オートクチュールとハイジュエリー 【20のタイトルイメージ
2025.02.15

オートクチュールとハイジュエリー 【2025春夏コレクション】ハイライト

「ヴァレンティノ」 アレッサンドロ・ミケーレ初のクチュール・コレクション

今シーズン一番の話題は、アレッサンドロ・ミケーレのヴァレンティノにおける初のオートクチュール。グッチではセレブリティーのためのカスタムメイドを別にしたらプレポルテのみだったので、彼にとっては実質オートクチュール・デビューとなった。48ルックにわたるコレクションのタイトルは“目が眩むほどの”を意味する「ヴェルティジニュー」。コンセプトは“リストの詩学”。会場のブロンニャール宮に着くと、中は足元も見えないほど暗くてミステリアスな音楽が流れ、舞台にはクラシックなドレープの緞帳がかかっている。ここで過去に開かれた数々のショーとはまったく趣が異なる、“劇場”的な演出だ。そして各ゲスト席には、シンプルに留め具でまとめた分厚い書類が。通常ショーノートは美しい封筒やファイルに収まった数枚のテキストやルック詳細だが、この“書類”はなんと100ページに及び、各ルックに関するすべての言葉が記されていた。着想源、アイテム、想起される感情、スタイルから素材、色、技術、ディテールまでのすべてが。

定刻を30分すぎたところでこれらの言葉を読む声が聞こえはじめた。カーテンが上がると、舞台の壁を覆うLEDスクリーンにはルック1の“リスト”がテロップ表示されている。まるでジェニー・ホルツァーによる、メッセージや詩を電光掲示板で流す現代アート作品のようだ。そして聖歌が聴こえる中、やっとルック1が登場。5色から成るアルルカンドレスは、シフォンを異なる方法で仕立てた三部から成る傑作だ。ボンデージ状の胴体、軽やかなパフリーブ、フリルに埋めつくされてさざなみの如く揺らめくグリッドが連なるクリノリンスカートである。モデルが舞台の中央で立ち止まると、大きな数字でルック番号がズームアウト。

 

これに続くドラマチックなルックの一連は、それぞれの関連は強くないものの、いずれもお芝居のコスチュームを思わせた。イタリアの中世やルネッサンス、イギリスならヴィクトリア朝かジョージア朝。フランスからはマリーアントワネットを示唆する18世紀の宮廷スタイル、それからポワレ、ウォルトに象徴される20世紀初頭のクチュール、シノワズリー、またその少し後ではハリウッド映画の黄金時代……。場所、時代が前後左右する中全てのルックの共通点は、最高の技術が最大限に活かされて、頭の頂点から指先、つま先までが隙間なく刺しゅうや羽細工、プリーツやドレープなどで覆われていたこと。そしてフィナーレで、目に刺激的な強いストロボの点滅の中、モデル達に続いて現れたミケーレは、最敬礼。“目の眩むような”約25分間はゲスト達の興奮の渦の中、幕を閉じた。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_1

フィナーレ。ルック1のアルルカンドレスは、1300時間にわたる手仕事。“16世紀”、“ヴァレンティノ・ガラヴァーニ”、“モザイク””即興演劇“などの言葉がリストにあがっている。Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_2

モデルが歩く舞台の背後には、ルックの“リスト”がテロップ表示された。このルック48では”390時間“、”クロシェ編み“、ブランケット”、“ヒッピー”、“スウィンギングロンドン”など。Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_3

ルック34に要したのは、700時間の手仕事。リストに連なった言葉は“トライバル”、“ラフィア”、“コントラスト”、“極楽鳥”….。Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_4

ルック42のディテール。“ジオメトリー”、“カンタベリー物語”、“中世初期”、“貴婦人と一角獣”….。Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_5

ルック45の足元。”1960”、”ブロンズ”、”ペイズリー”、“刺しゅう”、“ジェットセット”……。Photo: Courtesy of Valentino

元気で軽やかなシャネル、初々しく可憐なディオール

クチュール・コレクションをはじめて今年110周年を迎えるシャネルからは、これまで以上にサヴォアフェールを遺憾無く発揮したコレクションが発表された。折しも、シャネル傘下のメゾンダール(刺しゅうや羽細工など専門技術に特化した工房)の一部を日本のオーディエンスに紹介する展覧会la Galerie du 19M Tokyoの開催が、先週発表されたばかりだ。ダブルCで描いた巨大なインフィニティを舞台に発表された各ルックはいずれも溌剌とし、若々しい。パステルからヴィヴィッドまで、そしてミッドナイトブルーからブラックまで、色の移り変わりは1日の光の変化を示唆している。また月と太陽のモチーフは、ベルトのディテールやボタンに。意味深いテーマよりも軽やかさに徹したコレクションは、明らかに手の込んだディテールや素材だけでなく正確なカッティングと言う職人技術に基づいているからこそ、オートクチュールとして完成する。また様々な色彩が引き立てるのは、他でもないガブリエル シャネルが愛した色、黒。「着心地の良さは形があり、愛は色を持つ」とのシャネルの言葉が思いだされる。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_6

