われわれの身体問題、アクティビスト&起業家からのメッセージ 2022 ━vol.5 性教育いらすと 代表 佐藤ちとさん 

昨年、話題を呼んだクラウドファンディングがあった。「性教育を広めるために、無料で利用できるイラスト素材を集めたウェブサイトを作りたい」。発起人は、グラフィックデザイナー兼イラストレーターの佐藤ちとさん。「すごくいいアイデア!」「ずっと、こういうサイトがあったらいいなと思ってた!」と賛同する声が集まり、当初の目標金額はなんと開始初日で達成。最終的に1ヶ月ほどで281人から170万円を超える額の支援が集まった。

こうして昨年12月、世界的に見ても珍しい、性教育に特化した無料イラスト素材集サイト「性教育いらすと」がオープン。ウェブサイトには、生理用ナプキンやコンドームの正しい使い方から、さまざまなジェンダーで構成される家族の姿まで、性教育の現場で使用するのにぴったりなイラストが、カテゴリーごとにずらりと並んでいる。

イラストはすべて、佐藤さんが描いたもの。グラフィックデザイナーとして企業に勤務するかたわら、空いた時間をぬって描いてきたものだ。「自分は性教育の専門家ではない」と言う佐藤さんが営利目的ではないサイトを立ち上げた理由や、日本の性教育の現状について感じることなどを聞いた。

自分の得意なイラストで、性教育の普及に貢献する

われわれの身体問題、アクティビスト&起業の画像_1
illustration:Chito Satoh

性教育の現場で使える、便利で正確なイラストを!

大学2年生のとき、コンドームソムリエのAiさん(保健室の先生をしながら活動する性教育インフルエンサー)のことをSNSで知り、コンドームの試触会に参加しました。正しい使い方を教えてもらい、素材によって特徴が異なること、選び方で性交痛の有無も変わってくることを初めて知り、衝撃を受けました。そんなこと、それまで全然知らなかった。「こんな世界があるんだ」と感動し、性教育は自分のためになるものなのだと実感しました。

そうして、自分でも性教育を勉強するようになりました。まずは身近なSNSで情報収集をして、性教育のアクティビストが主催するイベントにも積極的に参加するように。そういったイベントでアクティビストと知り合い、自分が大学のデザイン科に在籍していることを話すと、「実は描いてほしいイラストがあるんです」と言われることがしょっちゅうあって。そうやって、在学中から性教育まわりのイラストやパッケージデザインの仕事をするようになりました。

性教育のアクティビストから頼まれるイラストは、共通したものであることが多かった。たとえば生理用品、コンドーム、低用量ピルなど。それならば、誰でも使えるイラスト素材を集めたウェブサイトがあればいいのでは、と思いつきました。それが「性教育いらすと」の始まりです。クラウドファンディングでウェブサイト制作資金を集め、昨年12月にオープンしました。

「待ってました!」の声に支えられて

オープン時に揃えたイラストは、全部で487点。頑張って描きました(笑)。すごく反響があって、開始1週間でページビュー(PV)数は190万を達成。ありがたいことですね。

特に多く寄せられたのが、「待ってました!」という喜びの声。「こういうサイトは今までなかったから嬉しい」という声もたくさんいただきました。学生の方からの反響が大きかったのも嬉しかった。養護教諭の方や産婦人科で働く方、家庭で子どもに性教育をしようと考えている方など、私が予測していた以上に幅広く利用してもらっています。

「そんな需要もあるんだ」と驚いたのが、男性向けアダルトコンテンツの製作者からのリクエスト。エンドロールに「これはファンタジーであり、現実の性行為とは異なります」という注意書きを載せたいので、そのためのイラストを描いてほしいと頼まれたんです。最初は驚きましたが、すごく大事なことですよね。役に立てて嬉しかったです。

「性教育=いやらしいもの」ではないと一目でわかるイラストを

イラストの数は週に1、2個のペースで増やしています。今はTwitterでお題箱を設定して、利用者の方がほしいイラストのリクエストを受け付けています。どんどん描いて増やしていきたいのですが、本業は会社員なので、今はとにかく時間がほしい状態ですね。

イラストを描く際は、ジェンダーにまつわる偏見には特に注意しています。たとえば既存のイラストでは、女の子の服はピンク色、男の子は水色で表現されていることが多いですよね。色使いに限らず、「性教育いらすと」ではジェンダーの固定観念を植えつけないよう気をつけています。また、医療系のイラストも数多く取り扱っているので、正確さに関しては専門家に医療監修をお願いしています。

