ラッフルズ・ホテル・シンガポールで始まった、アジアンガストロノミーの新章「1887 バイ・アンドレ」

シンガポールを代表するホテル「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」に今年開業した「1887 バイ・アンドレ」が、8月に発表されたミシュランガイド・シンガポールの二つ星と「オープニング・オブ・ザ・イヤー」を獲得し話題だ。総料理長兼オーナーシェフとして同店を率いるのは、シンガポールを国際的な美食都市に育て、アジアのガストロノミーを牽引してきたスターシェフ、アンドレ・チャン。「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」を拠点に発信する、アンドレの第二章をご紹介しよう。

シンガポールを代表するホテル「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」に今年開業した「1887 バイ・アンドレ」が、8月に発表されたミシュランガイド・シンガポールの二つ星と「オープニング・オブ・ザ・イヤー」を獲得し話題だ。総料理長兼オーナーシェフとして同店を率いるのは、シンガポールを国際的な美食都市に育て、アジアのガストロノミーを牽引してきたスターシェフ、アンドレ・チャン。「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」を拠点に発信する、アンドレの第二章をご紹介しよう。

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「1887 バイ・アンドレ」の店内。第二次世界大戦を超えて守り銀器のディスプレー

「1887 バイ・アンドレ」の店内。第二次世界大戦を乗り越えて受け継がれてきた銀器のディスプレーや、伝統的なパンカ・ワラ(手動式天井扇)が壮麗。

世界的ホテルチェーン、ラグジュアリーブランドを中心に、ホテルのオープンラッシュが各地で後を絶たず、ホテルシーンは話題に事欠くことがない。真新しい空間、時代を反映したモダンな建築意匠、トレンド感あふれるユニークなダイニングなどが話題を競い合い、ホテルステイのスタイルを刷新する一方で、どれだけ費用を投じても叶えられないものがある。「時の重み」だ。シンガポールの建国に先駆け1887年に創業した「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」は、シンガポールの歴史と文化のアイデンティティを体現する存在といえる。コロニアル様式の館内に足を踏み入れた瞬間から、目に映るすべて、漂う空気さえもが重厚かつ艶やかに感じるほど。外の空気とは異なる時間軸に支配されるような不思議な感覚を覚える。

「1887 バイ・アンドレ」艶やかで重厚感のあるビロードのカーテンが印象的なエントランス。

艶やかで重厚感のあるビロードのカーテンが印象的なエントランス。

アジアンガストロノミーを代表するスターシェフの凱旋

「1887 バイ・アンドレ」のシェフ・パトロン(総料理長兼オーナーシェフ)のアンドレ・チャン、シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)のベン・ワンとスー・シェフ(副料理長)のロイ・クオ

左からシェフ・パトロン(総料理長兼オーナーシェフ)のアンドレ・チャン、シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)のベン・ワンとスー・シェフ(副料理長)のロイ・クオ。

今春、開業した「1887 バイ・アンドレ」もまた、「時の重み」と密接なレストランだ。店名に冠した「1887」は、もちろん「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」創業の年であり、ホテルへの敬愛の念と、歴史を背負う覚悟が表れている。アンドレシェフは、1976年台湾生まれ。15歳で料理を始め、渡仏後はフランス料理史に名を残す一流店の輝かしき時代に修業した世代だ。そのキャリアを携え、料理人として勝負にうって出た土地がシンガポール。2010年に開業し、2018年に惜しまれつつその幕を閉じた「レストラン アンドレ」は、シンガポールの、ひいてはアジア人シェフによるフレンチレストランの実力を世界に知らしめる契機となった。そのアンドレシェフの“凱旋”ともいうべき「1887 バイ・アンドレ」の開業は、シンガポールとアジア、そして世界のガストロノミーの今とこれからの、羅針盤になるようなエポックな“事件”である。

 

類まれな調度品とデザイナーとの協業が生む唯一無二の空間

「1887 バイ・アンドレ」のテーブルセッティング。銀器が贅沢で、トーンカラーのグリーンがアクセントに。

テーブルセッティング。銀器が贅沢で、トーンカラーのグリーンがアクセントに。

築100年のダイニングルームを再構築した店内は、「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」の魅力を凝縮したような空間になっている。ヘリンボーン柄の木製床は、建物の初期の姿から保存されたオリジナル。ホテルのインテリアとして特徴的な大理石の縁取りもノーブルだ。空間全体に描かれたパームツリーは、熱帯の温室からのインスピレーションなのだとか。屋内でありながら、広大なホテルの敷地内にみずみずしく整えられたボタニカルガーデンとつながっているかのよう。エメラルドグリーンの布で覆われた機械式の扇形ファンは、かつての東​​南アジアのダイニングルームの趣で、ホテルのアーカイブから厳選されたアンティークの装飾品や伝統的な銀食器も展示されている。

ホテルとシンガポールの歴史に触れられるミュージアムのよう。それでいて、アーカイブに留まらない現代的な空間は、それ自体がアートのインスタレーションさながら。「没入型」とは言い得て妙、デザインを手掛けたのは数多くのホテルでの仕事で知られるタイ在住のインテリアデザイナーのビル・ベンスリーで、デザインと料理は当初から並行して開発されたという。