ダブルCのランウェイをフィナーレで練り歩くもデルたち。Photo: Courtesy of Chanel

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_7

シャネルには珍しいヴィヴィッドな色使いで。ブラウスの襟やカフスに、メゾンダールの手仕事が顕著。Photo: Courtesy of Chanel

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_8

シャネル特有のツイードスーツ。ポケットの縁取りや裾にはパスモントリーを配した。Photo: Courtesy of Chanel

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_9

パステルカラーのシフォンをレイヤーしたドレスは本コレクションの軽やかさを象徴する。Photo: Courtesy of Chanel

ディオールで今回マリア・グラツィア・キウリがメゾンのアーカイブズから参照したのは、トラペーズ・ライン。1958年に、急逝したムッシュ ディオールの後継者となったばかりのイヴ・サンローランが発表したスタイルだ。加えて、ムッシュ ディオールによる1952-53年秋冬オートクチュールのシガール・シルエット(別称プロフィール・ライン。ウエストを絞り、タイトなトップとは対照的に鋭角的に張り出したヒップラインで出した立体感が特徴。中にはハリのあるペチコートを合わせている)。また19世紀に流行した、サークルの骨組みによるクリノリンスカートもふんだんに取り入れられたものの、軽やかに、繊細に仕立てられた。それらが交錯したコレクションは、「不思議の国のアリス」で現実と夢を行き来するアリスのよう。時代やスタイルに限定されないチャイルド・ウーマン、またはフラワー・ウーマンの幻想的なストーリーに仕上がっている。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_10

フィナーレ。2番目、グログランのリボンをあしらったクリノリンドレスの全面には、レースとストローの刺しゅうが。壁を飾るのはインドの女性アーティスト、リティカ・マーチャントによる絵をインドの刺しゅう工房が仕立てた大作。Photo: © ADRIEN DIRAND

 

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_11

“フラワーウーマン”を象徴するルック。オーガンザのトップとパニエ・スカートは、共にダリアの花びらを模した羽の刺しゅうで覆われた。Photo: © DIOR

 

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_12

ファーストルック。 ウールのジャケットにはレザーと羽細工で、チュールのスカートには羽で刺しゅうが施されている。Photo: © DIOR

スキャパレリの温故知新、ヴィクター&ロルフのウィット

ダニエル・ローズベリーが今回スキャパレリで表現したのは、オートクチュールへの愛。出発点は、彼が骨董品店で見つけた1920-30年代のリヨンのリボンだったとか。この素材をはじめ古いもの、古いテクニックを使ってこそ新しいクチュール、“クワイエット”ではなく例えばバロックなスタイルでもモダンなものを目指そうと。例えば、かつては猿の毛皮で仕立てられていたアウターは、グリセリンにつけてケラチンで磨いた羽根で表現。一方メゾンのシグネチャーである目や鼻と言ったアナトミー・モチーフも健在だ。彼の試みは見事に成功し、2025年にあるべきクチュールの姿が明確に提案された。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_13

ヴァンドーム広場にある、スキャパレリのサロンにて。左はシルクオーガンザのプリーツのスカートとシャンティイーレースのトップ。右は貝の形をイメージしたダッチェスサテンの構築的なコルセットと、ヌードカラーのチュールのスカートを対比させたルック。Photo: Minako Norimatsu

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_14

ヒップラインを誇張したコルセット。パールに見えるのは実は真珠ではなく、球型サテンの粒。Photo: Courtesy of Schiaparelli

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_15

エルザ・スキャパレリの初期の作品に見られたトロンプロイユのニットを、ピクセル状のパール総刺しゅうで再解釈。“水滴”刺しゅうのペンシルスカートを合わせて。Photo: Minako Norimatsu

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_16

コルセットドレスのディテールには、エルザ・スキャパレリからのシュールレアリスムのインスピレーションが見られる。職人技を活かした刺しゅうで。Photo: Minako Norimatsu

今回も、ヴィクター&ロルフの独特なウイットは形になった。24のルックにはすべてイタリア・コモ地域の生地メーカーRuffo Coliによる同じ素材を使い、アイテムも3つのみ。自ら課した制約の可能性を探ったコレクションは、デザインと生産の簡略化という意味で賢くもある。モデルが登場するたびにルック番号に続いて読み上げられたのは、「シルクガザールのベージュのトレンチ、シルクガザールの白のシャツ、シルクガザールのブルーのパンツ」とまったく同じ内容。しかもAI再生の声が、古風でシリアスなプレゼンテーション形態とのギャップを際立たせる。またこのメソッドのおかげで、ロング、ショート、デイ、ナイト、ミニマル、バロックと言ったバリエーションが明確に打ち出された。こんな風にコンセプチュアルなコレクション作りや見せ方は、ヴィクター&ロルフのシグネチャー。彼らの過去のプレゼンテーションから、モード史に刻まれた幾つかが思い出される。例えば、1960年代にクリストバル・バレンシアガがスイスの生地メーカー「エイブラハム」と共同開発したシルクガザールの残り生地だけで仕立てた「ブラックライト」コレクション(1999春夏クチュール)。マトリョーシュカのように、一人のモデルが重ねて着ていた複数のドレスを次々とあらわにした「ロシアンドール」(199-2000秋冬クチュール)、フィナーレ〜マリエから始まってファーストルックへと逆戻りした”アップサイドダウン”ショー(2006年春夏プレタポルテ)など。

