【吉高由里子】と古典の世界へ。千年前から続く、奥深き文学の愉しみ 

大河ドラマ「光る君へ」で、主役の紫式部を演じる吉高由里子さん。紫式部が生きた遥か昔から書き連ねられてきた文学は、今読んでも色褪せることのない新たな発見に満ちている。色とりどりな古典の世界へようこそ

紅 【くれない】

SPUR3月号 吉高由里子
ドレス¥924,000(ヴァレンティノ)・ バングル¥152,900・ピアス¥81,400・靴¥138,600(ヴァレンティノ ガラヴァーニ)/ヴァレンティノ インフォメーションデスク

紅梅の御衣に、のかかりはらはらときよらにて、

火影の御姿、世になくうつくしげなる
——源氏物語 若菜・下

[訳]
紅梅襲のお召物に、髪がかかってさらさらと美しくて、灯籠の光に映し出されたお姿が、またとなく可愛らしげだ

『源氏物語』では女君が揃って琴を合奏するシーンで、光源氏が寵愛する明石の姫君の着物の色として描かれる紅。ヴァレンティノにとっても鮮烈な赤は"ロッソ ヴァレンティノ"と称されメゾン創設以来大切にされている色だ。赤の装いは国や時代を問わず、いつも女性を特別に見せる。

鶯 【うぐいす】

SPUR3月号 吉高由里子
トップス¥225,500・スカート¥301,400 ・靴¥103,400・ソックス¥33,000/ドリス ヴァン ノッテン

鶯は、ふみなどにもめでたきものにつくり、

聲よりはじめてさまかたちも、

さばかりあてにうつくしき程よりは、

九重のうちになかぬぞいとわろき
——枕草子

[訳]
うぐいすは、漢詩文などにも見事なものとして描かれ、声はもちろん姿かたちも、上品で愛らしい割には、宮中で鳴かないところがとても感心できない

平安時代から人々に親しまれた鳥、鶯。『枕草子』の「ものづくし」の中には鳥の段もあり「鶯は見目の悪くない鳥だが姿をなかなか現さないところが好かない」と清少納言らしくあまのじゃくに評している。古来よりなじみ深い鶯色のスカートに、何枚も重ねたスパンコールで緻密に描かれたモチーフが映える。

橡 【つるばみ】

SPUR3月号 吉高由里子
シャツ¥330,000(参考価格)・スカート¥2,800,000(予定価格)・靴¥326,000(参考価格)/クリスチャン ディオール(ディオール)

橡の一重の衣、うらもなくあるらむ子ゆゑ、恋ひわたるかも
——万葉集

[訳]
橡の一重の衣に裏がないようにあの人の心は裏のない純真なものだからよけい恋しくなってしまうのでしょう。

今季「魔女」や「地母神の知恵の継承者」に着想を得たディオールは黒をメインカラーとしたコレクションを発表。黒のもととなる染料はいくつかあるが、その一つである橡とはくぬぎの実を指す。太古の昔から植物とともに暮らしてきた人の営みに思いを馳せて。

紺 【こん】

SPUR3月号 吉高由里子
コート¥649,000(参考価格)・ジャンプスーツ¥297,000(参考価格)・リング¥60,500・シングルイヤリング¥68,200/グッチ クライアントサービス(グッチ)

心葉、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、

同じくひき結びたる糸のさまも、

なよびやかになまめかしうぞしたまへる
——源氏物語 梅枝

[訳]
贈り物の飾りには紺瑠璃のほうには五葉の松の枝、白い瑠璃のほうには梅の花を添えて、結んである糸もみな優美であった。

源氏に贈られた薫物が紺色の器と、白い器に入れられている優美な様子を想起させる。新クリエイティブ・ディレクター、サバト・デ・サルノが描く紺と白のコントラストは時代を超えて美しい。ゴールドのジュエリーと深い赤のリップでいっそうモダンに。

