イギリスで起きた中絶の権利を巡るとてもポジティブな革命【フェムテック調査団】

この春イギリスにて、女性の権利運動が1つ勝利を収めました。オンラインまたは電話の診察のみの遠隔医療で、早期中絶が自宅で行えるシステムに変更されたのです!

コロナウイルスのパンデミックが起こる以前は、10週未満の早期中絶を行うためには実際にクリニックに出向き対面式の診察を受けてから中絶薬を2錠処方してもらい、そのうちの1錠はその場で服用する必要がありました。

しかし2020年にロックダウンがスタートすると、圧迫している医療システムへの負担を減らすため、特にトラブルがない場合はオンラインまたは電話での診察のみで薬が自宅に郵送されるという方法に変更されたのです。

これはあくまでも「一時期的な対応」として行われたのですが、蓋をあけてみると15万人以上が利用し安全性も問題ないことが証明されました。また診察の待ち時間が減ったことで、妊娠のかなり早い段階でクリニックにアクセスすることが可能になり、中絶に関連する合併症のリスクも減少したというレポートもあり、利用者たちからは「身体的負担と心理的負担のどちらとも軽減された」と非常に好評だったのです。

暴力的なパートナーを持つ女性たちは違法な中絶を行わざるを得なかったりクリニックに行くのが遅くなってしまったりする傾向にありましたが、より早くアクセスがしやすくなったとの報告もありました。

安全な避妊と中絶のサービスを提供している国際的な非政府組織「MSIリプロダクティブ・チョイス」のホームページに、実際に自宅で中絶を行った女性のレポートが掲載されていました。2人の子どもがいる40代のリリーさんは全く想定していなかった予想外の妊娠に動揺し、とても葛藤したそうです。しかし遠隔医療のシステムのおかげで、自宅の安心した環境で妊娠のかなり初期の段階で中絶をすることができたそうです。心配に思うことなどは電話ごしに質問でき、対面診察をせずとも不安を感じずに過ごせたそうです。

彼女は「私の人生の中で最も困難なこの時期を可能な限り容易にしてくれた」と語っていました。

––適切な医療をうける女性の権利を迫害するもの––

しかし先日、「パンデミックも落ち着いてきたので以前のような対面式に戻す」という方針を政府が発表したのです。

この発表は多くの医師会や助産婦会、中絶に関するチャリティー団体、議員などから「女性に対する恥ずべき裏切りであり、証拠と正義の両方が欠けた決定である」「適切な医療をうける女性の権利を迫害するもの」「女性の健康よりも政治を優先させる決定」などと激しく批判されました。

SNSでは#KeepTelemedicine(遠隔医療継続)というハッシュタグが作られたり、「住んでいる地区の議員に遠隔医療継続を要求するメールを送ろう!」というキャンペーンも立ち上がりました。私も偶然このキャンペーンをTwitter上で見かけ参加をしました。私の住んでいる地区の議員さんは女性の権利運動にすごく熱心なこともあり、数日後に「自宅での中絶システムを継続することに賛成です」というとても丁寧な返信をもらいました。

そしてこういったムーブメントが功を奏し、実際に国会で存続か否かの多数決をすることになったのです。

その結果、215票対188票という票差で自宅での早期中絶システムがこのまま保たれることになりました。祝!

「1967年の中絶法制定以来、イギリスでの中絶の権利における、最大のポジティブな革命」と多くの人々が喜びました。

(ちなみにこれはイングランド地方のケースであり、ウェールズ地方はすでにイングランドよりも先に遠隔医療による中絶が認められていました。イギリス国内でも地域によって違いはあります)

––個人ではなく社会が変わるべきだ––

先日も、更年期障害へのホルモン治療の値段が女性たちのキャンペーン運動によって引き下げられるというポジティブなニュースがありました。イギリスって「ここまで要求したらわがままかな?」とか「自分でなんとか解決しなくちゃ」と個人的なもののように感じる問題も、「社会のシステムに原因がある」「個人ではなく社会が変わるべきだ」といった視点を多くの人が当たり前のように持ち、社会を巻き込んだムーブメントになりやすい国だなと思います。そして実際にそういったムーブメントが成果をあげることも多い。

