2024.04.26

西日暮里を手話の街に。視覚表現を活かしたデフスペース「5005」

ろう者や難聴者、ろう者の親を持つ聴者(CODA=コーダ)など、視覚で生きる人々はどんなふうに世界を捉えているのだろうか。“視覚による知性”を育む場として2023年10月、東京都の西日暮里に「5005(ごーまるまるごー)」がオープンした。日本では数少ない「デフスペース」の概念を取り入れたその空間は、ろう者たちが集まり、身体的にも感覚的にも心地よく過ごせる場所となるよう、さまざまな工夫が凝らされている。視覚表現が持つ豊かな世界とその可能性に触れてみたい。

ろう者と聴者が対等に交流できる、多目的なスペース

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西日暮里駅近くの道灌山通り沿いにある「5005」の外観。

JR山手線の西日暮里駅を5分ほど西に歩くと見えてくる、ガラス張りの建物が「5005」。ひさしの下でくるくると回り続ける看板が目印だ。施設名は、両手の親指と人差し指でゼロを作り、5本の指をパッと広げながら外側に動かす手話表現に由来する。「この場所から新しい何かが生まれて広がっていくように」との意味を込めて、一連の手の動きと似た数字に置き換えた。

施設を立ち上げたのは、一般社団法人 日本ろう芸術協会の代表理事で、ろう者であり映画作家でもある牧原依里さんと、一般社団法人 ooo(オオオ)の代表で、視覚身体言語の研究を続けるCODAの和田夏実さん。視覚で世界を捉える人たちが集い、対話のできる開かれた場を作るべく、2023年8月よりクラウドファンディングを開始。約750万円の開設資金を集め、同年10月にオープンした。

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ひさしの下の看板には「5005」のロゴが。親指と人差し指でゼロを作り、5本指を広げながら外側に動かす手話を表現した。

立ち上げの背景には、ろう者の情報保障の問題がある。トークイベントやワークショップなど、聴者が集まって意見を交わす場はたくさんある一方、ろう者がアクセスできる情報や社会参加の機会は限られているのが実情だ。さらに、聴覚補助技術の発達や少子化により、手話の使用者は年々減少。日本手話は消滅危機言語のひとつであり、手話が尊重されにくい現状もある。

「5005」が掲げるミッションは、視覚言語特有の文化を醸成し、発信すること。視覚情報で生きる人たちの考えや視点を活かした企画やイベントを通じて「知」を共有し、ろう者と聴者が交流できる場となることを目指す。

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手話と音声を組み合わせた異言語脱出ゲームを作る団体、異言語Lab.のメンバーのミーティングの風景

「5005」ではメンバーシップ(有料の会員制)を採用している。演劇や上映会などの視覚表現にまつわるイベントスペースや手話動画の撮影スタジオとして、あるいはコワーキングスペースとして、利用者が多目的に使える場となっている。また、非会員でも一般向けに開催される企画やイベントには自由に参加することができる。

現在会員のほとんどはろう者だが、一部、CODAや手話を勉強中の人、手話や視覚言語特有の文化に興味のある大学生などといった聴者の会員も。さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが「5005」に集い、ろう者も聴者も対等な関係性を育めるような活動に取り組んでいる。共同代表の牧原さんは、確かな手応えを感じているという。

「手話を使う方々からの反響がよいことに加えて、聴者の方からも予想以上にうれしい反応をいただいています。手話に関するイベントに参加したいけれど、どこで情報を得られるのかわからないといった聴者の方の声が意外に多く、常設の場ができたことを喜んでくださっている印象です」

視覚で生きる人たちが心地よく過ごせる空間設計

ビルの1階にあるガラス張りの外観からは、中の様子を見渡すことができる。視界が開けていること、目で見て確認できることは、ろう者が安心して過ごすための重要な要素だ。「初めから、ここには視覚で生きる人にとって快適な条件がそろっていました。エントランスが目の形に見えるのですが、それも私たちの活動にぴったりだなと思ったんです。内装の設計は聴者の方にお願いしましたが、ろう者の方々と話し合いながら一緒に作っていきました」と牧原さん。「5005」の隣にある「麺屋 義」は、ろう者の店主が営むラーメン店だ。ろうコミュニティがすでにできていたこともあり、「拠点を作るならここしかない」と確信した。

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「5005」の共同代表を務める牧原依里さん。

視覚で世界を捉える人には、聴者とは異なる身体感覚や慣習がある。それゆえ、聴者にとっては居心地のよい環境でも、ろう者は不便を感じる場合があり、そういった困りごとは聴者にはなかなか理解されにくい。

例えば誰かを呼びたいときや注目してもらいたいとき、聴者は音声を使うことが多いが、ろう者は電気の点滅や床の振動などの視覚・触覚情報を利用する。また、手話というのは手だけを使うのではなく、顔の表情も含めて体全体で表現する言語。複数人が集まって手話で会話をするときには、自然に一定の距離を保った輪になる。これはお互いの顔と手話がはっきり見えるようにするためで、ろう者特有の行動様式だ。

このように、ろう者の感覚や行動様式を活かし、ろう者が心地よく過ごせるように設計された空間のことを「デフスペースデザイン(DeafSpace Design)」という。アメリカのろう者のための大学、ギャロデット大学で考案された概念で、日本ではまだ馴染みが薄いが、「5005」ではリサーチを重ね*、この考え方にもとづいた工夫が随所に施されている。

*デフスペースデザインのリサーチは、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京が、地域社会を担うNPOとともに展開する事業、「東京 アートポイント計画」のプロジェクト「めとてラボ」の活動の一環として行われ、一部公益財団法人窓研究所の助成を受けて実施された。

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ワイヤーがはりめぐらされた天井に吊り下げられた照明。ひとつひとつに番号が振られていて、個別に調光できる。

ひとつは、天井から吊り下げられた照明を自由に動かせること。手話で話すときに顔に影が落ちないように、話す人の位置に合わせて簡単に移動できるようになっている。また、それぞれの照明に個別のスイッチが付いているので、心地よい明るさに調光できるのもポイントだ。

コワーキングスペースとして使用するときは、壁やパーテーションではなく透けるカーテンで空間を仕切る。聴者は視覚が遮られていても、話し声や物音で人の気配を感じられるが、ろう者の場合は目で認識できることで安心感を得られるからだ。人がいることはわかりながら、手話の内容までは見えない。その絶妙な塩梅をかなえる薄さのカーテン生地を採用している。

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ステージに立つ人の手話が見えやすいように、脚の長さの異なる椅子を3種類用意。

演劇や上映会などを開催する際には、客席用に高さの異なる椅子を3種類並べる。後ろに座っても手話が見えやすいようにするためで、参加者にも好評だ。

オープンから半年で、会員数は約40名に増えた。ろう者のためだけの閉ざされたコミュニティではなく、ろう者と聴者が日常的に交流できる場として、今後もさまざまな取り組みを続けていくという。「手話を公用語にしたマルシェをはじめ、『5005』ならではの新しい試みを提案していきたいと思っています。将来的には、西日暮里が手話の街になったら素敵ですね!」と牧原さん。

理想は、聴者がろう者の困りごとを助けるという一方通行のコミュニケーションではなく、ろう者の「見える力」や優れた部分を活かし、相互にリスペクトが生まれること。アートや建築、デザインなどさまざまな分野と手話とがコラボレートするろう文化に触れることで、世界が今よりもっと豊かに見えてくるかもしれない。

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