90年代、リバイバル視点でパリファッショのタイトルイメージ
2024.10.30

90年代、リバイバル視点でパリファッションを深掘り!

ドキュメンタリー「IN VOGUE The 90’s」

最近、6話からなるドキュメンタリー「IN VOGUE The 90’s」(Disney+・日本での配信は未定)にはまっています。パリ市立ガリエラ美術館で「1997 Fashion Big Bang展」を見て、この年にファッション界で起こったことの多さ、重要さに衝撃を受けたのは昨年のことでした。90年代というスパンで眺めると、ファッションの潮流の変化について、さらに理解が深まります。80年代を象徴したパンク、ニューロマンティック、グラマラスといったトレンドにとって代わったのは、グランジ、ミニマリスム、そしてコンセプチュアル。一方ではポルノ・シックと呼ばれた挑発的なファッションも物議を醸しましたが。またLVMHとケリング(当時の名称はグッチ・グループ)両グループが躍進を遂げ、新しい才能が花開き、ハイエンドブランドのデザイナー交代劇が始まったのもこの時期。こんな概観を踏まえて、ここでは10月初旬に終わったパリファッションウィークを振り返ってみました。

ジョン・ガリアーノとメゾン マルジェラの今

90年代のヒーローは、なんといってもジョン・ガリアーノ。折しも90年に初めてパリでコレクションを発表した彼はその5年後にはジバンシィ、翌年にはディオールに抜擢され、一躍時代の寵児となったのです。しかし2011年に泥酔時の問題発言で同ブランドから解雇され、低迷期を経た彼が10年前にメゾン マルジェラでファッション界に返り咲いたのは、誰もが知るところ。彼の浮き沈みを赤裸々に描いたドキュメンタリー映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』('23)を見て感動した方も多いでしょう。そして“天才”を蘇らせたメゾン マルジェラは、9月30日にパリのシネマ・バルザックにて『NIGHTHAWK(ナイトホーク)』のプレミア上映会を開きました。同作品は、去る1月のオートクチュール週間に発表されて話題沸騰させたアーティザナル コレクションの舞台裏と、ショーで投影されたフィルムの抜粋、新たに撮影さえたホラー映画風の映像、そしてガリアーノの語りを交錯させた、ドキュメンタリー・フィクション。70分あまりに渡る映画はガリアーノのオリジナルコンセプトに基づいて、マルチアーチストのサーシャ・カシューハが監督したものです。上映会では1月のショーの主役を務めたモデル、レオン・デイムの出現と弦楽四重奏楽団によるライブ演奏で、オーディエンスは現実と空想の世界を行き来するというイマージブな体験を満喫しました。

NIGHTHAWK 

コンセプチュアルなホダコヴァ、ミニマリストなアランポール

同メゾンの創始者、現在ではアーティストとして表現手段を変えつつものづくりを続けるマルタン・マルジェラも、言わずと知れた90年代の立役者です。前評判が高く、1988年に発表されたメゾン マルタン マルジェラのデビューコレクションは、新しい視点のクリエイションを渇望していたファッション関係者からも消費者からも熱狂的に受け入れられました。そして、手仕事にも執拗にこだわる彼が本格的にコンセプチュアルをリュクスに昇華させたのは、1997年以降。エルメスのアーティスティック・ディレクターを務めた2004年までの7年間でした。そんな彼の服づくりに対する姿勢を彷彿とさせ、かつモダンに表現しているのが、2021年ローンチのHODAKOVA(ホダコヴァ)。サステナブルなアプローチも評価されて9月にはLVMH賞を獲得した、エレン・ホダコヴァ・ラールソンによるブランドです。スウェーデンの田舎に育ち、古いモノ、そしてモノに込められた思い出を大切にする彼女のシグネチャーは、使用済みのパーツを集めてアップサイクルすること。パリでのはじめてのショーでは、ボタンやファスナー、ベルトなどの集合体や上下両方向に配した乗馬ブーツがまるでスカルプチャーのように形を成し、服に生まれ変わりました。

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ホダコヴァのランウェイより、キッチンタオルをアップサイクルしたルック。Photo: Courtesy of Hodakova

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乗馬ブーツを組み合わせたルック。Photo: Courtesy of Hodakova

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レザーベルトをアップサイクルしたルック。Photo: Courtesy of Hodakova

