アラン・デュカス氏のインタビューの中で、パリでマニファクチャー設計を行う日本人の名前が出た。「Atelier ÈS のSHINKU NODA(野田真紅)と会ってみるといいですよ。今の僕のスターなんだ」と勧められた。アラン・デュカスのショコラティエブティックを6店舗手がけ、1店舗が現在進行中だそうだ。後日話を伺うと、アラン・デュカス氏の「細部にこだわり、アラン・デュカスらしさを出す」という強い姿勢と、アンティークに対するただならぬ情熱で驚かされると教えてくれた。
また、「シェフは打ち合わせがない日でも突然現場に現れ、びっくりさせられる」とも。実際、今回の取材中も、シェフと対面するのは1回の予定が合計3回となった。その追加の2回はマネージャーたちも知らない予定で、「デュカス バカラ」内覧の際に、早朝の現場にシェフはすでにいた。また、翌日はクリスマスショコラ発表会場オペラ座の一室に突然現れた。どちらの現場も緊張感が漂い、対面するシェフやパティシエ、ショコラティエは真剣かつ厳しい表情で向き合っている。その姿に視線を奪われた。特に印象的だったのが、アラン・デュカス氏に対し「シェフ」と呼びかける声。師を仰ぐ存在であり、よき理解者としての尊敬の想いをのせた「シェフ」という気迫のある声が現場で何度も聞こえたのだ。フランス料理の業界で、常に先を走るトップシェフの存在感を直に感じた瞬間だ。
「世界を飛び回るエネルギーはどこから?」という問いには、「次のプロジェクトのことを毎日考えて、少しずつ進めること。1%ずつ進めよう、1%ずつ良くしようとしていくことなんだよね。急に100%まで進むことはできない。だから止まらないんだよ。あと、移動のタクシーの中で5分間寝ること(笑)。日本人もそうしますよね?」とチャーミングな笑顔で答えた。「今は『デュカス バカラ』のことだね」と話した。
1.パリで話題の新店「デュカス バカラ」。食とクリスタル、芸術の世界
19世紀にジャン・コクトーやアルベルト・ジャコメッティなど、卓越した芸術家たちが集まった16区の特別な邸宅を、2003年にバカラは引き継いだ。今秋のリニューアルオープンでは、クリスタルのクリエイションと芸術作品に囲まれた体験ができる空間へと作り上げた。そして、フランス料理の巨匠アラン・デュカスはパートナーとして参加し、レストランやバーを完成させたのだ。
歴史ある館の中でのバカラの煌めきは想像を超えるものだった。最初に対面するのは1855年のパリ万博で発表したヘリテージピースの「トゥズラ」。圧巻の迫力と美しさで息を呑んで見つめてしまう。気づくと長い時間佇んでしまい、限られた時間の内覧だけに、スタッフの方に声をかけられ先を急いだ。現代アートアーティスト、ジャン=ギョーム・マティオによるオーク材の自然の風合いが活かされた作品がクリスタルの輝きと共鳴し、今を感じる美しい空間を作り出している。
友人宅に招かれたような気分で楽しみたい! レストラン「アラン・デュカス バカラ」
レストラン内に1歩足を踏み入れると、アートと一体になれる空間、見たことが無い世界が広がる。アーティストが集い語らうサロンとして楽しんでいた1920年代当時のアートの前に、オークの自然素材のスクリーンが置かれた斬新な演出だ。それに気づいたとき、衝撃とともに現代アートの魅力を体感する。ジャン=ギョーム・マティオのウッドスクリーンと雫のように垂れるバカラのクリスタルが一体となっている。
そして、ここではアラン・デュカス、クリストフ・サンターニュ、ロビン・シュローダーの3人のシェフが作り出す料理が提供される。堅苦しくないよう家庭料理のようなメニューを少しずつ楽しめる構成だそうだ。棚に飾られたバカラの貴重なグラスコレクション、また、外のテラスには巨大なミラーとパリならではの景観が広がる。渡仏の際には、早めに予約をしておきたい。
レストラン「アラン・デュカス バカラ」 住所:11 Place des États-Unis 75116, Paris 電話:+33 1 84 75 13 15 営業:月~日曜 時間12:00~13:30PM 19:30~21:30PM https://www.baccarat.com/ja_jp/maison-baccarat-paris-ducasse-baccarat.html
アラン・デュカスが手がけるバー「ミディ-ミニュイ」