性教育は、「いやらしいもの」だと勘違いされることが多いんです。だから、性教育は大事なもので、いやらしいものではないとイラストから一目で伝わるように、温かくもニュートラルなタッチを心がけています。学校や公的機関をはじめ、いろいろな場で幅広く使ってもらいたいと思っているので、個性的すぎない、主張しすぎないテイストにするのも大事ですね。

自分にできることで、性教育を広げるサポートを

「性教育いらすと」はもちろん自分が好きでやっていることですが、やっぱり性教育の知識を広げていきたいという思いは強くありますね。性に関する知識の有無で、人生の選択肢の幅がすごく変わってきてしまうと思っているからです。

私自身もそうでした。もともと生理がすごく重くて、生理のたびに地獄のような日々を送っていたんです。PMSもひどかった。でも低用量ピルの存在を知り、産婦人科を受診するようになって、初めて穏やかに生理期間を過ごせるようになったんです。知識があることで人生が変わることを実感しました。

でも、私自身は医療や性教育の専門家ではありません。だから自ら情報の発信者になるのは、ちょっとハードルが高く感じてしまう。でも、自分が得意とするイラストでなら、性教育の知識を広げるお手伝いができる。自分のできることで、性教育について発信するアクティビストのみなさんをサポートしたかったんです。

無償での提供(商用利用の場合は15点まで)にこだわっているのも、そういった理由から。個人で活動している方や学生の方は、有料のイラストを使うのはハードルが高いですよね。だからそこをサポートしたかった。とはいえ、広告収入による収益化は今後の課題でもありますね。

性教育がもっと日常的になる未来を目指して

願いは、性教育をもっと日本に普及させること。日常生活の中で、「性教育いらすと」の絵を目にする機会が増えたら嬉しいですね。それだけ性にまつわる知識を発信している人がたくさんいるということになりますから。

「性教育いらすと」の英語版を作ることも、今の目標です。すでに現在も、アメリカや中国など、海外からのアクセスがけっこう多いんです。サイトを立ち上げる前に簡単にリサーチしたのですが、性教育に特化したイラストサイトは、国際的に見ても珍しいようです。だから海外の方にもっと便利に使ってもらえるように、英語化を計画しています。

声を上げ続けることの大切さ

世界に比べると、今の日本の性教育はとても遅れているのが現状です。でも私は、性教育を取り巻く環境が少しずつよくなってきていることを実感しています。SNSで性教育を発信している若い世代はすごく増えたし、大学の性教育サークルやLGBTQサークルに入って活動している人も増えている。だから私は、日本の性教育の未来がすごく楽しみです。とはいえまだまだ問題は山積みだから、今の状態でストップさせないことが大事だと思っています。

そのためには、頑張って声を上げ続けること。声を上げないと、「現状のままでいいんだ」と思われてしまう。未来をつくるのは私たちひとりひとりの行動なので、性教育を進めるためにさらに声を上げていくことが大切だと思っています。

声を上げるための最初の一歩は、生理の話やジェンダーについて、家族や友人など親しい人と話し合ってみることだと思います。とにかく、自分の意見を話してみる。まずはそこからスタートしてみてほしいです。

性の知識が、いつかあなたの助けとなる

今、SNSやYouTube、TVや書籍などで、性教育を発信する人が増えています。特に若い人は、話題によっては「自分には関係のない情報だ」と感じるかもしれません。でも、とりあえずその情報を頭の片隅にでもいいから入れておいてほしい。今はピンとこなくても、その情報がいつか役立つ日が来るかもしれないから。自分が性の問題の当事者になったとき、または家族や友人が困っているとき、あなたやあなたの大切な人を、性教育の知識が助けてくれるかもしれませんから。

 

●●私のオススメする、視野を広げる最初の一歩●●

『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』
シオリーヌ(大貫詩織)・著
イースト・プレス・刊

助産師で性教育YouTuberのシオリーヌさんがナビゲートする、性教育のハンドブック。「性教育の入り口としていちばんオススメの本。網羅性が高く、イラストも多くて読みやすい。大人にこそ読んでもらいたい本です」と佐藤さん。

PROFILE

佐藤ちと●性教育いらすと 代表、グラフィックデザイナー、イラストレーター
大学ではデザインを専攻。2021年12月、グラフィックデザイナーとして都内の会社に勤務するかたわら、性教育に特化した無料イラスト素材集サイト「性教育いらすと」を立ち上げる。性にまつわる漫画を描き、SNSで発信するなどの活動も行っている。

text:Chiharu Itagaki 

われわれの身体問題、アクティビスト&起業の画像_2
illustration:Natsuki Kurachi