SPUR.JPの連載「あの人のお気に入り」第13弾に又吉直樹さんが登場。芸人としてだけでなく、作家としても活躍する又吉さんは、無類の服好きを公言している。ファッションを愛する彼が語る、エッセンシャルな服とは?
もの作りをする人間として共感を覚える、適度な緊張感が生まれる服
「服が語りかけてくるような、面白さや凄みを感じて買うことが多いです。好きなブランドはあるし好きなデザイナーもいるけれど、流行っているから、希少価値が高いからとか、そういう理由で欲しいと感じたことは一切ない」と又吉さん。YouTubeチャンネルでのショッピング企画、ファッションブランド『水流舎(つるしゃ)』の立ち上げなど、ファッションの分野にさまざまな形で関わりながら、又吉さんが常に持ち続けているのは、服を作る人への感謝だという。その言葉の端々に表現者らしい矜持と、服そのものへの敬意がにじむ。
「作られた瞬間の服には、どれも等しく思いや労力が詰まっている。瞬間の連続のなかで残るものがあり、流れ去るものがあり、それぞれに等しく価値がある」それはファッション、お笑い、小説、すべての表現に通じると又吉さん。「何年も大事に着ている服もあれば、そのシーズンだけすごく着ていた服もある。どっちも大事かな、と思うんです。小説も同じで、時代を超えて読まれるものもあれば、その時代、その一瞬だけを捉えたものもある。時が経って平凡なテーマになってしまうこともあるけれど、生まれた瞬間の価値は無駄じゃない」。
今回紹介してくれた5着は、亡き父から継いだスーツを再構築したジャケットから、今年、コント仕立てのショーに出演して話題となったコウタグシケンのニットまで、どれも出合いに込められたエピソードが印象的だ。共通するものは何かと聞くと、こんな答えが返ってきた。「自分の中で適度な緊張感が生まれる5着です。ピリッとして、適度にテンションが上がる。僕がものを作る時の気持ちに通じます。緊張しすぎても良くないし、だらだらしすぎても良くないんです」。作品を生み、表現をする人が見出した服の、唯一無二の物語に耳を傾けたい。
【コム デ ギャルソン オムのジャケット】その日の行き先に応じて1着の二面性を楽しむ
コム デ ギャルソン オムは、洋服の佇まい自体が異質でどこか緊張を感じるのだけれど、なんだか形も面白くて、特別感がある。10代の頃からずっと好きで憧れを持っていました。このジャケットは90年代の終わり頃のコレクション。発表された時、僕は18歳くらいですかね。雑誌で見た記憶があります。その後、巡り合う機会があって、もう10年ほど愛用しています。
この服の面白いところは、表か裏かよく分からないところ。フリルが付いている裏面は、内ポケットやブランドタグも付いていて、表面は柄の織り地になっている。1人で遊んでいる時はフリルを見せて着て、先輩に誘われてご飯に行くときは裏返して着る。そうすると、きちんとした格好になります。中に着るものはそのつど違いますが、黒のワイドパンツと合わせることが多いです。
【ドリス ヴァン ノッテンのセットアップ】パリで出合って、高円寺に着ていく
あるとき高円寺で音楽のライブがあって「高円寺っぽい格好をしよう」とこのセットアップで行ったら、そんな格好しているのが僕しかいなかった(笑)。これにスカジャンを重ねたんですけれど、とても目立ちました。
5〜6年前、ひとり旅でパリに行った時に古着店で出合いました。ドリス ヴァン ノッテンの作る服は刺激的なものが多くて、僕らの世代はずっと見てきたデザイナーではないでしょうか。ただ、いつも追い続けるという感じではなくて、やはりもの自体の魅力を感じたタイミングで手に入れてきました。
【ダブレットのスカジャン】大喜利の答えみたいな、発想の面白さとひねりを感じた1着