露草 【つゆくさ】

SPUR3月号 吉高由里子
ドレス¥990,000・パンプス(参考色)¥151,800(ともに予定価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ)

月草に

衣はすらむ朝露に

濡れての後は

うつろひぬとも
——万葉集

[訳]
衣を月草で摺って染めよう。たとえ朝露に濡れて色が褪せてしまおうとも。

かつては月草と呼ばれていた露草。色の落ちやすい特性から「うつろう」「消える」などのかかる枕詞となる。朝露に濡れて消えてしまうほど、心のうつろいやすい思い人に宛てた歌とも読める。羽衣を幾重にも重ねたようなオーガンジーのドレスは、その青の儚さによってさらに幻想的な魅力を放つ。

紫 【むらさき】

SPUR3月号 吉高由里子
カーディガン¥249,700・ピンつきショーツ¥187,000・ブレスレット¥280,500/ロエベ ジャパン クライアントサービス(ロエベ)

すべてなにもなにも

むらさきなるものは

めでたくこそあれ。

花も糸も紙も
——枕草子

[訳]
どんなものでも、紫色なら素晴らしい。花でも糸でも紙でも。

古代より高貴な色の象徴である紫。『枕草子』の"めでたきもの"(素晴らしいもの)の段でも紫のものはよいと絶賛されている。目を引く鮮やかな紫と拡大された針のアクセントが、ベーシックな組み合わせを新鮮に変える。

 

参考文献
『日本の色辞典』吉岡幸雄著(紫紅社)
『源氏物語 1 古典新訳コレクション』
『源氏物語 2 古典新訳コレクション』
『源氏物語 3 古典新訳コレクション』
角田光代訳(河出文庫)

吉高由里子と学ぶ古典の愉しみ 【聞き手・橋本和明】

NHK大河ドラマ「光る君へ」で紫式部を生きる吉高由里子さん。撮影中のエピソードや平安時代の文化の魅力について、古典を愛する橋本和明さんが話を聞いた

「千年前も今も、心の奥底にあるものは変わらない」

千年の時を経ても今なお輝き、54帖からなる長編を綴った紫式部の人生を描く「光る君へ」。クランクインして7カ月を経た吉高由里子さんの現在の心境はどうだろう。聞き手は、「有吉の壁」の企画・監修などを手がける一方、小3から古典を原文で読むほどの、筋金入りの古典マニアである橋本和明さん。

——今日はディレクターとしてではなく、まさかのインタビュアーです(笑)。聞き手としてはド素人ですが、よろしくお願いします。

吉高さん(以下Y) 頑張りましょう!(笑)。

——制作に携わる者として大河ドラマで紫式部の生涯を描くと聞いたときは驚きました。「え、できるんですか!?」と。

 ですよね。平安時代は史実が明確に残っているわけではなく、履歴が残っている人とそうでない人の差が激しいそうで。書物として確認できる『源氏物語』を除いて、紫式部本人は残っていない側の人物。だからこそ演技の自由度は増すかな、とも思いますが。

史実やキャラクターに謎が多い からこそ、土台固めをしっかりと

——演者によっては、ヒントや手がかりがないと恐怖でしかないけれど、そこを"余白がある"と言えるのが吉高さんらしいですね。

 制作陣が「かき集めすぎ!」というくらい資料を集めてくれたので(笑)、クランクインまでの約1年は、たくさん勉強をしました。

——脚本家の大石静さんから、何か要望は?

