子どもを手懐けて性暴力を振るう、「性的グルーミング」について考えよう

大人が性的な行為を目的に子どもに近づき、手懐ける行為を「性的グルーミング」という。2023年7月、性犯罪の規定を見直す刑法改正案が可決され、「性的グルーミング」行為を処罰する規定が新設された。約16年間、性被害者支援に携わってきた、元新聞記者で弁護士の上谷さくらさんに、「性的グルーミング」とは一体なんなのか? 子どもの性被害を防ぐために、今大人たちができることについて聞いた。

子どもが狙われる、「性的グルーミング」とは?

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―――「性的グルーミング」の定義を教えてください。

上谷さくらさん(以下K) もともと「グルーミング」とは、動物の毛繕いを意味する言葉で、「性的グルーミング」は、大人がわいせつ目的を隠して子どもに近づき、手懐ける行為のことを指します。この用語自体は、心理学の分野で長らく使われ、定着してきました。わかりやすい表現ではあるものの、「グルーミング」という言葉を頻繁に使用するペット業界からの反発もあり、2023年7月の刑法改正で新設された刑法182条では、「面会要求等罪」という名称になりました。ここでは、便宜的に「性的グルーミング」という用語を使いますが、刑法で使用しないと決まった以上、今後はより適切な用語に置き換わっていくことが望ましいと思います。

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―――これまでに、どんな被害例があるのでしょうか。

K 加害者と被害者の間に年齢差がある場合が多く、リアルの場だけでなく、近年ではオンラインでも行われています。学校や部活、塾の講師、ご近所付き合いといった環境で、比較的身近な関係性の相手による「性的グルーミング」は、昔から行われてきました。例えば、被害者が中学生だった場合、学校の先生などから「君は特別だよ」などと言われると、「自分は先生から特別な人として認められた」と、心を開いてしまうんですね。

手懐けると聞くと、優しく接する印象を受けるかもしませんが、スポーツやエンターテインメント業界では、コーチや監督などの権力者が、恐怖心を与える方法で「性的グルーミング」を行うこともあります。近年では、SNSという手軽な窓口ができたため、オンラインで知り合った大人からの被害も増えています。多くの子どもは、怪しい相手を前にすると警戒するものですが、インターネットを介すと、会ったことがない人に対しての警戒心が不思議と薄くなる傾向にあるようです。

信頼関係を土台に、心理的支配が始まる

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―――SNSなどのオンラインの場合は、どういった手口で「性的グルーミング」が行われるのでしょうか?

K オンラインの場合、SNSで「つまらない」「家出をしたい」などと、呟いている子どもに対して、初めは性的なことに触れることなく、相談相手のように優しくやりとりをします。被害者は、家庭や学校、もしくはプライベートでさまざまな問題や、孤独感を抱えている場合が多いんです。彼らの悩みを聞き出した上でそれを利用し、「周りにいる人は、君のことを大事にしていないかもしれない」と、周囲の人から子どもを切り離し、さらに孤立させる。自分だけが心配しているかのようなそぶりを見せ、信頼関係を築いていくんです。

例えば、自分の外見や体型に自信がなく、自己肯定感が低い子がいたとします。コンプレックスについて悩みを聞いた後に、「写真を送って」と要求する。それに応えて写真を送ると、「いや、すごく可愛いよ」とか「なんの心配もないよ。なんでそんなに自信がないのかわからない」と褒めちぎるんですね。子どもは純粋に、褒められて嬉しいと思ってしまう。そこから徐々に信頼を獲得していきます。そうすると、だんだん要求がエスカレートしていき、「家に泊まりに来ない?」とか「会わない?」と誘われて、性被害を受けてしまう。警戒心を解き、関係性を築いてから、徐々に性的な要求が始まるので、被害者もそれが性被害だと気づけないことが多いんです。

性犯罪に関する刑法改正が実現

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―――今回、新設された刑法182条、面会要求等罪の内容を教えてください。

K 刑法の中に新設された「面会要求等罪」は、すごく重大な意味を持っています。まだわいせつ行為をしていない前段階で、処罰できるようになったことが特徴です。「面会要求等罪」ができる際、議論になったのは、わいせつ目的であることをどうやって判断するのか?という点。健全な目的で大人が子どもの悩みを聞く行為自体は、望ましいことですし、助けを必要としている子どもを行政につなげることができる。そういう可能性まで封じてしまうのでは?という声も挙がりました。ただ、条文にあるような嘘をついて騙す、お小遣いをあげるなどの利益供与の後に、面会要求が行われて実際に会うと、性被害に遭う傾向があることが調査で明確になってきました。そのため、16歳未満の子どもが性被害に遭うのを防止するために、犯罪に至る前段階である「性被害に遭わない環境にあるという性的保護状態」を保護法益として、新設されることになりました。

