2022年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。その約3ヵ月後にロンドンで開催されたショーのフィナーレで、「HELP MARIUPOL AZOVSTAL NOW(マリウポリのアゾフスターリ製鉄所*を今すぐ助けて)」と書かれたボードを掲げ、涙を流しながらランウェイを歩いたデザイナーがいた。ウクライナのファッションブランド、リトコフスカ(LITKOVSKA)を手がけるリリア・リトコフスカさんだ。

全面侵攻から2年10カ月あまりが経った今も、ロシアとウクライナの戦争は終息の見通しが立っていない。リリアさん率いるデザインチームは厳しい試練にさらされてきたが、それでも歩みを止めず、戦禍のキーウでコレクションを発表し続けている。ブランド設立から15年の節目に、何を思い、どんな未来を見据えているのか。リリアさんにオンライン取材を行った。

*ロシア軍の侵攻直後に激戦地となった場所。多くの市民が製鉄所の地下トンネルや地下壕に避難したほか、多くの兵士が立てこもっていた。

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2024.12.25

戦地で服作りを続ける【リトコフスカ】の願い。ウクライナのことを世界に伝えて

2022年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。その約3ヵ月後にロンドンで開催されたショーのフィナーレで、「HELP MARIUPOL AZOVSTAL NOW(マリウポリのアゾフスターリ製鉄所*を今すぐ助けて)」と書かれたボードを掲げ、涙を流しながらランウェイを歩いたデザイナーがいた。ウクライナのファッションブランド、リトコフスカ(LITKOVSKA)を手がけるリリア・リトコフスカさんだ。

全面侵攻から2年10カ月あまりが経った今も、ロシアとウクライナの戦争は終息の見通しが立っていない。リリアさん率いるデザインチームは厳しい試練にさらされてきたが、それでも歩みを止めず、戦禍のキーウでコレクションを発表し続けている。ブランド設立から15年の節目に、何を思い、どんな未来を見据えているのか。リリアさんにオンライン取材を行った。

*ロシア軍の侵攻直後に激戦地となった場所。多くの市民が製鉄所の地下トンネルや地下壕に避難したほか、多くの兵士が立てこもっていた。

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2022年5月にロンドンで開催されたショーのフィナーレで、「HELP MARIUPOL AZOVSTAL NOW(マリウポリのアゾフスターリ製鉄所を今すぐ助けて)」と書かれたボードを掲げてランウェイを歩くリリアさん。(Dave Benett, GETTY IMAGES)

戦争地帯から平和とともに

テーラーを営む祖父をもち、服作りが身近な環境で育ったリリアさんは、2009年に自身のブランド、リトコフスカを立ち上げた。創設以来大切にしてきたのは、「服が着る人のものになるように」という思い。リトコフスカの服のタグには、ブランドネームをあえて隠すように白い布が付いている。服は誰かに着られてこそ価値が生まれるもの。「着る人こそが、その服の“作者”なのです」とリリアさんは言う。

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リトコフスカの服のタグには、ブランドネームを覆うように白い布が付いている。

大胆なシルエットと脱構築的なデザインがファッション業界で高く評価され、2017年以降はパリ・ファッションウィークの公式スケジュールでプレゼンテーションを行っている。売り上げも着実に伸び、順調に勢いを増す中、戦争が大きな影を落とした。

ロシアの全面侵攻が始まると、アトリエは閉鎖せざるを得なくなった。リリアさんはウクライナ軍で働く夫を残して、娘と母とともにパリへ逃れた。デザインチームに所属する約50名のメンバーも避難を余儀なくされ、一時は全員がばらばらになった。

それぞれが不安な日々を送りながらも、チームは団結し、ウクライナで再集結する。侵攻直後は、当時安全とされていた西部の都市リヴィウに生産拠点を移し、その数ヵ月後にキーウに戻った。

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キーウのアトリエで働くデザインチームのメンバー。

リトコフスカの服は、戦時下の今もすべてキーウで作られている。インフラが攻撃され、ウクライナ全土で停電や電力不足が続く中、発電機を購入してなんとか生産を維持してきた。現在パリに住んでいるリリアさんは、月に数回キーウに戻り、現地にいるデザインチームとともに仕事をしている。だがそれは決して簡単なことではないという。

「パリからキーウに帰るのは、東京に行くよりも時間がかかります。なぜならウクライナの多くの空港は爆撃を受けて閉鎖されているので、移動手段が陸路に限られているからです。パリからポーランドまではスムーズに車で移動できても、ウクライナの国境検問所付近がひどく渋滞していたり、道路が封鎖されたりすることも。その場合はポーランドに車を置いて、国境を歩いて越え、ウクライナ国内を電車で移動するしかありません」

