アートは現実から私たちを救い、未来を生きる活力となる。SPURは杏さんとともに、芸術の都パリへ妄想力でひとっとび! 舞台は19歳でランウェイデビューした彼女の思い出の地、ルーヴル美術館。最新モードに身を包み、オンラインで無料公開されているお気に入りの作品とのコラボレーションが実現した。さらに、2016年6月号から昨年まで続いた杏さんと画家の山口晃さんによる往復書簡連載「談話室A」のスピンオフ対談も掲載。人生にアートをもっと!
マチュアな女性はアートもモードも人生の糧にする
パリ・コレクションの会場になることも多いルーヴル美術館。ショーの出場経験豊富な杏さんにとって、広大な敷地内にあるピラミッの地下の回廊やエントランスの広場などは「通い慣れた職場のよう」と表現する。知的な印象のボックスシルエットジャケットとプレイフルなニットスカートのコンビネーションは自立した大人の女性にフィットするスタイル。
photography: Bungo Tsuchiya 〈TRON〉, ©AFLO
紀元前から2021年へ軽やかにホップ!
「ルーヴル美術館で圧倒されるのは紀元前の作品。古の人はこんな彫刻を作っていたのだと驚きます」と杏さん。紀元前2世紀頃に古代ギリシャで作られたという《ミロのヴィーナス》と一緒にスナップするなら、ルイ・ヴィトンのグラディエータードレスで。イタリアを代表する画家、フォルナセッティが描く古代ギリシャやローマの胸像のモチーフがインパクト大。人間の身体の美しさや躍動感に心打たれる。
Aphrodite dite Vénus de Milo Paris, musée du Louvre © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Thierry Ollivier / distributed by AMF
静かに自分と向き合うあたたかい光
ほのかな光で人間模様を浮かび上がらせるようなジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品。ルーヴル美術館が所蔵する《灯火の前の聖マドレーヌ》は「ろうそくの灯の雄弁さに魅了されます」と杏さんもお気に入りの一枚だ。ロエベの秋冬コレクションにもさりげない煌めきをまとったアイテムが。ラメをあしらった贅沢なフリンジに目を奪われるウール×シルクのボレロジャケットは構築的なフォルムが美しい。メタルパーツをあしらった小物でラグジュアリーな光を携えて。
La Tour Georges de (1593-1652) La Madeleine à la veilleuse Paris, musée du Louvre © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Angèle Dequier / distributed by AMF
アートで磨いた感受性でユートピアの住人になる
アルフォンス・ミュシャはロマンティックなアールヌーボーの作品群で日本でも大人気。モチーフ使いやグラフィカルな枠線など、杏さんは"マンガ的"なところに惹かれている。「グッチ アリア」コレクションのグラマラスなドレスを着れば、さながら物語の主人公のよう。クリスタルの心臓型クラッチバッグを手に、ミュシャの世界に入り込みたい。
Mucha Alphonse (1860-1939) Figure géante d’une jeune fille allongée à plat ventre dans un paysage Paris, musée d’Orsay, conservé au musée du Louvre © RMN-Grand Palais (musée d’Orsay) / Thierry Le Mage /distributed by AMF
アートは心の旅に連れ出してくれる魔法
やまぐち あきら●1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。画家。東京2020パラリンピック公式アートポスターを制作。ZENBI-鍵善良房-(京都)にて個展『ちこちこ小間ごと』を開催中(〜11月7日まで)。
あん●1986年東京都生まれ。モデル・俳優。TBS系「世界遺産」でナレーターを務める。映画『CUBE 一度入ったら、最後』(10月22日公開)ほか、10月スタートのドラマ、TBS日曜劇場「日本沈没ー希望のひとー」に出演。
ふたりのAが再会! 生活とアートを語る
――昨年、おふたりの往復書簡連載「談話室A」が終了しましたが、その後はどのようにお過ごしでしたか?
山口 ずっとインドアですからね。人に会わずに絵を描くという意味では何ら変わることはないです。ただ、散歩に行かなくなり、運動不足ですね。
杏 私も! 子どもたちと一緒に小麦粉からパンを作るのにハマってしまい、コロナ太りに。ニンテンドースイッチを買い、「リングフィット アドベンチャー」で汗を流して運動していました。山口さんの気分転換法は?
山口 うちはネットで「PUI PUI モルカー」を見ていました。カミさんは僕以上にハマってDVDとサウンドトラックを注文。寂しいのかもしれないと責任を感じたり……。
杏 あはは。私は子どもたちが寝静まったあとに大河ドラマを見るのが至福の時。彼らはマンガを読めるようになり『進撃の巨人』や『キングダム』に夢中です。
山口 大きくなって。僕、連載時は親戚の子の成長を見守る心持ちでした。誌面で会えなくなって寂しかったです。映画『影武者』(’80 )で仲代達矢氏演じる影武者がお役御免で信玄の孫と会えなくなった感じ。
杏 ありがとうございます。それにしても連載を通して毎月やりとりしていたとは、なんて贅沢な経験だったんだろうと振り返っていました。私はもともと山口さんのファンですし、作品の中に伝統と最新のユーモアがこめられているところが最高です。
山口 あら! そうですか!!
杏 私や犬や子どもたちを描いていただけたのがすごくうれしくて。さまざまなお題の中でも「違う雰囲気の絵が見たい」とリクエストした回は面白かったな。
山口 割と難しいリクエストがさらっと来るので驚きましたね。
杏 面倒くさくてすみません(笑)。
山口 杏さんの絵は“最前線であること”が魅力なんですよね。いつも、これをこう描きたいという所に目一杯手を伸ばしている感じがして、ドキドキしながら見ていました。そういうフレッシュな絵の横に自分の手練手管でできているものが並ぶのはどうも気恥ずかしくて。何とか自分も初めてのものに手を伸ばしているような絵を描ければ、と毎回悩んでいたんですよ。
杏 そんな! 私が画力のなさを悲観していたら、空間を捉えるのにおすすめと方眼紙を送ってくださったこともありましたよね。
山口 お題は「理想の住環境」でしたね。かえって描きにくいところもあるので、鍋敷きにでもしてください。
杏 いえいえ。そういえば、山口さんはこの号のカバーを描かれるとか?