バーの美しさにも驚愕するだろう。テイスティングスペースには画家ジェラール・ガルーストがバカラのクリスタルに欠かせない自然の4つのエレメンツ、「水、土、空気、火」を描いた。当初別のシャンデリアが用意されていたという。絵が完成し、ハイメ・アジョンによる「ファウナクリストポリス」に変更したところ見事に調和した。この絵のために制作したと思えるほどのパーフェクトな融合だ。ステップを登り、ワインを口に含むと、アートとの一体感をさらに感じられるだろう。このテイスティングテーブルの周りには、取り囲むようにワインセラーが配置されている。そちらの充実ぶりも圧巻だ。
内覧した際に、片隅でメニューの試食会が行われていた。スモークツナ(中とろ)を一切れ、テイスティングさせていただいた。日本在住経験のあるシェフが作ったもので、想像を超えるおいしさ。次回訪問の期待が一気に高まった。
バー「ミディ-ミニュイ」 住所:11 Place des États-Unis 75116, Paris 電話:+33 1 84 75 13 15 営業:月~日曜 時間: 12:00〜00:00AM
入り口のエントランスにはトランスフォーミズム・アーティストのハリー・ヌリエフの作品『エターナル・ヘリテージ』が石壁全面に描かれている。バカラの自社一貫制作への敬意を込めた作品。また、フランス最優秀職人章を受章したステンドグラスアーティスト、ピエール・タタンによる没入型インスタレーション「光の礼拝堂」も必見だ。併設ショップの什器も工場をイメージしたという現代的なアートの空間が広がる。クリスタル、食、アートが体験できる現代の殿堂。
メゾンバカラ 場所:11 Place des États-Unis 75116, Paris 電話:+33 1 84 75 13 15 営業:月~日曜 時間:12:00~13:30PM 19:30~21:30PM https://www.instagram.com/ducassebaccarat/
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2 .店舗が4つ隣接するアラン・デュカスストリート! ショコラ、グラス、ビスキュイ、カフェ
意外と知られてないのが、11区バスティーユのロケット通り沿いにある、4つの店舗が集まるアラン・デュカスストリート。アラン・デュカスの世界はもちろん、パリの食の魅力とトレンドを一気に体験、知ることができる場所となっている。
そして今回の取材で感じたのがアラン・デュカス氏は人好きなのだということ。仕事や旅行先などで出会ったキーマンを軸にして、スペシャルな4店舗が完成しているのだ。前回ご紹介したマダムビスキュイ をはじめ、ムッシュショコラ、ムッシュグラス、ムッシュカフェ、それぞれと共にショップを進化させている。
①アラン・デュカス氏の長年の夢を叶えたショコラトリー「ル・ショコラ・アラン・デュカス マニファクチュール ア パリ」
アラン・デュカス氏とのインタビューの中でも、ビスキュイはある朝、突然思いついたプランだが、ショコラは長年の夢だったと聞いた。18歳の修行期間に感じた、ミシェル・ショーダンのブティックのチョコレートの香りが記憶から消えることはなかったそうだ。「いつかはショコラトリーをという思いが残っていて、ショコラショップについては30年以上温めていた」と語った。デュカス氏の夢の聖地を牽引するのはトップショコラティエのカンタン・ゲニュウ氏。旧ルノーの整備工場跡を生かしたマニフィクチュール兼ショップで指揮を振るう。デパートや観光地の周辺にもブティックはあるが、ここは種類豊富に揃っているので、足を運んでみてほしい。
そして、ここ「ル・ショコラ・アラン・デュカス」はチームの拠点でもある。スタッフ同士はもちろん、各ショップとの技術や情報交流も盛んだ。そんな透明性をもとに、様々なショップやレストランとの連携を可能にし、コラボレーションが生まれている。さらにはフードウェイスト削減にもなっているのだ。チョコレートの製造過程で通常は廃棄されるカカオの皮はビスキュイでキャラメリゼしてトッピングにしたり、クッキー カカウエット(ピーナツクッキー) にプラリネの端材が使われるなど、新しい価値と食の創造へと繋がっている。
