#39 いつだって、「ウィ」【ディオール】

春に次男が生まれた。2人の子育てでジュエリーとはほぼ無縁な生活になってしまった私がこのコラムを続けてもよいのだろうかと一抹の不安がよぎる。だが飾り気のない日々でも妄想だけは華やかなので、脳内で燦然と輝く名品たちに思いを馳せてみたい。育児疲れによる現実逃避なのかもしれないが、お付き合いいただければ幸いだ。

ディオールの「Oui(ウィ)」コレクション。大学でフランス語を学んでいた頃に雑誌か何かでその存在を知り、どうしても実物を見てみたくなって恐る恐るブティックをのぞいた記憶がある。「ウィ」はフランス語でイエスの意味。その当時ほぼ毎日見聞きしていた言葉が超有名ブランドのジュエリーのモチーフになっているということで、勝手に親近感を覚えたのかもしれない。

そういえば、そもそも私がフランス語を第2外国語に選んだのも、ちょっとした親しみを感じたからだった。関西出身の私にとってマクドナルドは「マック」ではなく永遠に「マクド」なのだが、フランス人も奇跡的に同じ呼び方をするというのがテレビ番組で取り上げられていて、それが選択の決め手になったのだ。

きっかけは呆れるほど安直だったけど、学び始めるとフランス語の独特のイントネーションに魅了され、思いのほかのめり込んだ。特にネイティブの先生が発音する「ウィ」の響きがたまらなく好きだった。ちょっと気だるく囁くようなトーンで、語尾に少しだけ息が抜ける。それが炭酸水のふたを開けるときにかすかに漏れる炭酸の音みたいで心地よかった。たった3文字の中に気品と色っぽさが宿っていて、先生の「ウィ」を聞くたびにキュンとした。

ブティックのショーケースの中できらめくディオールの「ウィ」に出合った興奮は忘れられない。確か初めて見たのは指輪だったと思う。ファインジュエリーは真面目で格式高いというイメージを持っていた私は、そのユーモラスでお茶目なデザインにハッとさせられた。ジュエリーはただ美しいだけでなく楽しいものなんだと私に教えてくれたコレクションなのである。

あれから15年経っても胸の高鳴りは変わらない。なめらかな筆記体はちょっとはにかんでいるようにもウインクしているようにも見えて、自然とこちらの口角も上がってくる。最近ますますやんちゃになってきた長男に「ダメダメ!」と叱ってばかりいる私は、今こそこういうポジティブなメッセージをまといたいと強く思う。言葉は言霊なのである。

さて、自分が買うならローズゴールドのシングルピアスがいいな。両耳じゃなくて片耳だけ。そのさりげなさがまた粋だ。大学時代の先生のエフォートレスな「ウィ」が耳元に聞こえてくるような気がする。

「ウィ」ピアス〈ローズゴールド、ダイヤモンド〉¥117,700

クリスチャン ディオール
http://www.dior.com/
0120-02-1947

illustration:Uca text:Eimi Hayashi

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