 快活に「あなたはいいのよ、あなたで!!」って言われただけです。信頼されているのか、それとも期待されていないのか……。

——期待していない人を、大河ドラマの主演には推薦しないですよ(苦笑)。

 大石さんの脚本は「筆ってこんなに走るんですか!?」というほど疾走感があってドラマティック。いざ映像になったときに、活字だけの台本よりも面白くありたいし、それが当たり前に続く物語だといいなと思いますね。

——衣装やセットも豪奢ですよね。恐縮なのですが、僕も「有吉の壁」のスペシャルで、台本なしの"アドリブ大河"をやったんですよ。

 "大河"つながりですね! NHKのほうは歴史マニアの集合体という感じ。セットでいえば小道具、美術、池や岩などを作り込む造園も、徹底的に時代考証されたもの。一つひとつその道のプロが匠の技を持ち寄り、毎日ぶつかり稽古をしているみたいです。

——誰も平安を生きていないから正解がない。再現がいかに大変か、想像に難くないです。

 私に関して言えば、所作のほかに書や琵琶、乗馬……言動の一つひとつに家庭教師みたいな先生が、がっつりついています(笑)。そうやってみんなそれぞれが強いこだわりと責任感を持ち、全員が納得してから進むからこそ、作品の質が上がるんだな、と感心します。

——"アドリブ大河"の収録を2時間で撮り終えたバラエティ番組では考えられません(笑)。その美しい世界とドラマティックな脚本を、リアルに落とし込む作業は大変そうですね。

 カツラを合わせると、衣装全体で10㎏近くあることも。「昔の人って頑張っていたんだな」と思うと同時に、動きが制御されている感覚があるので、アドリブが難しいときも。

——セリフの行間にも演技が要りますしね。

 そうなんです。セリフのあとに、「誰か、行ける!?」とアイコンタクトで周囲の様子をうかがったり、「なぁ」「うむ」と言ってみたり。そんなとき、果敢に攻めるのが本多力さん(笑)。

——さすが舞台俳優! リアクションや相づちで作品をより豊かにできる現代劇と、その点では違いますね。過去に現代劇で共演されたキャストもいますが、今作との違いは?

 お互い見た目が違うだけで、大きな変化はないかもしれません。「ワープしたね」「時代を超えてよろしく〜」みたいな。平安期の人物を演じられるなんて、俳優人生においてもそんなに多くないこと。楽しみたいし、時代劇ならではの"間"をナチュラルに埋められるくらい、体になじんでいったらいいなとは思います。

——紫式部が存在した平安中期を約半年間生きられて、感じることはありますか? 京都にも、何度か足を運ばれていると聞きました。

 京都はもともと好きで、プライベートでもよく足を運んでいたんです。燃えるような紅葉や咲き誇る桜も美しいし、好きな飲食店もある。あと、平等院などの世界遺産も多いですしね。ただ千年前も今も、人の心の奥にあるものは変わらないのかもしれない、と。変わったのは寿命くらい? あと身長。

——なるほど。変わらないと思うその心は?

 どの時代も好きか嫌いか、上り詰めるか堕ちるか、なのかなと。

——恋愛欲と出世欲が絡み合って、平安の貴族社会は、妙にアグレッシブですよね。

 美しいか、家柄がいいか?も重要で、特に女性は、良家に嫁ぐことで家族の身分を少しでも上げることを任されていたんだろうな、と。必死だったんじゃないかと思います。

先日、長きにわたって栄華を誇った藤原一族の細かい家系図を見せていただいたんです。この人とこの人がつながって、え、この人も!? と、なんだか野良猫の家系図を見ているようでした。広いコミュニティではないから、噂話や文(手紙)によってどんどん膨らんで、あれやこれや問題が起きる。SNSの拡散とかチェーンメールと通じるものがありますね。

——当時の文献を読むと、権力闘争はクチコミや噂話によって起きていますしね。

 そんな中、紫式部は、歌人を多く輩出する学者家系だけれど、父は出世できずに下流貴族止まり。にもかかわらず、幼い頃から男性が学ぶものとされた漢学を習得して文才にも長け、結果的には中宮彰子の女房まで上り詰めた人。文献や台本から女々しさや皮肉めいたところは感じさせつつも、心の奥では「欲にまみれたり、誰かに媚びて生きたくはない」という気持ちもあったのかなと思います。

紫式部と吉高さんが 通じ合うところとは?

