダナ・キャランなど。自身のアーカイブのほかに、デザインのインスピレーション源となった品々も多数揃えています。 V イヴ・サンローランの共同創業者のピエール・ベルジェはイヴ・サンローラン財団をつくって、イヴ・サンローラン美術館でアーカイブを展示していますね。デザイナーの多くは服を管理できなくなって売り払ったりもしているし、うちの美術館にも引き取ってほしいという依頼も多い。「アーカイブは写真でいい」という人もいるけれど、生地の肌ざわりや服の裏側、縫製の仕方などは写真ではわからない。だから、美術館に通う若いデザイナーたちが多いんです。 T ディオールなどのビッグメゾンは、クリエイティブ・ディレクターが入れ替わることがあるので、クリスチャン・ディオールのビジョンや美学を受け継いでいくためにアーカイブはとても重要。つまりブランドのDNA、ヘリテージ、レガシーを管理するためのものと考えられる。アーカイブが充実しているシャネルやグッチは、その中からヒントを得て、DNAを継承しつつ、ニューバージョンを発表することに成功していますよね。 V ヴィンテージをインスピレーションにしたデザインはクリエイティビティの欠如だという人がいるけれど、私はそれは誤りだと思うんです。たとえば、ロマンティックなドレスをデザインしたいと思ったときに、30年代のドレスを参照すると、バイヤスカットでやさしさを出していたことがわかる。デザイナーがどの部分に共感するかで、いかようにもスタイルが蘇るわけです。ノスタルジアではなく、アーティスティックな共鳴であり刺激なのです。 T ヴィンテージといっても今の若い人たちにとっては、80年代や90年代がヴィンテージですよね。 V 知人のヴィンテージ・ディーラーによればワンシーズンが終わった時点でヴィンテージになるそう。今の若者には、特に90年代のマルタン・マルジェラやヘルムート・ラングの人気が高いです。 90年代のファッションは先進的かつ、脱構築でユーティリティに富んでいた。ユニセックスな服も印象的だった時代。 T 音楽もグランジなどオルタナティブ・ロックが人気になり、多様性が受け入れられやすくなってきた頃ですね。 V ファッション界では、80年代に登場したグラマラスなスーパーモデルたちに代わって、ケイト・モスを筆頭にウェイフモデルが一世を風靡した。その当時のファッションといえば、70年代や30年代ともリンクしていますね。トム・フォードは70年代のホルストンからものすごく影響されていた。一方、70年代のホルストンは30年代のスリム&ロングのモダニズムに共鳴している。この3つの時代に通じるのは艶っぽいグラムロックのムードがある、ジェンダーフルイドな世界観。 T そう考えると、やはりファッション・トレンドは繰り返しますね。古いものの中に、新しい価値観を見いだすことで、ファッションは、生まれ変わっていく。身近な例を挙げると、以前はやったウエストポーチは、クロスボディバッグとして蘇った。 V 昔のように、パリなどひとつの場所からトレンドは生まれにくくなっている。以前、東京のヴィンテージショップでモスキーノのクリエイティブ・ディレクター、ジェレミー・スコットと鉢合わせしたんです。アルゼンチンのヴィンテージショップに行ったときには、オーナーがカール・ラガーフェルドなどトップデザイナーのアーカイブリストを見せてくれたことも。デザイナーのインスピレーション源は、どんどんグローバルになっていますね。