【鏡リュウジさん × 東畑開人さん】占いと心理学で、これからの世界を考える

占星術家と心理学者。専門分野は違うが、ともに科学とスピリチュアルなものの間で思索し、プライベートでも交流があるという鏡リュウジさんと東畑開人さん。そんな二人が語るこれからの世界。つながりの喪失、余白のない未来と、閉塞感を抱える中で、私たちはどうサバイブしていったらいいのかを考えた。

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脱魔術化した近代。でも、矛盾に満ちた人生を生き抜くには呪術的思考が必要!?

――そもそもお二人は、どのようにして知り合われたのでしょうか。

 2015年に東畑さんが『野の医者は笑う』という本を出版されて、読んだらめちゃくちゃ面白かったんです。それで本のことをツイートしたら、東畑さんがDMをくださって。

東畑 そうですね。それがきっかけで、一緒にお茶したり、飲んだりするようになったんですよね。

 おこがましいんですが、著書を読んで東畑さんとは関心領域がとても近いと感じたんです。僕は占星術や占いといった「アヤシイ」世界に子どもの頃からどっぷりつかっていたわけですが、占いが大好きで当たると感じていた一方で、こんなのは非科学的だし迷信だということにも気がついていた。でも惹かれてやまない自分がいる。で、周囲を見渡したらユングという心理学者が極めて占い的な世界にいることを知ったんですよね。そこから心理学やら人類学にも関心を持っていったんです。

東畑 僕の初・鏡リュウジ体験は、実は占いではないんです。大学生のときに読んだ心理学の本を翻訳していたのが鏡さんだった。ジェイムズ・ヒルマンというユング派の高名な学者の『魂のコード』という名著なんですが、他の学術本と比べると、装丁からして明らかに浮いていて、「鏡リュウジって何者だ!?」って(笑)。つまり鏡さん自身、科学と占いの境界領域にいて、ずっと思索を続けてこられたと思うし、僕自身も占いと心理学は親戚関係だと思っています。簡単に言うと、誰かに相談するカルチャーというか

 そうですね。人に相談する、悩みを打ち明けるっていうことは、昔からあっただろうし、占いもそういう営みから始まったことだと思います。

東畑 でも、近代になると、人に話を聞いてもらうとか、誰かに教えてもらうというより、より科学的根拠のある方法やテクノロジーで解決しようという方向になっていったわけですね。たとえば病だったら、民間療法や占いではなくて、病院や専門家に見てもらって解決したほうがいいと。

 近代化とは、「脱魔術化」「脱呪術化」のことだと言ったりしますね。

東畑 そうです。近代化すれば「魔法」だとか、「悪魔」なんていうのはなくなるはずだったわけです。ところが実際は、イタリアでは悪魔祓い師が今でも活躍しているみたいで。

 そうそう、悪魔祓い師が足りないから養成しているんですよね(笑)。

東畑 時代に反して需要が増えているそうです。それはなぜだろうと考えると、近代化による個人主義に限界があったんじゃないかと。個人で、さまざまなことをコントロールしてやっていくのが近代社会ですが、自由競争や責任の重さに息苦しさを感じる人もいます。それでオルタナティブが求められているんじゃないかと思うんです。その点、呪術的思考にはつねに外側にプレーヤーがいて、虹が出たとか、雨が降ってるとか、そういう外側のものと一緒に生きている感覚があります。

 今年、英国のエリザベス女王が亡くなった日に、ロンドンの上空に二重の虹がかかってニュースになりましたよね。これって、科学的に言えば、何の意味もないことですけれど、世界中の人が心を動かされてしまうわけです。普段は論理的な考え方をする人までも興奮ぎみに語っていました。でも、あるタイミングで虹が出現したことに意味を見出そうとするのって、まさに占いの発想なんです。そう考えると、呪術的な思考というものを僕たち人間は、最初からインストールされているような気がするんです。人生は、無意味な偶然の出来事の連続というわけではなくて、ひとつの物語、ドラマだと感じるように人間はできているんじゃないでしょうか