そして、アラン・デュカスのショコラのおいしさの秘密が、ここにある道具にあるそうだ。2024年の現在も、1950年代に製造された粉砕機を修復して使用している。今の機械に比べるとパフォーマンスは落ちるが、素材の持つ風味を落とすことなく粉砕作業ができるのだそう。カカオの焙煎がうまくいったとしても、この粉砕機がなければ、おいしいショコラは作り出されないのだ。
Le Chocolat Alain Ducasse, Manufacture à Paris 住所:40 Rue de la Roquette, 75011 Paris 電話:+33 1 48 05 82 86 営業:水曜〜日曜 時間:10:30~19:00PMGoogleMap
②「ラ・グラス・アラン・デュカス」でキュイジーヌな味を楽しむ
取材中も人が絶えなかった「ラ・グラス・アラン・デュカス」。イタリアのリゾート地で出会ったジェラートに惚れ込んだアラン・デュカス氏。そのジェラートの職人、マテオ・カソーネ氏をスカウトして2021年にパリにオープンした。オリジナリティ溢れるフレーバーが多いのだが、中でもデュカス氏がとびきり愛しているのが、パセリやバジル、コリアンダーなどのフレッシュハーブや、塩漬けの皮をアクセントにした「パンプルムース(グレープフルーツ)」。酸味が強く、苦味もしっかり感じる、すっきりとした独特な味わいだ。ここでしか経験できない味で、ぜひ再訪したら、また食べたいと思わせるフレーバー。
グレープフルーツとピスタチオ。1カップ8ユーロ。
素材が厳選されているのはもちろんのこと、少量手作り。定番人気の「ピスタチオ」「ストロベリー」、ユニークな「オリーブオイル」などフレーバーも豊富。「パネトーネ」などシーズナリーでメニューが変わるというのも魅力。定番的なものでもここでの味わいは別物だ。また、「パン・ド・カンパーニュ」というジェラートもある。レストランで余ったカンパーニュをミルクに24時間真空状態で浸し濾したものから作られるというもの。フードゼロウェイストへの精神が生み出したものだ。
La Glace Alain Ducasse 住所:38 rue de la Roquette 75011 Paris 電話:+33 1 48 05 78 87 営業:水曜〜日曜 時間:12:00~19:30PMhttps://www.instagram.com/laglacealainducasse/
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③ショコラから徒歩1分圏内「ル・カフェ・アラン・デュカス /ラ マニファクチュール ア パリ」
カフェは他のブティックと同じ並びではなく少しだけ離れている。といっても、徒歩1分圏内に。こちらの焙煎責任者のヴェダ・ヴィラスワミ氏は元々はエンジニアだったが、コーヒー焙煎の面白さに惹かれ転職。以来フランスのロースターチャンピオンに2度輝くなど受賞歴多数という経歴の持ち主。工房の奥で、ゲストの好みに合わせて焙煎してくれる。産地にこだわり、温度、時間を精密に調整し、卓越した香りと味わいを作り出す。
また、アラン・デュカス系列店やレストランで提供するコーヒー用の豆も全てここで焙煎している。コーヒーを飲みながら、お土産のコーヒーを焙煎してもらうのを待つのも楽しい時間だ。
3.全店制覇したい、エッフェル塔を臨むレストランの数々 ①「デュカス・シュール・セーヌ」
まず初めに紹介するのは、「デュカス・シュール・セーヌ」。パリ市内を遊覧するセーヌ川ディナークルーズだ。数々あるクルーズ船の中でも、船内に厨房を持つというのはアラン・デュカスのみ。出港場所もエッフェル塔の裏側正面とわかりやすい。
特徴的なのはセーヌ川の環境保護に配慮して、100%電力で推進するエコクルージング船ということ。騒音のない滑らかな航行で酔うことも、揺れが気になることもなく楽しめた。
Jean-Philippe_Berensシェフ
料理はプリフィックスで前菜、メイン、デザートを選ぶスタイル。採れたてトマトのデュオ バジルのエキューム仕立て。 フレッシュな味わいをダイレクトに感じるストレートなひと皿だ。
オールチョコレートのデザートはアラン・デュカスらしさの象徴。フィヤンティーヌ プラリネは、パリの工場から直送されたチョコレートの香りが口の中で広がり、美しい夜景と共に忘れられない思い出に。
ドレスコードはあるが、緊張感はなく、流れゆく景観と食事を楽しんでいるとあっという間に22時を過ぎていた。途中デッキに出て、シャンパンを片手に風を浴びながら、語り合う姿を見かけるなど、リラックスして自由に楽しめる雰囲気だ。
