1,614人のアンケート結果から、セックスレスの実態や解消法などを探るシリーズ企画。第4弾となる今回は、長年女性のセックスの悩みに向き合ってきたセックス・セラピストであり、日本性科学会理事で産婦人科医の大川玲子先生にお話を伺った。性機能外来に通う女性たちの悩みや背景にある要因、治療法などを伺うとともに、セックスレスに悩む人へのアドバイスも紹介する。
1,614人のアンケート結果から、セックスレスの実態や解消法などを探るシリーズ企画。第4弾となる今回は、長年女性のセックスの悩みに向き合ってきたセックス・セラピストであり、日本性科学会理事で産婦人科医の大川玲子先生にお話を伺った。性機能外来に通う女性たちの悩みや背景にある要因、治療法などを伺うとともに、セックスレスに悩む人へのアドバイスも紹介する。
▼今回お話を伺ったのは……
1972年、千葉大学医学部卒業。産婦人科医として診療にあたるとともに長年、性機能不全の治療や性暴力被害者の支援に取り組む。現在は千葉きぼーるクリニック婦人科、国立病院機構千葉医療センター(非常勤)で性カウンセリングを行う。日本性科学連合会長、千葉性暴力被害支援センター ちさと理事長。共著に『セックス・セラピー入門』(金原出版)、著書に『愛せない理由 ドキュメント性カウンセリング』(法研)など。
1. ドクターに聞く、日本におけるセックスレスの実情は?
日本では以前から、セックスレスが増加傾向にあると言われてきた。4年おきに行われている「【ジェクス】ジャパン・セックスサーベイ」の最新の調査(2024年度版)では、婚姻関係にある人のうちセックスレスと回答した人が6割を超え、前回調査(2020年)の51.9%を大きく上回った。“セックスレス”の増加に歯止めがかからないのはなぜなのだろう――。
世界的に見ても、セックスレスの割合が高い日本
大川先生(以下、大):そもそも人間は、生殖というよりも快楽のためにセックスをする文化を持っている生き物。セックスを楽しめることは健康で喜ばしいことなのです。しかし、心と身体は密接につながっていますから、生活環境や価値観、その人のこだわりなど、さまざまな要因があって「できない」とか「しなくなる」ということは推測できますよね。
国際的に見ても日本人はとにかくセックスレスの割合が高いというのは本当で、その傾向は日本性科学会やジャパン・セックスサーベイなど複数の機関の調査で明らかになっています。
編集部(以下、編):編集部で実施したセックスレス実態調査でも、過半数がレスであると回答していました。内訳を見ていくと、30代後半ぐらいから〈レスのままで良い〉という人が増加し、40代後半からは〈(セックスなしでも)満足〉という人の割合が増えていきます。
30代は経験とホルモン量の変化で、成熟したセックスを楽しめるはずの年代
2. セックスレスのきっかけとなりやすい産後。【産後レス】を防ぐために取り入れたいこと
編:読者アンケートでは「妊娠・出産がレスのきっかけになった」という声も目立ちました。
大:「妊娠中はセックスを控えたい」という方は一定数いらっしゃいます。また産後は、出産時の会陰切開の痛みが残っていたり、乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)がテストステロン分泌を抑えることで授乳中は性欲が低下していたり、慣れない育児・睡眠不足などで疲れてしまい『セックスどころではない』という人もいます。男性にも授乳中の妻を見て性欲が低下するというケースなどがあります。
心と身体は密接につながっており、不安やストレスが大きいとセックスレスにつながります。出産を機にカップルでセックスしなくなってしまう【産後レス】を防ぎたければ、産褥期(さんじょくき)・授乳期に女性に無理をさせないようにする。女性は心身の回復に努め、パートナーが家事や育児に積極的に取り組むなど、日常生活で女性をねぎらいサポートしようという姿勢が必要だと思います。また男女の心身の違いについて、“一般にどういうものなのか”という知識を持つこと、互いの思いを伝え合うことが、ギクシャクしがちな時こそ力になるはずです。
妊娠中や産後のセックスはどうすべき?
妊娠中や産後のセックスはどうすべき?
