クリエイターのクローゼットに、必ずと言っていいほど存在するブランド。個人的に思い入れのあるシーズンの服を、「マイ・ヴィンテージ」として大切に着るファッションプロも多い。愛用者の私的スタイルとともに、熱いラブコールをキャッチした。
Part 1 愛用者たちの、マイ・ドリス・スタイル
時がたつほどに魅力を増す服。自分だけの物語が詰まったお気に入りの一着と、春夏の着こなしについて語る
自分がありのままで気持ちよくいられる服/小島 聖(俳優)
「年を重ねてもクローゼットに残り続けた、稀有な服です」。ブランドとの出合いは、20代前半の頃。「青山の店舗に通い始めたのがきっかけです。中庭や、花器に大胆に生けられた生花など、目に映るものすべてが豊かで美しかった。まだ若かった私には、そのお店を訪れる時間が本当に贅沢でした。ただ、当時は裏原カルチャーにも浸かっていて、好奇心の赴くままにさまざまな服を着ていました」。その後、時代やライフスタイルが変化しても、現在まで愛用し続けている唯一のブランドだと話す。「今ではクローゼットの半分以上を占めているほど。一言では語り尽くせない奥深さがあるのですが、魅力の一つに、さまざまなボーダーを超えるしなやかさがあると思います。流行だけでなく、年齢や、変化する体型にもすっとなじんでいく。子どもが生まれて忙しない日々でも、少し着飾りたい日でも、どんな日常にもフィットし、パーソナリティを引き立ててくれる服です」。
今回紹介するのは、特別な思い出と紐づいたものだ。「2019年に東京・品川の原美術館で行われていた展覧会のプレビューに、このドレスとベストを着ていきました。ご本人と少しお話しする機会を得たのですが、彼が気づき、褒めてくれて。ドレスは2002年春夏、ベストは2004年春夏とかなり前のものですが、今年も大切に着たいと思っています。コントラストのはっきりした配色も素敵ですが、個人的には絶妙なニュアンスカラーが好き。ジャンヴィト ロッシのサンダルと合わせて、全身を同じトーンでまとめています。彼の服を着ていると、素材へのこだわりや、細部にまで行き届いた手仕事に日々感動するばかり。服への愛情を至るところからひしひしと感じ、その思いも含めて大切にしていきたいです」
1976年生まれ。1989年にNHK大河ドラマで俳優デビューし、1999年には映画『あつもの』で第54回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。著書に、『野生のベリージャム』。
服への愛が紡ぐ彩りを添えて/金子夏子(スタイリスト)
これまで見た中で最も感動的だったランウェイの一つに、2005年春夏コレクションを挙げる。「開催50回目を記念したショーは、食事から始まりました。一人ひとりにウェイターがつき、ただきらびやかなだけでなく、真心も感じる空間。食事がひと段落し、目の前のシャンデリアが宙に上がると、純白のファーストルックが現れました。その瞬間、夢を見ているのかと錯覚するくらい胸がいっぱいに。ファッションを愛する人へのもてなしと、服そのものに込められたロマンティシズム。すべてに深い愛を感じるからこそ、時代を超えて何度でも着たくなるのだと思います。今回スタイリングに取り入れたのは、黒のラッフルスカート。自分の中ではアーカイブス的な一着だったのですが、今年は少しセンシュアルな雰囲気で着こなしたい。合わせたのは、ヴィンテージのTシャツにMM6のデニムジャケット、SEAのキャップ。それから、エルメスのバングル、ユッタ ニューマンのサンダルです。ドリスの服に内在する艶っぽさが、普段カジュアルな着こなしを好む私にとって、装いの彩りになっている気がします」
ベーシックなアイテムを、凛とした女性像で品よく遊ぶスタイリングに定評がある。アシスタント時代から、ドリスを追いかけている。
日常にドラマを呼び込む唯一無二の存在/伊藤 梓(432MARKET プロデューサー)