パリには幾度か訪れていたが、セーヌ川水面から眺めるエッフェル塔は初めてで、その美しさは別格。より近くに感じ、大きく眺める体験を1度はしてみて欲しい。
テラスからも、テーブルからも、エッフェル塔の絶景! ②「レゾンブル」
エッフェル塔に近い7区のケ・ブランリー美術館の最上階にある「レゾンブル」。カルティエ現代美術財団、ルーブル・アブダビ美術館などが代表作として有名な、フランスを代表とするジャン・ヌーベルの設計だ。「光の魔術師」「ガラスのイリュージョニスト」と呼ばれているのがよくわかる美しい空間。パリには美術館併設のレストランが数多くあるが、この迫力と景観は唯一無二。エッフェル塔を眺める一番の特等席だ。テラス席からは遮るものがなく大迫力で眺められ、ガラス張りの天井のため、店内のテーブル席からも楽しめる。天井の骨組みも、エッフェル塔とリンクしているようで、美しい。
LES OMBRES 住所:27 Quai Branly, 75007 Paris (Musée du quai Branly内) 電話:+33 1 47 53 68 00営業:無休 時間:ランチ12:00〜14:15 ディナー1st 19:00〜 2nd 21:30〜
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テラスからの眺望。忘れられない圧巻の風景。
繊細なナスのパスタ仕立てと卵のコンフィ。
農家のトマト、ブルーベリーのピクルス、バンカ産の燻製マスとアーモンド。
軽く火を通したヒラメ、ノワールムティエ産じゃがいも、海藻とエトリーユ蟹。フランス・ヴァンデ県ノワールムティエ島( Îls de Noirmoutier )は砂質の土壌と海洋性気候という特有の気候に恵まれ、じゃがいもの栽培に理想的な条件で、特別なじゃがいもとして愛されている。皮が薄く甘味がありしっとりとしたじゃがいも。
4.アラン・デュカスの哲学のもと、作る楽しみを学ぶ!エコール デュカス体験「エコール・デュカス パリスタジオ」
アラン・デュカスのショコラブティックやレストランを利用したことがある人でも、エコール・デュカスを体験している人は少ないのではないのだろうか。プロの料理人を目指すコースもあるが、ツーリストも体験できるコースがあるのだ。
16区の学校には3つのアトリエがあり、それぞれ食材の名前が付けられている。今回体験したのは「トリュフ」キッチンでの実習。シェフのウィリアム・ブタン氏から、シュークリームとマカロンを習った。
ウィリアム・ブタンシェフ講師はフランスでは「料理教育界のハーバード」と言われるフェランディを卒業し、一般職を経て、アラン・デュカスに参加。
もしかしたら、フランス語や一人での参加を不安になる方もいるかもしれないが、心配不要。レッスンは英語で行われ、ウィリアム・ブタンシェフ講師は明るく陽気。冗談を交えながら進み、楽しいレッスンだ。そして、料理や製菓作りに自信がなくとも、もれなく参加することになる。作業は参加者で分担されるので、一部ではあるが、実践する。レッスン後は本格スイーツを作り上げた充実感と試食のおいしさに満足するはず。アラン・デュカスの経験豊富なプロのパティシエから、スイーツの作り方やコツを直に学べるまたとない機会となるのだ。
10月の「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス 東京」のオープニングにも駆けつけた。photo:Yuka Fujisawa
アラン・デュカス氏はインタビューの最後に、料理やビスキュイについても、インテリアについても「他にはない“別物”であることにすごくこだわる」と語った。きっとその積み重ねがきっと“アラン・デュカスらしさ”を生み出す秘訣なのであろう。
「細部にこだわることが重要。自分が手がけるブティックのインテリアは各平方センチメートルごとに、「自分が思う、自分が想像する空間」にする。そこにはデモクラシーはなくて、私の想像する空間を作り上げる。ユニークな(唯一無二の)空間、他にはないものにこだわるんだ」と教えてくれた。そして大きなプロジェクトはいくつか並行して進んでいるという。新しいフレンチの追求、美食の世界における新しい価値、働く人々の可能性を広げていく、そんな巨匠の姿を今後も追い続けたい。