身体の変化、メンタルや不調について知っておこう
【妊娠中】
主治医から止められていない限りセックスを行ってよく、過剰な心配は不要。一般的には妊娠中期(5〜7ヵ月)の安定期に入る頃からセックスを再開してOKになることが多い。ただし体調がすぐれないときや痛み・出血などいつもと違う症状がある場合には無理をしないこと。無理のない体位で行い、妊娠中も感染症予防のためコンドームの着用を忘れずに。
【産後】
出産後は女性はもちろん、男性もさまざまな変化に戸惑うもの。女性はホルモン分泌の変化により気分の変動も大きい時期で、身体の回復には個人差もある。セックス再開は産褥期(出産後6〜8週間)を過ぎてからというのが一般的だが、焦らずに。不安なら産婦人科医に相談を。
3. セックスレス解決策①【挿入障害】は女性の悩みに多い。緊張や恐怖心などから起こりやすい
編:大川先生は長年、婦人科で性機能不全の治療やカウンセリングを行ってきました。どのような相談・悩みが多いですか?
大:私は30年ほど前から性機能不全の治療に関わっていますが、受診する女性のうち8割近くは、痛みへの不安や恐怖から起こる、男性器を受け入れられない“挿入障害”です。痛みのほか、不安や緊張から腟けいれんになり挿入そのものができないという相談もあります。
婦人科ということもあり、セックスを楽しみたいというよりは「子どもができないと困る」「セックスができないと自然妊娠できないのでなんとかしたい」という理由で受診される方も多いですね。
編:切実な悩みですね。
大:そうですね。今は不妊治療に通う人も増えていますが、そもそも挿入ができないと内診もできないので、不妊治療も難しくなります。治療を進めるうちに婦人科診察をなんとかできるようになると不妊治療に進んで、セックス・セラピーをやめる人もいます。
編:挿入障害はどのようなことが原因で起こりますか。
大:基本的には心因性の症状です。緊張や恐怖でリラックスできていないために痛みを感じる、または楽しめずセックスレスになる人も。中には触られるのもダメという人もいますが、多くはキスやハグは楽しめるのに挿入だけは痛くて難しい、身体が固まって受け入れられないなどの悩みです。
性の話題はなんとなくタブーと感じていて、親しい友人とさえ性の話をしたことがないという女性は少なくないでしょう。「初めてのセックスは痛いもの」という誤解や刷り込みがあると恐怖心で受け入れらなくなったり、「セックスはいけないことだ」という道徳観が強い場合にも挿入障害につながりやすいです。
4. セックスレス解決策②【性機能障害】濡れない、怖い、痛い。セックスの悩みは性機能外来やセックス・セラピストに相談を
編:そもそも性機能障害は治るものなのですか? また、どこに相談したらいいのでしょうか?
【男性】
性欲減退、勃起障害(ED)、射精遅延、早漏
【女性】
性的興奮障害(濡れない、気持ちよくならない)、オーガズムに至らない、挿入障害(性交痛がある、挿入できない)
そのほか、性嫌悪症(性行為に嫌悪感を抱く)などがある。
大:性の悩みを扱う診療科や医療機関は非常に少ないのが現状ですが、女性なら婦人科へ、男性の場合は主に泌尿器科や精神科でセックス・セラピーもしている診療科を受診します。
女性は閉経後、腟の乾燥感や性交痛を感じる人が増える傾向にあります。このケースには、女性ホルモンの経腟投与や全身の女性ホルモン補充療法(HRT)といった薬物療法が有効です(どちらも閉経に伴う腟乾燥感からの痛みに有効)。または潤滑ゼリーなどを用いる場合もあります。男性の勃起障害(ED)には治療薬があります。
一方、挿入障害など心因的・精神的な問題を抱えている方には、カウンセリングや行動療法を併用します。しかし通常の医療機関では対応していないことが多いため、日本性科学会認定のセックス・セラピストのいる相談機関や医療機関を受診されるといいでしょう。
日本性科学会ではセックス・セラピーの専門家を養成しており、紹介もしている。産婦人科医、泌尿器科医、精神科医、ほかに臨床心理士などがカウンセリングを行っており、得意分野がそれぞれ異なる。現在資格を持つのは30名前後。
5. 実際の診察ではどのようなことが行われるのか? 治療に大切なのは、性器やセックスへのネガティブ感情をなくし、リラックスすること
編:婦人科の性機能外来の場合、どんな診療を行いますか? 内診台に乗るのが怖くても受診できるのでしょうか?