「私にとって、夏の定番といえば柄パンツ。ラフに着られるのに装いがドラマティックに映るのは、ドリスならではです。これは、ショーを見ていても感じます。総合芸術のように物語性があるのに、デイリーに落とし込める。大胆なのにコスチュームで終わらない。そのバランス感に、毎回グッとくるんです。主催しているマーケットの仲間も、皆自分らしいスタイルで取り入れています。ショーのスタイリングも、毎回気が利いていて参考にしたいほど。おのおのが個性に合わせて楽しく着こなせるのは、ファッションの醍醐味だと思います。また、ヴィンテージ好きをも虜にするのは、きっと一点一点に彼のものづくりに対する誠実さや魂が宿っているから。イチ"服好き"として、そこに共鳴しています」。今回挙げたのは、記念すべき100回を迎えた、2017-’18年秋冬シーズンのパンツだ。「過去のプリントをリワークした模様は、まとうたびに心が高揚するお気に入り。シュプリームのTシャツとToogoodのサンダル、goenのネックレスに、オーラリーの端正なジャケットを羽織り、引き締めました」
ヴィンテージショップが集うマーケットを主催。100回目のショーを記念した書籍『Dries Van Noten 1-100』を定期的に読み返している。
毎年、袖を通すたびに新しい発見を与えてくれる/浜田英枝(スタイリスト)
ブランドの代名詞的なアイテム、ガウンを主役に据えた浜田英枝さん。「2015年春夏シーズンのこの一着は、本当によく着ています。リバーシブルで着用できるのですが、さまざまな色が入っているので合わせやすいんです。普段ブラックやカーキを着がちなので、この一点で華やぎを加えています。今回は、ハイクのパンツ以外、インナーのブラウスとサンダルもドリス。私にとっては、まさに"日常の定番着"なんです。自分の生活において、とても近いところにある存在です。毎年少しずつ買い足していますが、手放すという選択肢はありません。というのも、新旧をミックスすれば新鮮なマッチングを見せるし、いつも新しい気づきを与えてくれる。過去も現在も関係なくスタイリングを楽しめるのは、どのコレクションにも彼のポリシーが一本通っているからこそ。流行に埋もれないデザインと、それを実現するブレのない生き方に憧れます。少しの間着ていなかったアイテムが、時を経て今の自分にしっくりくることもよくあります。どれも、これから長い時間をかけて育てていきたい大切なものばかりです」
各方面にアンテナを張り、流行の一歩先を行くスタイリングを手がける。SPUR2016年12月号のドリス特集では、新旧織り交ぜて提案。
成熟した精神こそ、ブランドの神髄/菅野麻子(エディター)
クリスチャン・ラクロワと協業した2020年春夏コレクション。このシーズンに心奪われたという菅野麻子さんは、スカートを用いたスタイルを紹介。「購入した直後に新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発出。自粛期間中は、はきたい思いを募らせながらも自宅の壁に掛けて眺めていました。おしゃれなんて二の次三の次のようなムード。そんなときでも、このスカートを見ていると異国を旅しているような気持ちになり、救われました。きっと、彼の"心の中の旅"が、私たちを空想の世界へ連れ出してくれるのだと思います。また、彼の服づくりには、私たちを原点に立ち返らせてくれるような本物感があります。60歳まで自己資金による経営を続け、本当に自分が好きなものだけを生み出し、届けたいという願いが常に根底にある。ビジネスに傾倒しない気高き精神性に、この上なく惹かれます」。今回は、ドリスのメンズトップスにヴァレンティノのネックレス、マルニのサンダルを合わせた。「もともとエレガントな装いが好きなのですが、この夏は相反する要素としてメンズアイテムにも挑戦したいです」
数誌のファッションディレクターを経て独立。モード誌やカタログなどを手がける。趣味である茶の稽古でも、ドリスの服を愛用する。
Part 2 ファッションジャーナリスト・乗松美奈子が綴る 私とドリス ヴァン ノッテン
「アントワープ6」に興味津々で、初めてこの街を訪れたのは、私がパリに住み始めた1990年代初頭のことでした。旅のハイライトは、ドリス ヴァン ノッテンのブティック、”モードの殿堂”なるHet Modepaleis。膨大なドリスのコレクションがずらりと並んだそこは、ブティックというより色彩と柄が祀られた神聖な場所のようで、ただただ圧倒されました。
