2023.07.31

多様性のある森作りを。 坂本龍一さんが設立した「more trees」の活動が今こそ必要なワケ

2023年3月に71歳でこの世を去った音楽家の坂本龍一さん。音楽活動だけでなく、環境問題に積極的に取り組んでいた彼は、東京・明治神宮外苑の再開発に伴い、大量の樹々が伐採されることに反対の意思を示していた。加速する森林破壊と地球温暖化の危機的状況に行動を起こすため、2007年に坂本さんが代表となり設立されたのが森林保全団体「more trees(モア・トゥリーズ)」。団体の事務局長を務める水谷伸吉さんに、都市と森をつないできた彼らの活動と、森と人に愛された“教授”のことを聞いた。

坂本龍一さんによる「more trees」の立ち上げ

坂本龍一
「more trees」が森林整備を手掛ける岐阜県東白川村を訪れた坂本龍一さん。

音楽家の坂本龍一さんが生前立ち上げた一般社団法人「more trees」。もともと、エネルギー問題や社会紛争といった社会課題に関心を持って活動していた彼が、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場を止めたいという思いから始めた反原発プロジェクト「STOP ROKKASHO」が発端だった。2007年、反対を叫ぶだけではなくポジティブなメッセージをと坂本さんが掲げたスローガン「no nukes, more trees(ノー・ニュークス、モア・トゥリーズ)」のもと、チャリティープロジェクトが行われた。その収益を、森作りや植林が必要とされている地域に届けようと決まったことから、「more trees」の発足につながっていったと事務局長の水谷伸吉さんは振り返る。

坂本龍一さんと事務局長の水谷伸吉さん
坂本龍一さんと「more trees」事務局長の水谷伸吉さん。

「“教授”も中国、モンゴル、ケニアなど世界各国を旅する中で、森林の課題を肌で感じていたようでした。当時インドネシアで植林活動を行うNPOで働いていた時に教授と出会い、more treesの事務局長にスカウトされ、活動をスタート。当初は、採算割れしてしまうことから間伐が行き届いていないスギ・ヒノキ林が多いというのが、日本の林業の課題だったんです。ちゃんと間引くことで、土砂災害も予防できますし、保水力も保てますし、生態系にとってもプラスになる。木を植え、育て、手入れをし、森を保つという保全活動が主でした」。

地域に根ざした、多様性のある森を蘇らせるために

more treesのスツール
プロダクトの一番人気は、「more treesの森」がある岐阜県のヒノキの無垢材を使用したスツール。手仕事の温もりを感じられる逸品。(左から)スツールダブル¥18,700、スツールロング¥24,200、スツールシングル¥14,300/more trees

活動を続けるうち、戦後に植えられたスギやヒノキが50年ほどの時間をかけて成熟し、伐採可能なタイミングを迎え始めた。そこで、間伐したものも含め伐採した木を活用しようと、地域の職人やデザイナーとコラボレーションのもと木製プロダクトの企画・販売を始めた。ただ同時に、木材価格がピーク時の1/4まで低下し、補助金がないと成り立たない現実を前に、森林経営を自分たちの代で打ち止めにする人たちも多く、伐採後そのまま放置される山が増えつつあった。そんな状況で、彼らがこの5年間、集中的に取り組んでいるのが、多様性のある森作りである。

林野庁のグラフ
グラフを見ると、人工林の約7割が「スギ」と「ヒノキ」の2種類に偏っていることがわかる。(出典:林野庁、グラフ提供:more trees)

「日本国土の7割を占める森林のうち、スギ・ヒノキの2種類が人工林の約7割を占めています。日本には、主要な樹木だけでも数百〜一千種類以上が自生していたはずなのに、多様性のない山に変えてしまった。林業として成立していればスギを生産することも、もちろん問題ないのですが、そのサイクルからこぼれ落ちてしまった場所を、多様性のある森に変えていきましょうというのが僕らの考え方です」。

森が空気を変える、カーボン・オフセットを実現

UGGの森
多様性のある森を目指し、企業と一緒に植林活動を行なっている。

現在、国内では19ヶ所、海外は2ヶ所で「more treesの森」を展開する彼ら。企業活動などにより排出された温室効果ガス(主に二酸化炭素)をこの森が吸収することで相殺する、カーボン・オフセット(脱炭素)サービスも提供している。「カーボンニュートラル(※1)」と「ネイチャーポジティブ(※2)」が地球環境保全の大きな柱となる今、企業の森林への関心も高まっていると水谷さんは指摘する。

(※1)温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること。
(※2)自然生態系の損失を食い止め、回復させること。

