ファッションを通じて、子どもたちに夢を与えたい。フィリピンの貧困地区で暮らす子どもたちのためにファッションショーを開催する傍ら、ファッションスクールやファッションブランドの設立・運営も手がけるなど、精力的に活動する社会起業家の西側愛弓さん。「ファッションは生きるうえでの光になる」という信念のもと、社会貢献とビジネスの両立を目指す、彼女のひたむきな挑戦とは?
学生時代に始めたフィリピンでのファッションショーが原点に
大学時代、バックパッカーとして世界中を旅しながら、趣味でストリートスナップを撮っていた西側愛弓さん。洗練されたファッションに身を包む人たちと出会う一方、行く先々で目の当たりにしたのは、スラム街に住むボロボロの服を着た子どもたちの姿だった。自分が当たり前のように楽しんできたファッションに、触れることすらできない子どもたちが世界にはたくさんいると気づき、衝撃を受けた。リサーチを進めるなかで、ストリートチルドレンが世界一多いといわれるフィリピンの現状を知り、心を揺さぶられた。
ファッションを楽しめない環境にいる子どもたちに、夢を持ってもらいたい。2015年、当時大学3年生だった西側さんはDEAR ME(ディアミー)というプロジェクト(現NPO法人)を立ち上げ、フィリピンの首都マニラの貧困地区に暮らす子どもたちに、モデルとしてランウェイを歩いてもらうファッションショーの開催を企画。大学の先生や友人、アパレルメーカー、現地のNGO団体のサポートを受け、何とか実現にこぎつけた初のショーは見事成功を収めた。以来、コロナ禍の数年間を除いては、年に一度のペースでショーを開催し続けている。
これまでファッションショーに参加した子どもたちは、総勢263名。彼らはただ用意された服を着てランウェイを歩くのではなく、自分自身で着る服をデザインする。そこには、子どもたちに服づくりの楽しさを体験してもらいたいという西側さんの思いが込められている。SNSで募った製作ボランティアの協力のもと、廃棄予定の服や古着を回収、アップサイクルし、子どもたちの衣装として生まれ変わらせる。2024年2月に開催される10回目のショーでは、大阪成蹊大学とのコラボレーションにより、同大学の学生たちが衣装製作を担当。「日本の学生とフィリピンの子どもたちの夢をつなげるステージにしたい」。西側さんはそう期待を膨らませる。
夢を夢のままで終わらせないために、教育の機会を
ファッションショーで生き生きと自分を表現する子どもたちも、ショーが終わればスラム街へと帰っていく。ショーを開催するだけで、活動を終わらせてはいけない。そう感じるようになった西側さんは、当時勤めていたIT企業を退職し、24歳のときにDEAR MEをNPO法人化。子どもたちの将来にも責任を持てるようにと、現地でのファッションスクール設立を決意する。コロナの影響を受けて予定より少し時間はかかったものの、2023年2月、マニラのケソン市に2年制のファッションスクール、coxco Lab(ココラボ)を開校した。
貧困地区で暮らす子どもたちが通えるように、数社のスポンサー企業の協力を得て、授業料は無償に。現地の専門学校の先生とともに、デザインやパターン、縫製などのカリキュラムを組み、初年度は16歳~23歳の計8名の生徒を受け入れた。また、技術教育だけでなく、性教育や金融教育などの授業も実施することで、未来につながる自立した人材育成に力を注ぐ。
「coxco Labには、10代前半から親と一緒に住めなくなってしまった生徒もいますし、すでに子どもを出産して育てているママもいます。家政婦として働きながらきょうだいの面倒もみて、子育てもして、苦労を重ねてきた彼女も、服を作っているときだけは辛さを忘れられると言います。学校で技術を身につけて、ゆくゆくは家族や社会に還元したいと彼女が話してくれたとき、ファッションは生きる上での希望になると確信しました。1回目のファッションショーに出演してくれた子どもたちとも関係が続いていて、coxco Labに通っている子も数名いるんです。みんな、ここでしっかり学んで、将来は日本で働きたいという強い意思を持っています」
