ハイジュエリー。それは贅の限りを尽くした、最も高額な宝飾品。ヨーロッパでは、ファインジュエリーとハイジュエリーには明確な区別があり、前者は地金をメインにデザインを楽しむもの、後者は希少ジェムストーンを楽しむものとして定義されている。
普段ハイジュエリーを目にすることといえば、レッドカーペットのセレブリティ写真や、博物館の展示くらいだろう。それもそのはず、ハイジュエリーの中には、超一等地に大邸宅が建つほどの高値がつくものも多く、店頭に並ぶことは極めて珍しいからだ。まるでおとぎ話の世界のような話だが、驚くべきことに世界には国宝級のジュエリーを実際に購入し、身につけている "リアル・シンデレラ" が存在するのだ。
「ハイジュエリーを金庫の中に隠してしまうなんて、正しい楽しみ方とは言えません」と断言するのは、ブルガリのジュエリー・クリエイティブ&ジェムバイイング エグゼクティブディレクターのルチア・シルヴェストリ氏。創業家以外から、ブランド史上初となるジェムバイイングの統括の地位を任命された "フェアリー・ゴッドマザー"である彼女のインタビューを通して、知られざるハイジュエリーのおとぎ話の世界を覗いてみよう。
ジュエリー・クリエイティブ&ジェムバイイング エグゼクティブディレクターの仕事
── ブルガリのジュエリー・クリエイティブ&ジェムバイイング エグゼクティブディレクターのルチアさん。とても長い肩書きですが、具体的にどんなことをされているのでしょう?
私の仕事は主に2つ。まずクリエイティブディレクターとして、ハイジュエリーのデザイン全般を手がけています。デザインのプロセスは2つのやり方に分かれます。1つ目はダイヤモンドを主役にした作品。この場合、多くはデザインが先にきます。もうひとつはカラーストーンを主役にした作品。この場合はまず主役となるジェムストーンの買い付けからスタートすることが多いです。
── メインに使う石によってデザインのプロセスが正反対になるんですね。どうしてですか?
ダイヤモンドは供給量も多く、より自由度の高いクリエイションが可能になります。カラーストーンの場合、それぞれの個性が強く、ジェムストーンの表情が最も生きるデザインに仕上げることが多いです。
── デザインに加え、ジェムストーンのバイイングという重要な仕事も兼任されていますね。
そうですね、ハイジュエリーで用いられるジェムストーンは、全て私が選定して買い付けています。特にカラーストーンの場合、全く同じものはふたつとしてないので、非常に重要なプロセスです。常に信頼出来る供給元と密なコミュニケーションを取りながら、私自身もまだ見たことのないジェムストーンに巡り逢うため、世界中を旅して回ります。
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カラーストーンに魅せられて、生物学からジュエリーの世界へ
── ルチアさんのプロフィールを見ると、もともと生物学を専攻されていたとあります。どのようなきっかけでジュエリーの世界に入ったのでしょう?
ブルガリ創業家とは、父の仕事の関係で幼い頃から知り合いでした。私が学生だった頃、ふとしたきっかけでブルガリのアトリエで手伝いをすることになったのです。それまでは、真剣にジュエリーの世界に入ろうとは思っていなかったのですが、アトリエのテーブル一面におかれた、見たこともないような美しいジェムストーンを目の当たりにし、一目惚れしました。
── ブルガリといえば独創的なカラーストーン使いで有名ですが、ルチアさんの目から見たカラーストーンの魅力はどんなところでしょう?
ジェムストーンはどれも同じように好きですが、カラーストーンは特別です。通常ダイヤモンドだと、カラット、カット、カラー、クラリティといった厳密な審査基準に基づいてグレーディングされますが、カラーストーンの場合は一概にその価値を数値で測ることはしません。
── カラーストーンの場合、インクルージョンと呼ばれる混合物すら価値があるとされることもありますよね。
その通り、透明であればあるほど価値が高いとされるダイヤモンドに比べ、カラーストーンの個性は千差万別です。私がジェムバイイングする時に最も気をつけているのが、その個性です。驚くかもしれませんが、ジェムストーンが私に語りかけてくるのです。
── おお、なかなか特殊技能ですね。
新しい石と出会うと、どこで生まれて、どんな風に育ったのか、どんな性格の石なのか、会話をすることで寄り添うんです。例えばこの前見つけたエメラルドは、最初はクッションカットだったのですが、ペアシェイプにすることでより個性が引き立つと思い、思い切ってカットしなおしました。
── 数あるカラーストーンの中でも特にクリエイションの中でよく使うものはありますか?
エメラルドやルビーは、ブルガリの作品の中で度々出てくる象徴的なジェムストーンです。個人的に好きなのはスピネリ。赤、ピンク、紫、青など実に多彩な色のものがあるので、創造性を掻き立てられます。
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ブルガリの最新ハイジュエリー“ワイルドポップ”誕生の背景
── 昨年6月に発表された最新ハイジュエリーコレクション「ワイルドポップ」ですが、とても斬新なデザインが目を引きました。
コレクションの着想源は80年代です。アンディ・ウォーホルの作品や、デヴィッド・ボウイ、デュランデュランに代表される、音楽、ファッション、アート、カルチャーなど、エネルギッシュな時代背景とデザインモチーフにインスパイアされました。
── ブルガリといえば、イタリアの歴史的な文化に着想を得た格調高い作品が真っ先に思いつきますが、今回の新作はそれとは全く違う、飛び抜けて現代的な作風が印象的でした。
そうですね、今まで挑戦したことがなかったデザインアプローチを採用しているので、これまでにはない世界観を見せられたと思っています。このコレクションが象徴するのは、ブルガリのコンテンポラリーな側面。イタリア派ジュエリーのデザインを通して、常に前衛的な作品を打ち出してきたメゾンのヘリテージに着想を得ています。
── 個性的なデザインが揃う“ワイルドポップ”コレクションの中でも最も気に入っている作品はどれですか?
フラミンゴをモチーフにしたチョーカー、猫のモチーフのブレスレット、周波系の波を立体で表現したチョーカー…1つだけ選ぶのは至難の技ですね。カラーストーンの使い方という意味でいうと、アメシスト、ピンクトルマリン、レッドスピネル、アクアマリン、シトリンのラージストーンを配したピースが好きです。
ハイジュエリーは身につけてこそ生命が宿る
── ハイジュエリーといえば、一般的には博物館などで見るものというイメージがあります。ブルガリのハイジュエリーのファンは、どのような楽しみ方をされているのでしょう?
私の持論ですが、ハイジュエリーは身につけることで初めて生命が宿ると信じています。もちろん展示されたり、金庫で保管されることも多いですが、是非日常で着けてほしいと常々伝えています。非現実的に思われるかもしれませんが、ハイジュエリーが最も美しく見えるのは人の肌と触れている時だということを知って頂けたら嬉しいです。
18歳でブルガリのジェモロジー・センターに入社し、ジュエリー業界でのキャリアをスタート。80年代よりジェムストーンの倍イングに携わり、2013年にジュエリー部門のクリエイティブディレクターに就任。現在ハイジュエリーのデザインと、ジェムバイイングの統括を手がける。