そういった光景を見ていると、自分の置かれている境遇や身体に関する問題を「自己責任」と過小評価せずに、「社会の不平等なシステムの問題かもしれない」と大きな視点で捉えることで、問題の本質がより可視化されやすくなるなと思います。

ところで、ちょっと個人的な話に変わるのですが、先日、子宮頸がんの定期検査を受けてきました。その際医師から「過去に性的なトラウマがあった人には、こういった検査でそのトラウマがフラッシュバックしてしまうかもしれない。もし私に事前に何か知らせておきたいことがあれば、よかったら教えてください」と確認をされました。検査中もすごく丁寧に、どういった内容の検査で身体のどこに触れるか、など説明してくれました。今まで何度かこの定期検査を受けてきたけれど、このように丁寧な気遣いをしてもらったのは初めてでした。

これはこの医師が個人的に行っていることなのか、NHS(イギリスの国民保健サービス)のマニュアルに新しく組み込まれたことなのかはわかりません。でも、同時期に同じ検査を受けた友人も同様な声がけをされたそうなので、もしかするとNHS側の意識改革があったのかもしれません。

妊娠や出産に関わる身体のパーツは、「子どもを作るための大事な場所」という視点で捉えられる事も多く、個人的な領域だけでない「社会的なもの」「政治的な決定が関わるところ」と扱われてしまうこともあると思うのですが、でも本当は「自分の身体は自分のものであって、決定権は自分にある」。そんな当然のことを改めて実感できた気がします。

ちなみにNHSのサイトの中絶に関する情報が掲載されているページには、「中絶するかどうかは、あなたが1人で判断していいことです。パートナーや家族に相談してもいいけれど、誰もあなたの決断に口を出すことはできません。誰にも話したくなかったら、話さなくてもいいのです」とはっきりと書かれています。

国が運営している国民保健サービスがこのように力強く言い切ってくれると、自分のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を守ることは、「わがまま」なんかじゃなく当たり前のことなんだ、と勇気づけられます。

––ルールを決めている側の人権意識が問われる––

一方日本では、女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツが全然尊重されていない現状が続いているように思います。もちろんイギリスもまだまだアップデートしている途中ですが、それ以上に日本は大きく遅れをとっているなと感じてしまいます。

どうしてなのだろう? 日本の女性はイギリスの女性よりも、自分の身体の事を自分で決める能力が劣っているということ?ってそんなわけあるはずない。

女性の避妊や中絶に関するルールを決めている人々は「若い女性の性教育や知識が足りていない」といったことを主な理由に、今の現状をなかなか変えようとしません。でもこれは知識の有無じゃなくて、人が当然持っている権利の問題だと思うのです。

日本におけるリプロダクトヘルスライツの遅れの原因は、女性の責任なんかではなく、ルールを決めている人々に女性の人権を尊重するという認識が足りていないことにあるのでは?と感じてしまいます。

中絶の遠隔医療継続の多数決を取る議会の中で、労働党のジェス・フィリップス議員が自身の中絶体験を振り返りつつ語っていた言葉がすごく印象的でした。

「中絶をする際の最悪のプロセスは待つことでした。私は自分の身体をどうするか決断していました。妊娠検査薬で妊娠しているとわかった瞬間に決めていました。私は大人の女性であり、自分の身体を自己管理でき、自分がどうしたいかも完全にわかっています」

女性の身体に対する決定権は女性本人にあるべきです。それはどの国に住んでいようと変わらないはずです。

PROFILE

Shiori Clark/クラーク志織●イラストレーター
雑誌やWEBメディア、広告でイラストレータとして活動すると同時に、フェミニズムやSDGsについて考える連載を執筆。ロンドン在住。instagram(@shioriclark)

参考文献

MPs vote to keep at-home abortion service
https://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-60930774
MPs vote on whether to end abortion ‘pills by post’ in Englandhttps://www.theguardian.com/world/2022/mar/29/mps-vote-on-whether-to-end-abortion-pills-by-post-in-england

Lily's story - an abortion with "pills at home”
https://www.msichoices.org.uk/news/case-studies/lilys-story-an-abortion-with
England abortion ‘pills by post’ scheme to be scrapped in Septemberhttps://www.theguardian.com/world/2022/feb/24/england-abortion-pill-by-post-scheme-scrapped-september-change-law-covid-pandemic