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ロシア軍のミサイルがリヴィウの臨時アトリエのすぐそばを直撃し、黒煙が上がっている様子。リトコフスカのデザインチームが撮影した。

オンライン取材の日、リリアさんはキーウのアトリエにいたが、取材中に何度も映像や音声が途切れるトラブルがあった。現地の不安定な回線状況が、ロシア軍による攻撃の影響を物語っていた。

「キーウでは今も空襲警報のサイレンが毎晩鳴り響いています。数日前にはミサイルやドローンによる大規模な爆撃がありました。爆発音がひと晩中とどろき、恐怖で眠れませんでした」

戦争が始まってから、ウクライナでは総動員令が出されている。18歳から60歳までの男性は徴兵される人が多いため、リトコフスカのデザインチームを支えるメンバーのほとんどが女性だ。

「チームの女性たちはみんな安心して眠れない日々を送っていて、精神的にもかなりまいっています。それでも毎朝時間通りに仕事に来て、オーダーを間に合わせるためにリトコフスカの服を作り、世界中に届けています。彼女たちはとても勇敢で、かけがえのない存在です」

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服のタグに取り付けられた、ウクライナのフラッグカラーのリボンと、「FROM WAR ZONE WITH PEACE」と記されたリボン。

現在リトコフスカのすべての製品には、ウクライナのフラッグカラーのリボンと、「FROM WAR ZONE WITH PEACE(戦争地帯から平和とともに)」と記されたリボンが添えられている。それは、戦争には屈しないという力強い意思表明であると同時に、ウクライナとウクライナの人びとの強さを讃え、再生と復興を願うメッセージでもある。

「ウクライナはブランドのルーツです。そして、チームにとって生活の一部であるクリエーションは、暴力と破壊とは真逆の愛と平和に満ちた活動です。家族同然の大切なチームを支えるためにも、ウクライナの現状を世界に伝えるためにも、私たちは勇気をもってキーウで服作りを続けています。そうすることが、ウクライナの人びとの希望になると信じています」

ウクライナと世界との対話を促し、声を届ける

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2024年9月、ウクライナ・ファッションウィークのプレゼンテーションで披露されたインスタレーション。平和の願いが書かれた白いリボンをウクライナの人びとに届けた。

リトコフスカというブランドを語るうえで、「対話」は重要な要素だ。リリアさんは毎シーズン発表されるコレクションを通じて、声を届けることの必要性を伝えている。

「2024年は特に対話を強調する1年でした。まず3月に開催したパリ・ファッションウィークのプレゼンテーションでは、ゲストに白いリボンを配布し、ウクライナの人びとへの応援メッセージや平和への願いを書いてもらいました。その願いが書かれた何百本ものリボンをキーウに持って行き、9月のウクライナ・ファッションウィークのプレゼンテーションでインスタレーションとして披露しました」

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ウクライナ・ファッションウィークのプレゼンテーションに来場したゲストが書いた、感謝の手紙。

「ウクライナのゲストは、感謝の手紙でパリからのメッセージに応えてくれました。そしてその手紙はパリへ届き、9月のパリ・ファッションウィークのプレゼンテーションに来場したゲストの手に渡ったのです。私たちは1年を通して、キーウとパリの対話を完成させました。それはウクライナと世界との対話であり、人と人との対話でもあります」

瓦礫の中でも、美しいものを作り続ける

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パリ・ファッションウィークで開かれた2025年春夏コレクションのプレゼンテーションの様子。

2025年春夏シーズンのテーマは、ウクライナ語で収穫を意味する「ZHNYVA」。農業大国であるウクライナの伝統文化にインスピレーションを得て、自然への感謝の気持ちと大地の恵みをポエティックに表現した。

パリ・ファッションウィークで行われたプレゼンテーションでは、リトコフスカが得意とする脱構築的なテーラリングやレイヤードスタイルが登場。そこにインパクトを添えたのが、麦の穂やとうもろこしなど、穀物を彷彿させるモチーフの装飾だ。クラフト技術を巧みに取り入れることで、生命の循環に敬意を表した。

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パリの会場に置かれた、ウクライナからの感謝の手紙と、ロシア軍の攻撃で破壊された家の瓦礫の一部。

会場の入り口では、ウクライナの花々や果物、キーウから届いた感謝の手紙などのさまざまな“収穫物”がゲストを迎え入れた。中には、ウクライナで倒壊した家の瓦礫を詰めた木箱もあった。