社会貢献とビジネスの両立で、雇用につなげる
スクールで技術を身につけても、それを活かせる場所がなければ意味がない。卒業後の雇用先として生徒たちを受け入れるべく、2020年に西側さんが立ち上げたのが、ファッションブランドのcoxco(ココ)。co creation(共創)とcommunication(対話)の頭2文字を掛け合わせたブランド名にした。単に服を作って販売するのではなく、服を通じてさまざまな社会課題を伝える、「服のかたちをしたメディア」がコンセプト。全商品を日本国内で生産し、再生素材や倉庫に眠る残布などを用いて、長く着られるベーシックなアイテムを展開している。
例えばインド産のオーガニックコットンを使用したTシャツは、背中に付いているタグの二次元コードを読み込むと、生産背景やコットン農家にまつわるストーリーがわかる仕組みになっている。廃棄問題に着目し、リサイクルペットボトルを原料に作られた「Meguru」ワンピースは程よい光沢が上品で、シーンレスに使える万能さが人気だ。
テレビやSNSを通じて大きな反響を呼んだのが、「アップサイクルアート」。ファッションショーに出演したフィリピンの子どもたちが「夢」をテーマに描いたアートを、coxcoの好きなアイテムに刺しゅうとしてカスタマイズできる企画だ。フィリピンの貧困地区で生きる子どもたちの現状を多くの人々に伝えることができた点が評価され、2023年5月、歴史ある国際広告賞・ニューヨークADC賞(The ADC Annual Awards)のブランドデザイン部⾨でゴールド、ファッションデザイン部⾨でメリットの二冠を受賞した。
coxcoの商品の売上の一部は、coxco Labの運営費用に充てられている。当面、学校運営に必要な資金調達は、商品の売上の一部の寄付と、スポンサー企業によるサポート、クラウドファンディングの3つの軸で進めていく。ブランド事業を拡大させることで、営利のビジネスと非営利の社会貢献活動をうまく循環させるスキームを確立したいと西側さんは意気込む。
「将来的には、ブランドの売上をスクール運営の主軸としつつ、卒業生にcoxcoの社員として働いてもらうことが目標です。日本やフィリピンの縫製工場とも提携し、卒業後の雇用機会の創出にも取り組んでいます。生徒のみなさんには、ファッションを通じて自分自身や大切な人たちを守る強さを身につけてもらいたい。誰もが平等に夢を描き、努力できる公平な社会を目指して、私たちはこれからも着実に活動を積み重ねていきます」
社会課題に向き合うことは、決して容易なことではない。取材を通じて明朗快活な印象を受ける西側さんだが、ここまでたどり着くためには、きっと想像を超える苦労があったのだろう。「自分一人の力ではどうにもならない」と捉えてしまいがちな課題にひたむきに挑戦し続ける、彼女の真っ直ぐなまなざしとあふれる実行力が、一人でも多くの子どもたちにとっての灯火となることを願う。
coxcoの服は、ブランドのオンラインショップで販売中。2023年8月9日からは、伊勢丹新宿店で期間限定のポップアップストアもオープンする。Tシャツやワンピースなどの定番アイテムのほか、ニューヨークADC賞を受賞した「アップサイクルアート」や、coxco Labの生徒が製作した商品などを展開予定。西側さん自身も店頭に立つという。この機会にぜひ、足を運んでみてほしい。
「coxco ポップアップストア」
期間:8月9日(水)~8月15日(火)
場所:伊勢丹新宿店本館2階 アーバンクローゼット
株式会社coxco代表、NPO法人DEAR ME代表西側愛弓さん
1995年生まれ。神戸女学院大学在学中に、フィリピンの貧困地区で暮らす子どもたちにファッションを通じて支援する活動をスタート。大学卒業後、IT企業でメディア広告の営業に従事し、2019年に退職。独立後にNPO法人DEAR MEを設立し、株式会社coxcoを創業。ファッションを通じた社会課題の解決を目指し、精力的に活動や発信を続けている。