UGGの森2
ファッションブランドのUGGが協賛している奈良県天川村の「UGGの森」。

「2015年にSDGsというキーワードが掲げられたときは、社会貢献として一応取り組んでおこうという、消極的なムードがありましたが、コロナ禍以降、気候変動対策は企業の存続に関わる経営課題であるとみなされるようになり、意識の変化を実感しています。自然資本の大切さが再認識されていると思います。カーボンオフセットとネイチャーポジティブを両立する取り組みって、森林か海しかほぼ選択肢がないんですね。教授を入り口に、従来届かなかったところまで僕らの活動が届いて、関心を持っていただけるというのは大事なことなのですが、設立当初から、“坂本龍一”を広告塔にして、企業や個人から寄付を集めるというスキームはサステイナブルではないと考えていました。僕らが早く自立しなくてはと必死にもがいて、協賛をしてくださる企業と、共通課題を一緒に解決していくパートナーとしてやっていくことを理想として持っていたので、ここ数年で、やっとそれが実現できるようになりました」。

一人ひとりが参加できる森作りって?

more treesのワークショップの様子
国産材を使ったプロダクトなどを用いて開催されているイベントやワークショップ。

彼らの活動は、企業との連携に留まらず、森と個人をつなぎ、森から始まるさまざまな取り組みを行うなど幅広い。子どもや親が森を身近に感じられるよう、木工のワークショップや、日本の林業、森林について知るためのセミナーやイベント、ツアーも定期的に開催している。
「地球温暖化を心配することも世界との接点として重要だと思いますが、観葉植物などを生活に取り入れて、愛でることも大事だと僕は考えています。そうすると、自然と日本の林業や、サステイナブルな木材にも目が向いてくると思うんです。例えば、作り手がわかる家具は、リペアしながらずっと使いたいと思いますよね。木製品を買う機会は頻繁にはないかもしれませんが、紙袋や紙パックのものを見てみると、「FSC®認証(※3)マーク」が付いているものがあるので、そういうものを買うのもいいと思います。消費は、企業を容認、応援することにつながりますから」。

(※3)環境や社会にとって持続可能な森林管理のもと作られた製品を認証する国際的な制度。

森に、人に、共に寄り添っていく社会を

雲の上の図書館
隈研吾さんが建築を手掛けた高知県梼原町にある「雲の上の図書館」。

この6月、坂本さんと30年来の付き合いがあったという建築家の隈研吾さんが「more trees」の代表理事に就任した。「more treesの森」として、最初に協定を結んだ、高知県梼原町(ゆすはらちょう)は、その土地の木材や建築技術に注目する隈さんの木造建築スタイルのルーツとなった場所でもある。2015年には、シンプルな山形の積み木「more treesのTSUMIKI」をデザインするなど、縁が重なり、亡き坂本さんの後任となった。最後に、坂本さんからじきじきに事務局長を依頼され、約16年共に活動してきた水谷さんが、彼はどんな上司だったのかを語ってくれた。

多様性のある森作りを。 坂本龍一さんが設の画像_9
「more treesの森」に立つ坂本龍一さん。彼の思いを引き継ぐために立ち上げた、ドネーションプラットフォーム「TREES FOR SAKAMOTO」が近日スタート予定。

「教授は、寄り添うことを地で行く人。植えてから何十年も経たないと結果が出ない森林保全について、『息が長い仕事だし、ずっとやっていかないといけない取り組みなんだ』、と繰り返し言ってくださっていました。また、世代に関係なく、専門性を持った人に対して、しっかり敬意を払ってくださる方だったので、『いいね、水谷がやりたいんだったら、やろうよ』という感じで、現場からボトムアップで提案したことに対して、いっさい否定しないというスタンスで、最高の上司でしたね。各地の『more treesの森』の調印式にも、多忙の中、スケジュールを合わせて駆けつけてくれました。その後に、町長さんや、森林組合で日々作業されている方、地元NPOの方、役場の担当者の方と宴会をするんですが、最初、みなさんかしこまってしまうんですよね(笑)。でも、お酒を交わしたり、教授はサインや写真も気軽に応じるので、だんだん打ち解けてくる。闘病中も地域の方が自主的に寄せ書きを送ってくれたり、本当に地域の人々から愛されていました。だから、僕らはそういう人たちと森を守り続け、成長させていく。ここで足を止めてはいけない、と思っています」。
今後は、坂本さんの思いを継ぎ、誰もが手軽に植樹に参加できるドネーションプラットフォーム「TREES FOR SAKAMOTO」がローンチする予定だという。寄付も、森作りのために個人ができる一つの選択なのだ。木の可能性を追求しながら、森と人がずっと共に生きる社会を目指す彼らの歩みは、止まることなく続いていく。

水谷伸吉プロフィール画像
一般社団法人「more trees」事務局長水谷伸吉

1978年東京生まれ。慶応義塾大学を卒業後、2000年よりクボタで環境プラント部門に従事。2003年よりインドネシアでの植林団体に移り、熱帯雨林の再生に取り組む。2007年に坂本龍一氏の呼びかけによる森林保全団体「more trees」の立ち上げに伴い、活動に参画し事務局長に就任。

「more trees」https://www.more-trees.org/

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