より自由に、よりエコに。第37回フェスティバル・ドゥ・イエール
かつてはヴィクター&ロルフやアンソニー・ヴァカレロを輩出したことでも知られる、「モードと写真のイエール国際フェスティバル」(通称フェスティバル・ドゥ・イエール)。第37回を数えた今回は10月半ばの晴天下で、様々なイベントからショー、会食、パーティを経て授賞式まで、4日間に渡って開かれました。メイン会場はロベール・マレ=ステヴァンスによるモダニスト建築、丘の上から南仏イエールの街を見下ろす、ヴィラ・ノアイユ。20世紀前半にはアーティストたちのメセナだったノアイユ侯爵夫妻が居を構えていたここが会期中に迎えるのは、モードや写真における若い才能とゲスト・アーティストたちです。ヴィラで、モード部門のファイナリストたちは審査員団を前に7ルックからなる自身のコレクションのプレゼンテーションをすると共に、ショールームを構えます。また、アクセサリー部門のファイナリストたちのショールームもここに。さらに元はプールだった上階の部屋では、今年のモード部門審査委員長、Y/PROJECTとディーゼルのクリエイティブ・ディレクターであるグレン・マーティンスのミニ回顧展が開かれました。
また別の部屋では、アクセサリー部門の審査委員長、シャネル傘下の刺しゅう工房モンテックスのアーティスティック・ディレクターである山下アスカさんによる、まるでタブローのような刺しゅう作品を展示。
さらに2晩に渡って、ヴィラから少し離れた海に近い倉庫では、モード部門のファイナリストたちのショーが開かれました。ヴィラ・ノアイユでの諸々の展示も含め、ショーはイエールの一般市民にもオープン。だからフェスティバルは毎年街中の人々が楽しみしている、市民参加型イベントでもあるのです。
そして審査委員団の最終選考の結果と市民からの投票をすり合わせ、最終日午後にはいよいよ授賞式が開かれました。まず「プルミエール・ヴィジョン審査員グランプリ」は、フェティシズムとアニメをインスピレーションにユニセックスのコレクションで挑んだジェニー・ヒトネン(Jenny Hytönen)に。フィンランド・ヘルシンキのアールト大学を卒業し、現在はパリでオリヴィエ・ティスケンスに師事する彼女は「イエール市民賞」も獲得しました。全面にクリスタルを刺しゅうしたシアーで繊細なニットと、リサイクル・レザーにスタッズに見立てたボルトや釘を配したジャケット。いずれも手の込んだ素材でハード&ソフトの対極の組み合わせが、プロと一般人の両方にアピールしたようです。彼女には賞金のほか、エコフレンドリーなブランド「アイシクル」とギャラリー・ラファイエットのためにカプセル・コレクションを作る機会が与えられます。
「メルセデス・ベンツ・サステイナビリティ賞」に輝いたのは、テーラーの家庭に生まれ育ったドイツのメンズ・デザイナー、ヴァレンティン・レスナー(Valentin Lessner)。リサイクルとアップサイクル素材にこだわり、確固としたテーラードに遊び感を加えた彼のコレクションは、早くも最初のショーの直後から評判に。そして彼は車のカバーにモンテックスの協力でモヘアの刺しゅうを施したパンツで、「le 19M メティエ・ダール賞」も手にしました。この賞の得点は、シャネル傘下の工房から今後1年間に渡り受けられる、作品づくりへの支援と指導です。
一方今年から始まった「アトリエ・デ・マチエール賞」は、シミのある水着や下着を廃物利用と言う過激なアイデアでドレープのテクニックを駆使したランジェリー・ドレスの一連を披露した、シニ・サーヴァラ(Sini Saavala)に贈られました。彼女も同じくアールト大学出身。ミラノのコーミオのスタジオで働いたこともあり、現在はヘルシンキを拠点にレジャーウエアのブランドも手がけています。ちなみにアトリエ・デ・マチエールは、着古した服からラグジュリアス・ブランドの使い残し素材、売れ残り商品までを回収し、仕分けたり使用可能な素材に作り直してメーカーにサプライする企業。受賞者には同社からの素材が提供されます。
さてアクセサリー部門の受賞者は、全員がフランス人。まず「審査員グランプリ」はレザーでオブジェのようなバッグを作ったジョシュア・キャンノヌ(Joshua Cannone)に。彼はパリでアンスティテュ・フランセ・ドゥ・ラ・モードに在学中、同時にディオールでインターンシップをこなしています。
また「エルメス賞」と「イエール市民賞」をダブル受賞したのは、ローラ・モッシノとインドラ・ユダリック(Lola Mossino & Indra Eudaric)のデュオ。インドラは既に自身のファインジュエリー・ブランド「インドラ・ユダリック」を2015年より手がけていて、そのシンプルながらどこか奇妙なデザインで、密かに注目を集めています。近年、ローラが彼の元でインターンを務めたのがきっかけで、コラボレーションが始まりました。ちなみにエルメス賞とは、エルメスがアクセサリーのファイナリストを自社のミュゼやアーカイブスに招き、素材や技術提供をしつつエルメスらしい小物のデザインを募る賞。彼らがそのために構想したのは、シンプルに乗馬用のレザーベルトでした。
最後に、惜しくも賞は逃したものの私の目を引いたモード部門のファイナリストの一人は、フィンランドのプリス・ニニコスキ(Priss Niinikoski)。フィンランド出身、アントワープのロイヤル・アカデミーでファッションを学び、現在はドリス・ヴァン・ノッテンの元でニットデザインのインターンをする彼女は、ラフィアや麻、コットン、ウールのファイバーを手仕事で編んだオリジナルの素材で、シンプルながらまるで彫刻のようなシルエットのドレスの数々を作りあげました。
また服作りは17歳でいきなりサヴィル・ロウにて始めたというイフェアニ・オクウァディ(Ifeanyi Okwuadi)は、ロンドンから再びイエールへ。フェスティバル・ドゥ・イエールには、前年のグランプリ受賞者を招いてショールームとランウェイの機会を与えるシステムがあるのです。モダン・テーラードと新しい素材使いで繰り広げる、一捻りしたブリティッシュ・スタイルはとても完成度が高く、メンズとはいえ女性からも商品化を希望する声が多いとか。イエールで見つけた若い才能たち。今後がますます楽しみです。
text: Minako Norimatsu
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/