この体験を本誌の当時の主任編集者に話したところ、フリーのエディターとして駆け出しの私がアントワープでの仕事を依頼されたのが、1994年春。大特集のための滞在は1週間にわたり、ドリスが通うと評判のレストランで食事をしてみたり、Het Modepaleisに今度は取材者として訪れたり、ドリスに一歩近づけたうれしさを密かに噛み締めた旅でした。一番印象的だったのは、歴史的な中央駅での、ドリスの花柄ドレスの撮影(2)。20世紀初頭の趣が残る大聖堂のような美しさの駅のホームに出ると、なんとドレスとマッチする色の電車が! 当時はまだタリス(高速列車)はなく、時代がかった車両の電車が往来していて、すべてがまるで映画のセットのようでした。大輪の花のドレスに羽織ったのは、ベーシックなカーディガンと、ウエストをフィットさせたジャケット、と野暮ったさと紙一重の組み合わせ。アヴァンギャルドとは違うけれど、今まで見たことのない、不協和音のようでいて調和が取れている、いわゆるドリス節をこの環境でこそ深く理解できたのだと思います。
この1年後には、初めてドリスにインタビュー。やわらかな物腰で淡々と語るインスピレーションについて耳を傾けると、私はますます彼と彼のクリエーションのファンになったのです。この機会に私が初めて手に入れたのが、小花柄と小紋柄の微妙なパッチワークによる、膝丈ワンピース。ランウェイには出なかったコマーシャル・ピースなのですが、いろいろな都市の土産的ポストカードをちりばめたプリントの、1995年春夏のルック写真(1)を見ると、マイ・ファースト・ドリスを着まくった夏が思い出されます。しかしあまりに着用、クリーニングを続けたため、繊細な薄手のシルクはところどころ破れ、着られなくなってしまいましたが。
その後も私のドリス・コレクションは毎シーズン少しずつ増えていきました。中でも着すぎて色褪せてきたけれど今でも愛用しているのは、2012年春夏のサンドレス(6)。モノクロの風景画はどこかヨーロッパの古都を思わせるので、ローマやアルルに行くときは、必ずこれをスーツケースに入れます。ちなみに2014年、『INSPIRATIONS』と題された展覧会(パリ・装飾美術館)でもこのシリーズの展示が。感極まって、自分が代表作の一つを持っていることがうれしい、とこの機にインタビューした彼にも報告(3)。
まったくの主観ですが、ドリス節を堪能するためにワードローブに一つでも加えたいのは、大胆なグラフィック柄と、ラメ使いです。この両点が一つになったのが、2017-‘18年秋冬のジオメトリック柄のニット(5)。カジュアルにジーンズや無地のパンツと合わせるだけでもアップビートなルックになるし、カチッとしたシャツを中に着て白い襟をアクセントにしたり、色や柄物のボトムと合わせてミスマッチにしてみたり、と着こなしの可能性は無限大。
そして一番最近のお気に入りは、3年前のクリスチャン・ラクロワとのコラボレーションのコレクションから、花柄のフーディ・ドレス(4)。ショー直後に二人をインタビューする機会があったことも手伝って、絶対に欲しいとチェックした一点です。やっと届いたのは、コロナ禍初期。だから気持ちを上げてくれたのは言うまでもありません。パリではやっとロックダウンが緩和されたその夏、バースデーディナーで着たのもこのドレスでした。
ドリスの服はどれも、買ってもすぐには着なかったり、着続けた後クローゼットに眠らせておくこともあります。でもあるときまた、いずれかが必須アイテムにランクアップ。パーソナルなクリエーションだから、いつまでも持っていたい、そして着たいと思わせる、愛おしい服たちなのです。
静岡県生まれ。上智大学卒業後、『STUDIO VOICE』編集部で1年間ファッションを担当し、1992年に渡仏。現在もパリ在住。ファッションを中心にライフスタイルやアートと、幅広い分野でのジャーナリスト、コンサルタントを務める。
Part 3 【ドリス ヴァン ノッテン】新作ウィッシュリスト