大:挿入障害の患者さんに対して無理な内診は行いません。徐々に診察に慣れていき、自信をつけていくことが大切です。開脚ができるか、外陰を触れられても大丈夫か、陰唇や腟まで触れられるかなどを段階的に進めていきます。
女性性機能外来の問診では、どんなことを聞かれる?
・性交の頻度や相手
・悩みについて(例:痛くてできない、痛みはあるけれど挿入はできるなど)
・マスターベーション(セルフ・プレジャー)の有無や頻度
・パートナーとの関係性や性交以外の性的関わりはあるかなど、性体験について
・月経や妊娠、流産経験、病歴など、婦人科受診の際と同様の項目について聞かれることもある
医師は患者の性について知り適切な治療に導くため、プライベートなこともヒアリングするが、無理に回答する必要はないので安心して受診したい
挿入障害の治療では、どんなことをする?
編:挿入障害の治療は、どのように進めていくのでしょうか?
大:本来なら、痛みの背景に何か他の病気や異常が隠れていないかどうかの診察は必要ですが、挿入障害によって内診が難しい場合には、行動療法からはじめることがよくありますね。
治療を進めていく上で大事なのは、セックスや性器に対して否定的な感情を消し去ること、そして性的な行為の際にリラックスできるようになることです。まずはご自身で性器に触れたり(セルフ・タッチング)、鏡で見てみたりしてもらいます。女性の身体のしくみや腟の機能などを医師が医学的・解剖学的に説明して、腟は意外に丈夫であることなどを理解してもらうことも大事ですね。
6. したくても「きっかけがつかめない」! そんなときのセックスレスカップルへのアドバイス
編:一度セックスレスになった後、再びセックスに繋げるきっかけがつかめないという声がアンケート調査でも見られました。セックスレス解消に向けて二人で取り組むと良いことを教えてください!
大:一度拒否されてそのままになってしまった……など、セックスについて話し合いができないカップルは珍しくありません。長い間ブランクがあると、手をつなぐのも恥ずかしいとか、片方がその気になっても片方がその気になれないということもあるでしょう。性的な感覚を取り戻していくためには、二人で向き合うことが大事です。前述した「感覚集中訓練」を二人で行ってみるのもおすすめです。
しっかり取り組みたいという場合には、やはり専門家のセックス・セラピーを受けることを勧めます。第三者が関わることで、互いに歩みよれたり、治療に前向きになれるカップルも多いですから。セラピストのサポートのもと、宿題のように取り組むことできっかけがつかみやすくなります。まずやってみること、一歩踏み出すことが大事です。
自宅でも試せる! セックス・セラピーで取り入れられている行動療法
1)自分で自分の身体に触れるセルフ・タッチング
一人で自分の身体をいつくしむようにセルフ・タッチングを行う。最初は性器に触らない段階、そこから性器に触るがオーガズムを目指さない段階を通して、オーガズム以外の感覚を味わう。バイブレーターなどを使うのも有効。自分の身体に対してリラックスできるようになることを目指す。
2)カップルで触れ合う感覚集中訓練
しばらくレスのカップルは触れ合うことから始める。挿入はしないとルールを決めて、身体(性器を除く)を交互に愛撫しあいタッチングを楽しむ。触られる方は、どんな感じがするのかに集中する。感覚を味わい、リラックスして楽しむ。触る側は、触り心地を味わうことに集中する。終わったらどう感じたかを伝え合う。次のステップでは性器へのタッチングを加える。ゲームのように交代してやってみるのがコツ。自分の性の反応や身体の仕組みを知ること、性的な感覚を取り戻していくことが目標。
▼第1弾、第2弾、第3弾はこちら