東畑 そうですね。つらいこと、悲しいことがあっても、そこにドラマを見出すことで、人間はその苦しみを消化することができます。そういう意味で、もう一度、魔術化していく「再魔術化」が、今の時代、必要とされているのかもしれません。

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究極の一回性と普遍性を持っているホロスコープが狭い世界を広げてくれる

――コロナ禍があり、戦争もあり、経済も不安定で、2022年も激動の年でした。今の世界をお二人は、どうご覧になっていますか。

 コロナ禍という非常事態において、これまでは見えなかった小さなひびが可視化されたように思います。たとえばワクチンに賛成か反対かで意見が割れて、個々の違いがよりいっそう鮮明になってしまった。それが分断を生み出していますね。 占星術で言うと、2020年から「風の時代」に入りましたけれど、風の時代って「空間を作る」ことを意味するので、人とのコミュニケーションにも距離が必要なんです。コロナ禍でつながりも減ってしまったし、そういう意味でも、今は孤独な時代なのかもしれません。

東畑 それとコロナ禍以降、社会の規範が非常に強まった感じがします。2010年代は新自由主義が席巻していて、社会もマーケットも個人が自分の責任で自由にやればいいという風潮がありました。それが2020年代は、全体の利益とか、集団の規範とかが重要視されるようになりました。

 確かにそうですね。多様性と言いながら、本当の多様性になっているかは疑問で、社会的に認められたものから逸脱したものは許されない部分もあり、非常に窮屈で閉塞感がありますよね。

東畑 「地球の狭さ」問題ですね。2010年代は、ITなどの技術革新で未知なるフロンティアが拓けるんじゃないかというような未来への期待の広がりがあったけれど、今はそういう新しい余白は縮小して世界がすごく狭くなっています。

 わかります。みんな余裕がないんです。ある人類学者が「魔女狩りが起きるのは、パイを奪い合うゼロサム社会だ」と言っていますが、人の失敗を正義の名のもとにみんなで一斉に攻撃してしまいがちなのは何度も繰り返される歴史ですね。

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――そんな内向きの時代に、少しでも広がりを持って、世界を見られるような術はありますか。

東畑 やはり人とのつながりですね。世界が狭くなると、「みんな敵だ」とか「自分は破滅するしかない」とか考えが制限されてしまいがちですが、「案外、助けてくれる人は身の回りにいるんだ」とわかることで、その人の世界は豊かに広がっていくように思います。

 占星術という観点からみるとすれば、たとえばホロスコープでは、それぞれの星が規則正しいサイクルで動いています。太陽は1年、木星は12年、試練の星と言われる土星は29年で元の位置に戻ってくる。だから「なんで私だけがつらい目に」と視野が狭くなっているときには、「いや、織田信長もマリー・アントワネットも同じ土星的な体験をしているはずだ」と考えることができます。一方で、ホロスコープは、ひとつとして同じものはないし、何万年たってもリピートすることはないんですね。だから「どうせ私なんて」と世界が縮こまっているときには、「いや、この人生はお釈迦様でも体験できない貴重なものなんだ」と考えることができる。究極の普遍性と究極の一回性を同時に表明しているのがホロスコープの強いところで、物ごとを別の次元で見ることができます

東畑 宇宙と自分をつなげて考えてみる、というところは、やはり占いの面白いところですね。

 占いは自らをエンターテインする(楽しませる)と同時に、エンチャントする(魅惑する)ものだと思います。エンチャントの語源は、エンが「入る」で、チャントは「歌」という意味。この別冊を通して、皆さんが宇宙の歌の中に入って、豊かな時間を過ごせるように願っています。

 

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鏡リュウジさん

かがみ りゅうじ●占星術研究家・翻訳家。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了。英国占星術協会会員。日本の占星術シーンを牽引する第一人者。著書も多数。京都文教大学、平安女学院大学で客員教授も務めている。

東畑開人さんプロフィール画像
東畑開人さん

とうはた かいと●専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学、同大学院博士後期課程修了。現在、白金高輪カウンセリングルーム主宰。著書多数。『居るのはつらいよ』で第19回大佛次郎論壇賞などを受賞。

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