——紫式部といい、ライバル関係にあったとされる清少納言といい、二人とも達観しているし、斜めの視点もある。吉高さんのSNSの文章から、似た要素を感じました。そもそも学生の頃、古典は好きでした?

 正直、「はい?」という感じでした(笑)。でも今は先生方から歌や詩に記された漢字の成り立ちを学び、なぜ着物は何重にも重ねて着るのか、それは布団になるから……など、豆知識もたくさん教わるんです。興味がどんどん湧いてきて、するすると吸収できる。学生時代とはだいぶ違うかもしれません。

——背景を知ると、気難しそうな古典に血が通う気がしますよね。ちなみに書くことは?

 10代の頃は日記を書いてはいましたが、父親に見られてからやめました。20代はミクシィに移行して、今はX(旧ツイッター)以外は、携帯電話のメモ機能に。

——どんなことをメモされるんですか?

 えーと、車の中にいた犬のこと、平安時代を想像してみたこと。あと、先日外食先で隣のお客さんが「芸能人で誰が好き?」みたいな話をされていて。好きはいいけれど、嫌いな人の名前が出てきたときに、料理の味がしなくなったんです。その恨みを書いてますね(笑)。話を聞いていいのか? 聞かないようにしているけれど聞こえてくるし、聞かないフリして聞こうとする自分も嫌……。

——そのメモ、いつか役に立ちそうですね。

 人に話したいわけじゃない、自分の中で揺れ動いた"心のゾミゾミ"を残しておくような。感情と経験の記録でしょうか。

——X(旧ツイッター)も端的な文章の中に主観と客観が行ったり来たりするから、一気に吉高さんワールドに引き込まれる。特に料理にまつわる文章は、食欲をそそられます。

 食べるのが大好きだからかも。料理をするのは無心になれるうえに、あとは「食べたい」「おいしそう」と、すべての思考が前向きなところがいいんですよね。ただ、作る量を間違えて、とんでもないボリュームに……。

——新しい形の食欲の刺激の仕方だし、独特の視点が紫式部などの作家に通じます。気が向いたら、エッセイを書いてほしいですね。

 あはは、刺激しないと! 

——最後に、紫式部を演じるうえで、改めて感じたことや気づきはありますか?

 平安時代、着物の袴をはいていないのは、今で言えばパンツ一枚で歩くようなもので、ひどく恥ずかしいことだったそう。だから浴衣で街を歩くなんてもってのほか。当時の常識に気づかないまま、全然違う当たり前や受け取り方をして私たちは今を生きているんだなと。人間としての根っこは変わらないのに、平安と令和を行き来している。これまで味わったことのない感覚で、新鮮ですね。

そして、クランクイン当初は、カツラも草履も痛いし、衣装も着崩れ、無意識にストレスをためていたんです。でも今は、どうやると頭になじむか、着崩れないコツが少しずつわかり、革靴のようになじんでいるというか、自分の形になってきている。それだけ紫式部と一緒にいる時間が長いので、さぁここからどう変化していくのか楽しみです。

——時間をかけてなじませ、長い期間かけて没入できるのは、大河ドラマの醍醐味ですね。

 知識も増えていくし、習い事も多いし、役を育てているようで、自分が育てられているような不思議さも。「『光る君へ』、意外と面白い」と思ってもらえたらうれしいですね。

 

「紫式部の役を育てているようで、私が育ててもらっているよう」

 

【吉高由里子】と古典の世界へ。千年前からの画像_7
吉高由里子プロフィール画像
吉高由里子

1988年東京都出身。2006年スクリーンデビュー。翌年『蛇にピアス』に主演し、日本アカデミー賞ほか数々の新人賞を受賞。東京ドラマ賞を総ナメにしたTBS系「最愛」など、出演作品は軒並みヒット。2024年放送のNHK大河ドラマ「光る君へ」では主人公の紫式部/まひろを演じる。

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