山口 そうなんです。
杏 楽しみにしています! 私も自粛期間中にSPUR 2020年8月号のカバーのための絵を描きました。それ以来、一度絵をきちんと勉強したいなと思っていたんです。
山口 どんな絵ですか?
杏 クロッキーとか挑戦してみたいなって。描きたいものがあっても、なかなか描けないジレンマがあります。
山口 絵の描き方を聞かれると、相手を型にはめてしまう気がして、好きに描くのが一番ですよとつい言ってしまいがちなのですが、勉強したいという自然な欲求があるときに型を示すことも相手を信頼した態度なのかもしれません。デッサンは一度学んでしまうと元に戻れない所があるので気を遣います。
2019年10月号
杏さんと3人のお子さんとともに国立科学博物館で『恐竜博2019』の取材を敢行した回。これを機に家庭内で恐竜の大ブームが訪れた。
生活の中で触れるアートは心の栄養になる
杏 きちんとアートを見る機会も増やしたくて、最近は子どもと一緒に美術館に足を運ぶようにしています。事前予約制になったので逆に行きやすくなっているんですよ。先日は東京国立博物館と国立科学博物館をハシゴして。
山口 それはすごいですね。
杏 これまでは長時間並んで入場していましたが、人数制限もあるし、じっくりとアートを楽しめる環境になっていると思います。
山口 杏さんは展覧会を見るときはどういうルートで見ます?
杏 ひとりで行くなら、ざっと最後までまわって、また戻って見直す派です。
山口 僕もです。全容を把握して、ペース配分を考えておきたい。
杏 何があるのか、まず気になります。子どもと一緒だと、じっくり見られないかなと思っていたのですが、私が音声ガイドを務めた東博の『聖徳太子と法隆寺』展は結構夢中になっていました。でも1日では見切れないです。
山口 正直言うと、ちょっと作品の量が多いですよね。半分ぐらいでいいかも、最近は気力がもたなくて(笑)。
杏 美術館って、どっと疲れますよね。子どもと一緒にルーヴル美術館にも2〜3回行ったことがあるんです。
山口 かなり作品数が多いですが、お子さんたちは退屈もせず?
杏 割と楽しく過ごしていて、ワークショップにも参加していました。
山口 僕も幾度か訪れました。1日で見るにはとんでもない広さなので、早々に諦めました。で、大体どこかの展示室が修復などで閉まってるんですよね。
杏 パリを訪れるたびにルーヴル美術館に通いましたが、何度足を運んでも全然見てないなという気になります。
山口 前項で杏さんはルーヴルで好きな作品を挙げていましたよね。僕は14〜15世紀のイタリアのルネサンスや北方ルネサンス美術など古い絵が好きです。17世紀のヴァン・ダイクやルーベンスのようにぐいぐい描かれたザ・油絵な作品も好きですが、チコチコと細かく描いている絵を見ると幸せになります。ああ、帰ったら僕も絵を描こうと。丁寧な仕事をしたくなる心持ちにさせてくれるんですよね。
2019年7月号
インドアなふたりならではの「住んでみたい場所」を妄想した回。フィンランドに住んでみたいという杏さんへの山口さんのお答えは京都に住むプランだった。
――今年からルーヴル美術館は全作品をオンラインで見ることができるようになりました。
山口 パソコンのディスプレイを通して見ると何か息苦しい。実際に美術館で鑑賞するのより平たく見えるんですよね。その場で見る際には“首振り”によって球面的になる。
杏 私も実物を見たい派です(笑)。
山口 ねえ、そうですよね(笑)。
杏 でも、デジタルの利点もありますよね。リモートで仕事ができるなら、ほかの都市に移り住む可能性も広がりますし。
山口 確かに。
杏 連載をしていたときはいつかフィンランドに住んでみたいと思っていたのですが、ルーヴル美術館もあるし、パリでもいいかも!?
山口 いいじゃないですか!
杏 向こうに友人もいるし、教育や環境を考えても、伸び伸び子育てできるフランスに憧れますね。山口さんも連載では京都に住みたいっておっしゃってましたよね?
山口 僕たちもそろそろ、カミさんの仕事がひと段落したら、1〜2年ぐらい京都に住んでみようかなんて計画を話していたところでした。
杏 この機会に移住を考える人も増えたのではないでしょうか。
山口 なんだこれで済むじゃないか、とわかったことも多いですよね。もしフランスに住むなら、ルーヴルで模写なんかもできますね。平面を模写する段階と対象を見て描く段階というのを分けて習熟してゆく。アカデミックなデッサン教則本の翻訳もありますから、独学で絵を学べるかもしれません。
杏 ふむふむ……。
山口 杏さんの絵のよさをじゃませずに、でもフリーハンドの技術を増やす方法というのを考えてみたいですね。
杏 へえ! 絵を描いたり、エッセイを書いたり、もっとチャレンジしたいこともあるので、今後の可能性を探っていこうと思っています。パリと京都で往復書簡もあるかも!?
SOURCE:SPUR 2021年11月号「杏と旅するルーヴル美術館」
model: Anne photography: Bungo Tsuchiya 〈TRON〉 styling: Satoko Takebuchi hair: HORI 〈bNm〉 make-up: Asami Taguchi 〈Home Agency〉 edit: Michino Ogura