スカジャンはたくさん持っていて、ダブレットのものだけでも3着目。今着ている1着は、大喜利の答えみたいなデザインなんですよね。スカジャンってリバーシブルで作られることが多いじゃないですか。でも、結局は一方の面しか着ないことが多い。だったら表と裏にある刺しゅうを片面に重ねて、そっちに集中しよう、っていう発想の面白さ。さらに、黒地にモノクロで刺しゅうしている。裏で見えなくなるのがもったいないから表側に二重に刺しゅうしているのに、目立ちにくい色を使っているという、矛盾を孕んでいるところも好きなんです。
ダブレットの井野将之さんとは、何度かお会いして話をしたことがあります。デザイナーとしての面白さはもちろんですが、世代が近いので、見てきた文化に共通項がある。「この服はあの時代のワールドカップのカラーっぽいな」など、元ネタのようなものが感じ取れるんです。それをそのままデザインに落とし込むのではなくて、ちゃんと井野さんのフィルターを通して、香りは残っているけれど、別物になっているところが好きですね。
【コウタグシケンのニットセットアップ】ショーに出た記念に購入したセットアップ
コウタグシケンのショーに一緒に参加させてもらったという、記憶に残る今シーズンに買いました。これは編み方や模様の感じが好きで、ニットでセットアップっていけるんだ、と感心。とても可愛くて愛着があります。
2024年3月に行われたショーでは、僕が好井まさおと一緒に古着店に買い物に行くYouTubeチャンネルでの動画、あんな風にやって欲しいと依頼されました。ファッションショーで、モデルがかっこよく服を着て歩く映像が昔からすごく好きで。その後、実際のショーに行く機会が増え、それぞれに演出の仕方がいろいろあることを知りました。自分がやっているお笑いライブや、演劇との共通項もあるな、という風に感じていたところだったんです。コウタさん自身、ショーのあり方を一から考え直して、僕らのYouTubeから「友達同士が店で試着して、あれこれ言っている時、実はその洋服の“本質”みたいなものが出るんじゃないか?」と思ったらしくて。大事な舞台なので、いつもより真面目にやろうと思いましたが、楽しさが勝りました。
【アンリアレイジのパッチワークジャケット】父のスーツジャケットをリメイク
昨年、アンリアレイジの森永邦彦さんが服を解体してパッチワークで再構成するという展覧会があり、その機会に仕立ててもらったジャケットです。元になっているジャケットは、僕の父親が1着だけ持っていたスーツ。母との結納の時にも着ていたそうです。
19歳の時に実家で父に「お前まだ漫才やってんのか」と言われ、「やってるで」と答えたら、このジャケットをくれました。20代はこれを着て漫才をやっていましたが、やがてパンツを紛失し、ジャケットの方も着なくなり、長くクローゼットに眠っていました。父の形見でもあり、若い頃に一緒に舞台に立ったジャケットなので、自分の活動の印でもある。やっぱり着られた方がいいと森永さんにお願いしたら、気合いを入れていろんなディテールを残してくれました。父親が仕立てた時に入れたネーム刺しゅうもそのままです。ステージはもちろん、講演会などのきちんとした時にも着ています。
デザイナーの森永さんとは同い年で、「言葉を持ってる人やな」と思います。僕は小説などを書く時に、まず1個の言葉を出して、その意味を解体し、探っていって言葉の構造をそのまま作品全体の構造に置き換えて、考えていくのが好きなんです。森永さんも同じで、1個の言葉からコレクションの全体像や、ショーの構成を考えたりするらしくて。言葉から始まり、服の素材、洋服の形、文脈を折り混ぜて、複雑な因数分解をしているのが面白い。仲間でもあるし、憧れでもある存在です。
1980年、大阪府寝屋川市生まれ。99年に上京、吉本興業の養成所に入学し、2000年にデビュー。03年、綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。15年、小説『火花』で芥川賞受賞。小説、随筆、脚本などの執筆活動に加え、テレビ、ラジオ出演、YouTubeチャンネル『渦』での動画配信、オリジナルブランド『水流舎』でのアパレルの製作など、多岐にわたって活躍。著書に『火花』『劇場』『人間』『東京百景』『月と散文』などがある。