デザイナー交代劇が相次いでファッションの流れが大きく変わろうとしている中、オートクチュールでこそ自由な創造性が発揮される、と確信できたシーズンだった。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_17

しわ加工のタイトなトレンチと、同じくシワ加工のパンツ。いずれもシルク・オーガンザ。Photo: Courtesy of  Viktor & Rolf

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_18

バルーン・シルエット、ローウエストのトレンチとブラウスに合わせたのは幅広の折り返しのあるフレアパンツ。いずれもシルク・オーガンザ。Photo: Courtesy of  Viktor & Rolf

ディオール ファイン ジュエリーの繊細な豪奢、レポシのアートなコラボ

ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌによるディオール ファインジュエリーの新作は、76点から成る「ディオール ミリー ダンテル」コレクション。パリ郊外ミリー ラ フォレのムッシュ ディオールの庭園と、フランス語でレースを意味するダンテルの融合だ。ゴールド(イエローゴールド、ホワイトゴールド、ピンクゴールド)で象った繊細かつグラフィックなレースのモチーフには、花、葉、木立や枝のオーガニックな形がまるで風景を描くように絡み合い、カラフルで華やかな、そして極めて豪奢なのにポップなヴィクトワール独特の世界を展開した。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_19

チョーカースタイルのネックレスはホワイトゴールド、ダイヤモンド、サファイアとパール。Photo: Courtesy of Dior

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_20

耳たぶを覆うデザインのイヤリング。ピンクゴールド、ダイヤモンド、ピンク・スピネル、マンダリンガーネット、イエローサファイア、パール、ピンク・ルビー。Photo: Courtesy of Dior

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_21

センターピースの石を多種多様な花が取り巻くかのようなリングはホワイトゴールド、ダイアモンド、インディゴライト・トルマリン、サファイア、エメラルド、パライバトルマリン、ツァヴォライト。Photo: Courtesy of Dior

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_22

「ディオール ミリー ダンテル」のプレゼンテーションでは壁を繊細なドライフラワーが覆った。Photo: Minako Norimatsu

Jewels for the home と題されたレポシのコレクションで、ガイア・レポシは、アートとデザインの世界をクロスオーバー。メゾンの3つの既存コレクションと7月にフルラインナップで発表される新作からインスパイアされた4点(ランプ、ボックス、手鏡、グラス)は、デザインを編集・制作するインヴィジブル・コレクション(Invisible Collection)により実現した。デュオ・デザイナーのキャンベル/レイは、ペアカットのダイヤモンドが浮いているように見えるアイコニックなセルティ シュル ヴィデへのオマージュとして、ムラノガラスを使ったテーブルを提案。設置の会場は19世紀にナポレオンのために開かれた木のパネル加工のショールーム、フェオー・ボワズリー(Féau Boiserie)。ジュエリーとデザインの接点を感じ取れる、イマージブなプレゼンテーションとなった。

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_23

鋭角を持つ五連リングをイレギュラーに重ねた「アンティフェール」にインスパイアされた、シャルル・ザナのテーブルランプ。土台は研磨したくるみの木。ブラックゴールドまたはピンクゴールドにダイアモンド。Photo: Courtesy of Repossi

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_24

プレセンテーションはフェオー・ボワズリーで。シャルル・ザナによるテーブル・ランプの全景。Photo: Minako Norimatsu

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_25

ルイーズ・ローゼンクランツはグラフィックな「ベルベル・クロマティック」のリングに着想源を得たアール・デコ調ジュエリーボックスを。エジプトイチジクの木とナシの木に赤のレザーを配して。イエローゴールドとダイアモンド。赤の部分はラッカー。Photo: Courtesy of Repossi

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_26

フェオー・ボワズリーでローテーブルの上に置かれた、ルイーズ・ローゼンクランツによるジュエリーボックス。Photo: Minako Norimatsu

オートクチュールとハイジュエリー 【20の画像_27

コートニー・アップルバームは新作ジュエリー「ブラスト」に触発され、ハリウッド・グラマーを感じさせる手鏡を。持ち手の部分はマサイ族のネックレスのようにも見える。鏡の上中央には、ロッククリスタルを一粒。「ブラスト」のカフブレスレットはイエローゴールドとダイアモンド。Photo: Courtesy of Repossi

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

記事一覧を見る