「ラッフルズ・グリル」を筆頭に歴代のダイニングへのオマージュをちりばめ、139年に及ぶホテルの伝統を息づかせている。サステナビリティやコロニアル様式の優雅さを現代的に解釈し取り入れた唯一無二の空間は、シェフ・アンドレとベンスリーの信頼と連携の賜物であろう。


ホテルとシンガポールの歴史に根ざす「コンテンポラリー・ヘリテージ・ガストロノミー」

イギリス植民地時代の高級料理「ウミガメのスープ」を再構築したスープ。「1887 バイ・アンドレ」

イギリス植民地時代の高級料理「ウミガメのスープ」を再構築。絶滅危惧種のウミガメの代わりに鶏やナマコなどを使用し、凝縮した旨みの重層感や香りを表現している。

はかない口どけのロワイヤル(フランス料理における茶碗蒸し)と芳しい黒トリュフのソース。「1887 バイ・アンドレ」

フランス修業時代に確立したレシピで作る「レストラン アンドレ」時代からのスペシャリテ。はかない口どけのロワイヤル(フランス料理における茶碗蒸し)と芳しい黒トリュフのソースの調和を味わう。

「1887 バイ・アンドレ」の哲学について、アンドレは「コンテンポラリー・ヘリテージ・ガストロノミー」と位置付ける。ヴィクトリア朝時代とベル・エポック時代、そして「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」の過去のメニューから、アンドレのキャリアを象徴する料理まで、アンドレシェフの探求を存分に堪能できるメニューが揃う。代表的な一品が、「1887年からのタートルスープ」。「ラッフルズ・ホテル・シンガポール」で提供されていた100年前のレシピからの着想を、新たな素材の組み合わせで現代に蘇らせている。「フォアグラのロワイヤル-記憶」は、アンドレが2000年代から作り続ける一皿。ともにフランス料理の確固たる骨格、高度な技術を味わえる料理で、重層的な味わいに陶酔できる。

 

「ラッフルズ ラクサ パエッリャ」「1887 バイ・アンドレ」

写真左が「ラッフルズ ラクサ パエッリャ」。魚介のだしとココナッツのソースをカプチーノ仕立てにし、エビやムール貝などもふんだんに。左端の“おこげ”のようなクリスピーなライスと味わう。

「ラッフルズ ラクサ パエッリャ」は、シンガポールのローカルフードとしてポピュラーなラクサと、スペインのパエリアの融合。シンガポールの豊かな歴史、多文化からの影響と革新性が織りなす世界を表現しつつ、遊び心を感じさせる軽やかさだ。特筆すべきは、これらの料理をアラカルトで楽しめること。世界のファインダイニングにおいてテイスティングメニューと呼ばれるおまかせコースが主流となる中、ヴィクトリア朝時代に見られた「食事をする人に選択の自由を」というあり方を復活させる試みなのだという。アンティークの銀器や、ホテル創業当時の食慣習に倣ったきめ細かなテーブルサイドのサービスなど、往時の要素が現代の感性に合わせて巧みに取り入れられている。一方で、オープンキッチンの最深部に案内され、シェフと向き合いアミューズを味わう食事の始まりや、カクテルやモクテルを織り交ぜたドリンクペアリングは、モダンガストロノミーの文脈にある演出。双方が溶け合い料理と相まって、優雅かつリラックスした、親しみやすい雰囲気の中で、食を通じてシンガポールという土地を感じることができる。

歴史、アイデンティティ、継続性に根ざす食体験を

ラッフルズ・ホテル・シンガポールで始まっの画像_8

「1887 バイ・アンドレ」は、これからの世界のガストロノミーの潮流を見るうえでも意義深いダイニングだといえる。今やガストロノミーはボーダレスかつ「個の表現」が隆盛の時代。一人の才能豊かなシェフによって、かつて高級レストランがなかった土地にも美食文化が創出されたことは意義深く、世界のどこでも美食の中心地になり得る自由な土壌が形成された。その一方で「伝統の継承」の価値が影を潜めていく“副作用”が生まれたのも事実。そんな中、「1887 バイ・アンドレ」は、流行を追って派手な演出を競い合う個人的な表現を主軸とせず、職人の技を矜持として、歴史・アイデンティティ・継続性に根ざした明解な食体験という、唯一無二の価値の提供を掲げている。ミシュラン二つ星は至極妥当で、今後はアンドレシェフが投じた一石が、世界の食のトレンドや批評カルチャーにどう作用するかを見守りたい。ともあれ、シンガポールを旅する際に予約したいのはもちろん、この食体験を目当てに旅する価値が十分にある。

「1887 バイ・アンドレ」

「1887 バイ・アンドレ」の画像_9

住所:1 Beach Road, Singapore 189673(ラッフルズホテル・シンガポール内)
TEL:65 6412 1816
予約:https://www.raffles.com/ja/singapore/dining/1887-by-andre/

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