"服への愛"をテーマに発表された2023-’24年秋冬コレクション。現地でショーを目撃した面々をはじめ、ファッションプロ6名にブランドへの想いと、今季手に入れたい逸品について聞いた。
大城琴美(TOMORROWLAND & SUPER A MARKET バイヤー)
「パリで先輩に初めてお店へ連れて行ってもらったときの衝撃。今でも鮮明に覚えています。ヨーロッパの感性に東洋的な目線も感じる内装は、細部にまで彼の美意識を感じ、すべてに目を奪われました。たくさんの花々に囲まれた生活や、手仕事を重んじる姿勢。さまざまな要素を融合することで完成する、独自の世界観に惹かれます。今季気になったのは、ジャカード生地を裏地やパイピングに使用した贅沢なコート。表地に出すのではなく、内側に秘めるという美しい表現が魅力です。バイヤーとして常に新しいものを探す立場にありますが、今の気分を取り入れながらもタイムレスな提案をし続ける姿に、影響を受けています」。
AMI & AYA(モデル、クリエイティブディレクター、DJ)
「トレンドに流されず、自分の内面にあるテーマや物語をドラマティックにショーに落とし込んでいる、ずっと憧れのブランドです」(AMIさん)。「細部に至るまで妥協を許さないものづくりをしているからこそ、お守りのように長く持っていたいと思うんじゃないかな。きっと込められた愛が持ち主にも伝播していくのだと思います」(AYAさん)。
AYAさんが選んだのは、パッチワークのバッグ。「相反するさまざまな柄をミックスして新しいものを生み出すアイデアは、ドリスならでは。新鮮なのに、年を重ねても持っている姿を想像できる、不思議な魅力があります」。AMIさんは、プラットフォームのブーツを狙っている。「象徴的な花のジャカード素材が、今季はゴールドベースになっていて目を引きました。着物を彷彿とさせるオリエンタルな模様が、超厚底のブーツに施されているというギャップにも惹かれます」。
栗山愛以(エディター)
「今季、箔を挟み込んだインビテーションを受け取ったときから、キーカラーであるゴールドに心奪われていました。ショーでは、ベルギーの実験音楽家ランダー・ギスリンクによる圧巻のライブパフォーマンスとともにルックが登場。スカートのウエストに施された金のペイントにも、演出に通ずるような力強さを感じます。ランウェイは観客のすぐそばをモデルが横切るように設置され、彼が生み出すファブリックの美しさも堪能できる構成。セレブリティに注目が集まりがちな昨今のファッションウィークですが、その中でも"服への愛"をテーマに真摯にものづくりに向き合っている彼の姿に、改めて感銘を受けたシーズンでした」。
三浦ふさこ(MOGGIE CO-OP代表)
「ドリスとの出合いは、28年前に夫にプレゼントされたリネンのセットアップでした。それを機に惚れ込み、自分の店で買いつけができるようになったときは本当にうれしかった。今では、彼がショーで表現したかったことを汲み取りながら、お客様に提案したり、スタイリングをしたりしています。このボンバージャケットには、2023-’24年秋冬メンズコレクションのムードを感じます。テーマは異なりますが、絵画的な植物モチーフを渋い色みで大胆に描いている部分に、共通項を感じるんです。デザインにまつわる考察をショップスタッフと共有したり、お客様と会話を膨らませたりするのは、自分の人生にとって本当に幸せなこと」。
並木伸子(SPUR本誌編集長)
「立派さを見せつけるのではなく、純粋に美しいものを楽しんでもらいたいというメッセージを感じる、数少ないブランド。毎シーズン、ファッションがもたらす感情までをデザインしているという点が通底していると感じます。テキスタイルそのものの美しさや質感から、自然とイメージや夢が湧き出てくる服なんです。ドーム・ド・パリの広大な会場で行われた今季のショーでは、目の前でシルクのドレスが揺れたとき、『コレだ』と思いました。草花のやわらかな風合いを閉じ込めたような柄に、スリップドレスのような意匠が90年代のリバイバルを予感させます」。
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