90年代のもうひとつの大きなトレンドであるミニマリズムを盛り上げたのは、マルタン・マルジェラ同様、今ではアーティストとして活動しているヘルムート・ラング。彼の流れを汲む新人の中でもアップカミングな存在は、弱冠35歳のアラン・ポールによるブランド、アランポールです。香港生まれでフランス育ちの彼が15年間続けたコンテンポラリーダンスからファッションに転向し師事したのは、ヴェトモンでのデムナと、ルイ・ヴィトンでのヴァージル・アブロー。2度目のショーではコンテンポラリーダンスの巨匠、コレオグラファー、ピナ・バウシュやマース・カニングハムへのオマージュとして“コレオグラファーの視点”が出発点となりました。黒と白、グレーのモノクロームに加えられた差し色は、ピンクの濃淡やイエロー、ブルーなどのキャンディーカラー。ボディの動きを見せるシアーな素材をレイヤーし、ドレープを効かせたりアシメトリーで遊んだりしたルックの一連は、ミニマルの一歩先を行く未来を予測させました。

ファッション写真の流れを変えた、ピーター・リンドバーグ

またこの時期“スーパーモデル”が、痩せすぎで不健康とみなされたケイト・モスからボムシェル体型でダークスキンのナオミ・キャンベルまでを含めてブームとなったのは、今思えばダイバーシティの概念の走りだったのかもしれません。90年代に彼女たちを極力ナチュラルに捉え、それまでライティングやセットでの凝った演出が主流だったファッション写真の価値観を変えたと言われているのが、2019年に他界したピーター・リンドバーグ。「IN VOGUE The 90’s」でも、このことが強調されています。ディオール本店に併設のラ ギャラリー ディオールでは、彼の1988年から2018年までの写真を展示中。10つの部屋にはプリント、映像からコンタクトシートまでが、被写体が纏ったルックと並列させる形で展開されています。ディオールをフィーチャーした世界各誌のエディトリアルはもちろん、メゾンからの定期的なコミッションは、ディオールのアーカイブスとしても貴重な資料。モデルを単なる被写体としてではなく女性として見つめて内面を引き出すことを信条としていたリンドバーグに、彼女たちは絶大な信頼を寄せて撮影にスムーズに応じていたと言うから、キャスティングも豪華です。一番の見どころは、ニューヨークのストリートで歴代のオートクチュール作品を撮影した、未公開プリントの一連。


ディオール/ リンドバーグ展は2025年5月4日まで

La Galerie Dior 11, Rue François 1er 75008 Paris

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ニューヨークの街角で撮影された、クリスチャン・ディオールによる1947年の「ニュールック」。Photo © Peter Lindbergh Foundation

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プリントとルックを並列して見せる、ラ ギャラリー ディオールでの展示風景。photo: © ADRIEN DIRAND

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ラ ギャラリー ディオールで投影されている、ピーター・リンドバーグによる映像。photo: © ADRIEN DIRAND

新生クロエに見る、ボヘミアン・シックの進化形

そして90年代末を飾ったトレンドは、70年代に強く根ざしたボヘミアン・シック。先に挙げた90年代のトレンドが続いた後、フェミニニティやロマンティシズム、自由や軽さが新たに求められていたのでしょう。思えば、このエスプリを代表するメゾンであるクロエに25歳のステラ・マッカートニーが迎えられたのは、1997年。メゾンのアーティスティック・ディレクターとなって2シーズン目のシェミナ・カマリは、今回ステラが打ち出したポップなモチーフのTシャツやソフトテーラリングも取り入れましたが、主なインスピレーションは、ステラの前任者であるカール・ラガーフェルドが南仏でのバカンスをともにした女性たち。“サマー・ヴァイブ”を体現したコレクションは繊細なギプール・レースやシフォンを多用し、とにかく軽やかで楽しげ。またランジェリースタイルはフェミニンでセンシュアルなタッチを加えています。太陽で色褪せたようなカラーパレットは、後半バラとピオニーのプリントでクレッシェンド的に展開。キーアイテムはブルマやハイウェストのフレアパンツ、ふんだんにギャザーを寄せたワークジャケット、そしてラッフルを効かせたドレスの一連。クロエは今回、2025SSのベスト・コレクションの一つに数えられました。

90年代の終わりから4半世紀が経とうとしている今、ハイエンド市場の落ち込みが懸念され、複数のメゾンでのデザイナー交代劇が噂されている中でファッションの流れは変わるのでしょうか? 今年、または来年は、1997年に続くビッグバンになるかもしれません。

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プリントドレスの一連が圧巻な、クロエのフィナーレ。Photo: Courtesy of Chloé

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クロエに象徴的な、ランジェリードレスとぽっくり靴。Photo: Courtesy of Chloé

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キーアイテム、ワークジャケットとブルマ。Photo: Courtesy of Chloé

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ボヘミアン・シックに欠かせない、ハーレムパンツ。Photo: Courtesy of Chloé

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色褪せたトーンがロマンティックな、フローラルプリントドレス。Photo: Courtesy of Chloé

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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