その他の改正ポイントとしては、性交同意年齢が、13歳から原則として16歳に引き上げられました。さらに、13歳から15歳の子どもの場合は、5歳以上の年齢差がある相手を処罰対象とする、年齢差要件が設けられました。つまり、13歳から15歳の子どもに対しては5歳以上の年齢差がある大人が、12歳以下の子どもに対しては年齢差に関係なく、性的接触を持つと5年以上の有期懲役が科されるということですね。

処罰規定については、①脅す、騙す、誘惑する ②拒まれたにもかかわらず積極的に会おうとする反復 ③金銭その他の利益供与を約束して面会する場合。これら3つの手段のいずれかを使って面会要求をすると1年以下の懲役、または50万円以下の罰金、さらにその結果、わいせつ目的で会うとより刑は重くなり、2年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます。また、性的な自画撮りを要求した場合も、1年以下の懲役または50万円以下の罰金となります。

―――「面会要求等罪」は、2023年7月に施行されてから、どのように機能していますか? 性暴力に対する法令の今後の課題とは?

K まだ始まったばかりで認知されていないこともありますが、性的目的かどうかの立証が難しいので、今後、この罪が適用される場面はそれほど広くないと、私は考えています。現実的にどのくらい適用できるかはわかりませんが、重要なのは“抑止力”になること。子どもたちに対し、こういう事例は危ないというメッセージや知識を与えるために、「面会要求等罪」の新設は、とても意義があることだと思います。

また、これが犯罪とされたことで、“私も被害者”だと、大人になって気づく人も増えていると思うんです。子どもの時に受けた性暴力の被害は、被害者がそれを犯罪であったと、自覚するまでに時間がかかることも多いんですね。時効になってしまって、民事・刑事でも闘えなくなった被害者を、心のケアも含めて長期的に支援する制度を国が作るべきだと思います。それと同時に、加害者の更生、再犯防止のための研究・治療にも、国費を投じる必要性を感じています。

性暴力への正しい知識を身につけるためには「性教育」が大事

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―――「性的グルーミング」から子どもたちを守る予防策はありますか?

K まずは、親や学校の先生などの大人たちが、「性的グルーミング」に対しての正しい知識を持ち、子どもたちに教えていくことが重要です。先ほども述べた通り、性的な知識が乏しい子どもは、「性的グルーミング」に遭ってもそれが犯罪だと気づけないことが多いんです。なので、「性的グルーミング」という行いが犯罪であると、子どもたちが知ることが大事だと思います。

そして、少しでも変だな、不安だなと感じることがあれば、警察庁の性犯罪被害相談電話「#8103」や、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターなど、公的な機関に一度、相談をしてみてください。学校であれば、スクールカウンセラーや保健室の先生に相談してみるのも一つの方法です。また、その場合、家族や周りの大人も、子どもの訴えを頭ごなしに否定せず、彼らの話に耳を傾けながら、どうしたら子どもを守れるのかを考えていく必要があります。

―――今後、子どもたちが「性的グルーミング」などの性被害に遭わない社会を作るためには、どうしたらいいでしょう?

K 
子どもたちが「性的グルーミング」や、性暴力に対する正しい知識を身につけるためには、やはり「性教育」が大切。例えば、ある助産婦さんが以前、妊娠の仕組みについて話をしようとしたら、「妊娠とか、俺らに関係ねぇし」と男の子が言ったそうです。ところが、一通り話が終わった後には、その子が、「これから妊婦さんを見かけたら優しくしたい」という発言をしたそうなんです。子どもは純粋なので騙されやすくもありますが、柔軟性や吸収力は抜群ですし、正しい知識を得ることで目を見張るような成長を見せてくれます。「性的グルーミング」についてだけでなく、年齢に応じた性の知識を教育の中で学ぶことこそが、ひいては子どもたちの身を守ることにつながるのだと思います。

上谷さくらプロフィール画像
上谷さくら

かみたにさくら●毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。保護司、犯罪被害者支援弁護士フォーラムの事務次長を務める。2020年法務省の刑法改正に関する刑事法検討会委員に就任。コメンテーターなどメディア出演多数。著書に『暮らし・お金・老後…おひとりさまの心配ごと、すべて解決してください!』(Gakken)がある。