鏡リュウジさん×本間恵子さん ”人間と石の数奇な歴史”

本間 ここ3年ぐらい、鉱石や色石に惹かれる人が増えているようです。ジュエラーや時計ブランドのデザインに色石が使われているのを見かけることも増えましたし、身につけるだけではなく、ミネラルショーに出かけてルース(裸石)を探す人も多いと聞きます。

 コロナ禍ということもあり、これまで旅行や外食に費やしていたお金で、ジュエリーを手に入れようとしているのですか?

本間 それだけではないようです。私は内面的に守られたいという意識の表れなのではないかと考えています。たとえば洋服が会う人や訪れる場所など外向きにパワーを発するものだとすると、肌に触れる宝石を身につけることは、内向きにパワーを生み出してくれるもの。自分を元気づけたり幸せを呼び込んだりしてくれると感じているのかも?

 僕は宝石とは、もともとお守りなのだと考えています。歴史的に見ても、石やファッションには護符やお守りとしての役割があります。"マジコ・レリジャス"といって、人がほかの動物と異なるのは宗教・呪術的な知性を獲得したということ。魔法は最初から人類とともにあったのです。

本間 勾玉まで遡ると、確かにそうですよね!

 今日は初めて英語で書かれた占星術の教科書『Christian Astrology』をお持ちしました。17世紀のものです。ギリシャからアラブを経由して継承された占星術を自身の経験を通して書かれた、重要な本です。この本には月や太陽の性質といった西洋占星術の基本が書かれています。惑星の運行や性質から始まり、色やハーブ、動物、植物など、星とすべての要素が関わり合っていることが明記されているんです。その中にはもちろん鉱石の項目もあります。

本間 そんなに昔から、石と占星術は関わりがあるんですね。

鏡 16世紀のイギリスの学者、ロバート・フラッドは著書の中である図像を描いています。世界とは神が創ったものであり、神は世界の外側にいる。この図では地球が真ん中にあって、星占いで使う火地風水のエレメンツが地上世界を構成している。その外側が月より先の世界。惑星が登場する中間的なところです。さらにその先は知性の世界。天使が描かれ、天使的知性と呼ばれます。その隣に神様がいる。この世界はすべてひとつにつながっていて、"存在の大いなる連鎖"と表現されていました。16〜17世紀頃までの西洋では、神話的なイマジネーションが広がっていました。世界全体をひとつの魂とする世界観があったんです。これは現代の、世界を単なる物質としてみる見方とは対照的ですね。ここで重要なのは、類推の発想です。鉱物はキラキラ光るだけでも魅力的なのですが、それは星の光が凝縮したものなのではないかと考える。たとえば、赤い石は火星とつながっているのではないか、熱を感じさせるものなのではないかと連想するんです。昔の人々のイマジネーションの中では、石を持つことは今よりもっと身近な感覚でした。『プリニウスの博物誌』はご存じでしょうか。

本間 私は澁澤龍彦の『私のプリニウス』が大好きでした!

 僕もです。澁澤龍彦がそのエッセイのもとにしていますが、天文、地理、動植物の生態、芸術などを37巻にわたって書き記した古代ローマの百科事典です。最近ではヤマザキマリさんのマンガ『プリニウス』でもおなじみですね。その百科事典の最終巻は宝石でした。それ自体が僕にとっては感動的なことだったんです。プリニウスは森羅万象について書いたけれど、一番最後にとっておいたのが、鉱石・宝石について。「たった一個の宝石でも自然の神秘を知るには十分だ」という一文があるくらい。

本間 ファッションの歴史から追っていくと、16世紀には"ラピデール"が大流行したと読んだことがあります。王侯貴族や裕福な人々が夢中になって読んだ「鉱物誌」を意味します。

 豊かな人々がわざわざその鉱物誌を買って読むというところが象徴的です。もっと昔であれば、誰かに教えてもらわなくても社会の中で石に関してのイマジネーションを共有していたはずなのに、そうではなくなったということですよね。16世紀半ばから17世紀になると近代科学が興った。石に何かの効能があると考えるのは迷信であるとわかった時代なんです。でも一方でまだ悪魔祓いが行われていたりするんです。16世紀までのスピリチュアルな世界観が後退し、より多くの人々もファッションとして宝石を利用できる時代になっていったと考えられますね。

本間 確かに、そうですね。

 もう1冊持ってきた本は『THE CURIOUS LORE OF PRECIOUS STONES』。のちに『宝石と鉱物の文化誌』として僕が訳すことになる本。宝石学者、ジョージ・フレデリック・クンツの著書の初版です。彼はティファニーの副社長職にもあった影響力の大きい人ですね。僕が手に入れたのはまだ学生時代で、1980年代末ぐらいだったと思います。その当時は日本でも「パワーストーン」という言葉が話題でした。

本間 80年代は石にまつわる想像力を再認識するタイミングでしたね。

 80年代のパワーストーンブームで育った人々が大人になり、石がより一般的になったような気はしています。現代に石の魅力を感じる人が増えたのは、ここに根源があるのでは?

本間 90年代はアクセサリーをつけない女性が増えたのですが、また最近変わってきています。トレンド的に見てみると、ここ3、4年は強い色の石がジュエラーや時計ブランドの間でブームに。70年代に見られたゴールド×ラピスラズリやゴールド×マラカイトなど、激しい色を組み合わせるデザインがリバイバルしています。個人的に面白いなと思っているのは、虹色の宝石使い。さまざまな色の石を使ったり、オパールなどの遊色が好まれたり。LGBTQやダイバーシティ&インクルージョンなどの考えが広まって、ブランドがデザインを通じてメッセージを発信しています。占星術的に2022年のトレンドはありますか?

 木星が魚座に入るのと、海王星が魚座にすでに位置することから考えると、魚座が強調される年だと考えています。木星も海王星も魚座の支配星で海を象徴するものです。そこから、ラピスラズリやアメシスト、アクアマリンなんかを持つといいんじゃないかな。でも、先ほどの虹色の石のエピソードにもあるように、現代は自分の色は自分で選ぶことが主流。すべてのものが鎖のようにつながっているとされていたけれど、解放されて自由になった。基本的にはすごくよいことだと捉えていますが、自分の生き方をすべて自分で決めないといけない重圧が常にかかりますね。

本間 さらに、情報過多の時代ですしね。

 時代の速度が速すぎて、社会が共有する物語を持てないんですよね。

本間 どの石を選ぶかといったときに、似合うか、似合わないか、価値の有無だけではなくて、メモリアルなものであればいいんじゃないでしょうか。

 物語が重要なんですよね。心理学者の河合隼雄先生がよくおっしゃっていたのですが、たとえば普通に生えている木でも、おじいちゃんが植えた木だとなった瞬間に物語になる。

本間 誕生石でも星座石でもいいですよね。古代からの物語を参考にするのも、自分の石を選ぶことの指針になると思いますよ。

鏡 リュウジさん
1968年京都府生まれ。心理占星術研究家・翻訳家。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。英国占星術協会会員。占星術を心理学的側面からアプローチした心理占星術を日本に広めた第一人者。占星術と関わりの深い宝石についての著書『宝石と鉱物の文化誌』(原書房)、『星の宝石箱』(集英社)などもロングセラーに。

本間恵子さん
ジュエリー&ウォッチ専門のジャーナリスト、編集者、コメンテーター。ジュエリーデザイナーを経て、雑誌編集者に転職。フリーランスになったのちは世界各地で行われるジュエリー、時計の見本市での取材などをこなし、多数の媒体で発信している。リアルタイムでトレンドを発信するTwitter(@JewelleryTokyo)も人気。