性別の境界線を引かないことが当たり前となった昨今、メンズウェアの既成概念を刷新するショーもチェックしておきたいもの。そこで今回は、6月末に開かれた2023年春夏パリ・メンズ・ファッションウイークを振り返ってみました。
まずは、まるで映画のワンシーンのような男女ミックスのプレゼンテーションで好評を博した、ルメール。会場のパリ工芸博物館の建物に入ると、既にホールや階段の脇にはさりげなく佇む女性、立ったまま読書をする女性など、ところどころにモデルを配した演出が。階段を登りきり、モザイクの床が美しい広々としたスペースに入ると、目に入るのは談笑するグループ、ベンチで昼寝をする母娘、室内をゆっくりと行き来する男女、ノートに何やら書き付ける女性、窓から外を見つめる男性……。実験音楽のライブパフォーマンスをするアナ・ロクサンヌも含め、彼らが纏っているのはもちろん、ルメールの最新コレクションです。オフホワイト、ベージュ、グレー、ネイビー、テラコッタと言ったナチュラルなカラー・パレットに加わったのは、新鮮なベビーピンクと、パプア・ニューギニア生まれのアーチスト、ノヴィアディ・アンカサプラによるナイーヴな抽象画のプリント。それらは同系色の濃淡か、時にはバッグから靴に至るまで単色で統一しての、微妙なバランス感によるレイヤード・ルックで提案されています。ゆったりとしたシルエットながらどこか官能的なルックの数々では、袖口のまくり方やスカーフ使いなどディテールに、すぐに取り入れたいアイディアも豊富。
そして2年半ぶりにショーを開いた、ドリス ヴァン ノッテン。繊細さと荒っぽさの衝突が新しいエネルギーを生み出したこのコレクションの背後にあるのは、社会が揺れ動いた時代という共通点を持ちながら、まったく関連性のない二つのムーブメントです。ひとつは1940年代、第二次大戦中ナチ支配下のパリでもおしゃれをしようと言う反骨精神から広がったダンディズム、ザズー。肩幅の広いジャケットとワイドパンツのスーツが特徴的です。もう一つは80年代半ば、エッジーなThe Face誌を舞台にロンドンで生まれた、バファロー。ポスト・パンク期に、カオスを新しい時代への価値観とビジュアル・ディレクションへと導いた、クリエイティブ・コミュニティです。そう言えば8年前にパリ装飾美術館で開かれた「インスピレーションズ」なるドリスの展覧会では、イントロ部分が意外にも80年代だったことを思い出しました。彼がキャリアをスタートしたこの時期のサブカルチャーは、彼の美意識に密かに、かつ多大な影響を与えているのかもしれません。今回のコレクションは、この二つのスタイルを軸にカウボーイやバイカーなどのディテールも取り入れてシャッフルした、ドリス節。会場となったパーキングのルーフトップで、フィナーレにのぼりが風にたなびくのを見ながら、ドリスがフィジカル・ファッションウィークに戻ってきてくれた嬉しさを噛みしめました。
もう一人、サブカルチャーといえば、今回転機を迎えたエディ・スリマン。彼がディオール・オム(当時の名称)の2度目のショーを、オープンを控えたパレドトーキョー内のまだ工事中のスペースで開いたのは、ちょうど20年前です。それを記念して、エディは今回セリーヌのショーで、現代アートの若い才能を讃えるパレドトーキョーに戻ってきました。最新コラボレーションは、ニューヨークのオルタナティブ・ロックのバンド、グスタフによるオリジナル・サウンドトラック、アーチストのレナータ・ぺテルセン(Renata Petersen)によるメッセージTシャツなど。ディスファンクショナル(機能不全な、の意)・バウハウスと題されたコレクションには、モッズ風細ネクタイ、ボクサーショーツ、オーバーサイズのカーディガン、ボンバーブルゾン、ロッカーを思わせるスキニーパンツなど、彼のベストがひしめきます。音楽と関わりが深いエディらしく、ロッカー・スタイルに終始しつつ、ヘアスタイルも含め、グラマラスでシャイニーなスーツやジャケットは、ロカビリーの影響も感じさせました。
また今シーズン特筆すべきは、ルイ・ヴィトン。なぜなら、故ヴァージル・アブローのレガシーを受け継ぐ最後のコレクションだったからです。彼が11月に他界してから、まずは12月にマイアミで、1月にはパリで、彼の息がかかったコレクションはチームによって完成、発表されました。一方初めてヴァージル不在で一からチームが手がけた本コレクションは、彼の卓越した想像力と遊び心、多様性へのオマージュです。インビテーションはゲーム、ランウェイに黄色のレンガが敷き詰められた会場セットは、遊園地やスケートパークがイメージ。ショーではケンドリック・ラマーがライブで歌っているところが大スクリーンで映し出され、イントロと終幕にはマーチングバンドが登場。最初のライトグレーのスーツの一連もボタンが花を象っていたり、ヘムがジグザグだったり。おもちゃ風バッグ、工具や紙飛行機のアップリケ、漫画プリント、レザ―で仕立てた折り紙風のセーラーハットからビーズのジュエリーまで、まるでヴァージル自身が構想したようなディテールを目に、ゲストたちは改めて故人に想いを馳せたのでした。
また今シーズン一番の話題は、メンズ・コレクション初参加のマリーン・セル。State of Soul、つまり“一緒に楽しい時間を過ごし、コミュニティの結束を感じること”をコンセプトとしたメガショーは、パリ郊外のリセの競技グラウンドにて、アスリートをモデルに交え、メンズ.・ウイメンズのミックスで展開されました。トップを飾ったのは、リサイクル・ファイバーのスイムウエア。2年後にパリで開かれるオリンピックへのティザーかとも思えますが、もともとマリーンはテニスの選手だったので、スポーツの世界には精通しているのです。彼女らしく“多様性”をアピールするショーではマドンナの娘、ルルド・レオンも含め子供から60代の元モデルまで、あらゆる体型・年代のモデルが登場。シグネチャーであるデニムやタオル地、半月プリントも、新しい解釈でバリエーション豊富に展開されました。
また、期間中にはアクネ ストゥディオズの新しいショップもオープン。ちょうど1年前にはここでアクネ・ペイパー復活のパーティが開かれ、その後工事に入っていたので、竣工が待たれていました。昔からパリ中での建物や橋の建築に多用されているベージュの石灰石をメインの素材とした、まるで街の延長のようなブティック。パリの、新しいスポットです。
Acne Studios
219 rue Saint Honoré 75001 Paris
Text : Minako Norimatsu
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/