「収穫は、自然の贈り物だけではありません。私たちはみな人生における個人的な収穫を持っています。破壊された家の瓦礫は、私たちにとって悲しい収穫でした。パリの会場でお見せすることにしたのは、ウクライナでは今も戦争が続いていることを伝えたかったから。そして、瓦礫の中でも私たちは美しいものを生み出していることを、みなさんと分かち合いたかったのです」

ウクライナの子どもたちを支援するチャリティコレクションも

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パリの会場に展示された、ファッション写真家のニック・ナイトさんとコラボレートしたカプセルコレクション「FLOWERS KNOW BETTER(フラワーズ ノウ ベター)」。

2025年春夏シーズンのプレゼンテーションでは、イギリス出身のファッション写真家、ニック・ナイトさんとともに制作したカプセルコレクション「FLOWERS KNOW BETTER(フラワーズ ノウ ベター)」も披露された。ウクライナのナショナルカラーである青と黄色の花々のアートワークを採用。プリントやパッチワーク、刺しゅうでグラフィカルに表現した、ジャケットやシャツなど全12型だ。

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カプセルコレクション「FLOWERS KNOW BETTER(フラワーズ ノウ ベター)」のルック。

「ニックは、ウクライナの国花のひまわりとイギリスの花を組み合わせて、特別なイメージを作ってくれました。強さと儚さをとらえた彼の作品は、まさに今私たちがウクライナで経験していることを投影しています。花は平時には安らぎを与える存在ですが、戦場の破壊の中で育つ花は希望の光です。それは、再生とレジリエンスの象徴でもあります」

カプセルコレクションは、日本では2025年2月ごろからドーバーストリートマーケット ギンザで発売される。また、利益はすべてドイツとウクライナの国際NGO団体「Be An Angel(ビー アン エンジェル)」のプロジェクトに寄付され、戦争で被害を受けたウクライナの子どもたちを支援するチャリティ活動にあてられる。

長引く悲劇に終止符を

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ファッションスクール「Schooll of Art×Craft」の授業風景。

デザイナーとして活躍する傍ら、キーウでファッションスクール「Schooll of Art×Craft」を立ち上げ、自ら講師も務めるリリアさん。多忙なクリエーション活動の合間を縫って、ウクライナの若き才能の育成にも力を注いでいる。

「私のスクールでは、デザイン以外に技術的なスキルやビジネスを学べるコースも併設しています。オンラインの科目も含めると、生徒数は50名ほど。開校してから5年近く経ちますが、業界で活躍する卒業生が増えてきたことを大変誇らしく思っています。今後はスクールをもっと発展させて、ウクライナを代表するデザイナーを育てていきたいですね」

丁寧に、噛み締めるように話すリリアさんの言葉のひとつひとつから、祖国への愛と、平和への揺るぎない信念がにじみ出る。ブランド設立15年の節目を迎えた今、次なる目標について尋ねてみた。

「リトコフスカの服を通じて、ウクライナという国やウクライナの人びとについて伝え続けることです。昨今のファッション業界は、世界で起きていることに対して沈黙を守っていますが、ファッションには世の中を変える力があると信じています。私たちはこれからも歩みを止めることなく、祖国の復興と再生のために戦います」

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2025年春夏コレクションのプレゼンテーションの最後に登場したリリアさん。

私たちは決して忘れてはいけない。ウクライナは今も戦時下にあるということを。鳴りやまない空襲のサイレンに怯えながら、愛する人を失った哀しみに暮れながら、それでも美の力を信じて服作りを続けている人たちがいることを。それらは、約1万kmを隔てた極東にいる私たちには見えづらいことなのかもしれない。しかし私たちは、戦地から日本に届けられるリトコフスカの美しい服に袖を通すたび、タグに添えられた力強いメッセージを目にするたび、逆境の中で生き抜く勇敢な人たちに思いを馳せることができる。

外にいるとわからないことでも、目を凝らせば見えてくることはたくさんある。リリアさんをはじめ、デザインチームの勇気と不屈の精神に、心から敬意を表したい。1日も早く、この長引く悲劇に終止符が打たれることを願って。

リリア・リトコフスカさんプロフィール画像
ファッションデザイナーリリア・リトコフスカさん

キーウ出身。2009年に自身の名を冠したブランド、リトコフスカ(LITKOVSKA)を設立。2017年からパリ・ファッションウィークの公式スケジュールでコレクションを発表している。2020年にはファッションスクール「Schooll of Art×Craft」をキーウに設立。自ら教鞭もとり、ウクライナのデザイナーの育成にも注力している。

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