今月のゲスト:岸田奈美さん【シオリーヌのご自愛SESSION 第7回】

助産師であり、性教育について発信するYouTuberであるシオリーヌさんが、「自分を愛すること」の大切さについてゲストを招いて、熱烈トークする連載。今回のテーマは、彼女が「自己肯定感を育むための要となるもの」と考える、家族関係について。自らの家族について語ったエッセイがウェブ上で話題を呼んだ作家・岸田奈美さんと、家族愛とは何か、愛情と義務の境界線はどこにあるのか熱く語り合った。

ときには距離を置くことも、家族の愛の形のひとつ

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Profile
シオリーヌ●助産師/性教育YouTuber。総合病院産婦人科病棟や精神科児童思春期病棟で勤務したのち、YouTubeで性教育について発信するように。今年6月、3冊目となる著書『もやもやラボ キミのお悩み攻略BOOK!』(小学館クリエイティブ)が発売された。

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きしだ なみ●作家。大学在学中に福祉系ベンチャー企業のミライロに創業メンバーとして参画。広報部長を務めたのちに、作家として独立。著書に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)。

自分が幸せになることが家族の幸せにつながる

シオリーヌ(以下S) 岸田さんのエッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』を読んだときから、ぜひお会いしたいと思っていました! 車いすユーザーのお母さん、ダウン症の弟さん、そして早くに逝去されたお父さんとのエピソードが書かれていて、家族と愛情について改めて考えさせられました。
岸田さん(以下K) ありがとうございます! でも実は、家族愛というものを意識したことはあまりないんです。父も母も弟も、一個人として大好きですが、家族として愛しているかと問われると、ちょっとよくわからないところもある。とても単純に、私は家族と一緒にいると楽しいし、家族が自分にとっての安全地帯なんです。どんなにつらいことや苦しいことがあっても、母と弟だけは何も言わずに話を聞いてくれて、私を肯定してくれるから。でもそれは家族だからというより、ふたりがいい人だからですよね。
S なるほど。まさにエッセイのタイトルが示すとおり、家族だから愛しているのではなく、それぞれ個人としてのつながりを大切に築いてきたからこそ、いい関係ができ上がっているのでしょうね。
K そうですね。私は両親から、「弟には障がいがあるけれど、姉であるあなたがそれを背負う必要はない。だからあなたの好きに生きて、幸せでいてほしい。それが私たちのいちばんの幸せだから」と言われて育ちました。自分を何よりも大切にすることが、家族にとっての幸せにつながるんだということを教えてもらったんです。
S この連載のテーマ、ご自愛の大切さにつながるメッセージですね。「自分を大切にしよう」って、性教育の現場でもよく言われますが、具体的にどういう状態を指すのか考えると、すごく難しい。
K 本当にそうですね。私にとっては、「幸せだと感じたときに、そこに罪悪感がない」というのがひとつの大きな基準になっています。弟のことは大好きだし、一緒にいるのも好きです。それでも弟を世話する責任を負ってしまっていたら、きっと人生で何かにつまずくたびに、全部弟のせいにしていたかもしれません。誰かと遊びに行っても、自分だけ楽しんでいることに後ろめたさを感じていたかもしれない。それはもう呪いだと思います。本当の愛は、相手を愛することで自分も幸せになれる、見返りを必要としないもの。相手に期待してしまったり、「愛しているからこうしなければいけない」と縛られたりしてしまうのは、本当は愛ではなくて、呪いや、しがらみなのだと思います。
S すごくよくわかります。私の父はとても厳しい人で、幼い頃から私はずっと「父の望む娘」像になることを求められてきたんです。やりたいことも制限されて育ち、最終的に父といることがものすごく苦しくなってしまった。でも、今は、父と縁を切るという選択をしています。そうして初めて、自分のしたいことをできるようになりました。縁を切って初めて、遠くから父の幸せを願えるようになりましたね。
K 一緒にいることだけが愛ではない。ときには距離を置くことも愛の形のひとつだと思います。

完璧な人はいないから完璧な家族もありえない

K 最新刊のエッセイ『もうあかんわ日記』に書きましたが、このときは母が生死をかけた手術をすることになって、祖父の葬儀もあり、そんな状況で祖母の調子まで悪くなった。あらゆる問題が私ひとりにのしかかってきて、本当に「もうあかん」という状況でした。
S 拝読しましたが、本当に極限状態ですよね……。
K そんな状況でどうしたら自分のつらさが軽減されるか考えたとき、今はいったん家族から距離を置いたほうがいいと決断したんです。祖母は介護施設に、弟はグループホームに行ってもらうことにして、私と母も離れて暮らすことにしました。「おばあちゃんがかわいそう」と周囲に言われたりもしたけれど、私自身が倒れてしまいそうだったので。離れた場所にいて、「私がいなくてもこの人は大丈夫」と思える状態をつくるのも大切だと思っています。
S 状況に合わせてより幸せな道を選び取ることって、すごく大事ですよね。今の日本社会では、それをわがままだと捉える人も多いと思う。でも、人はみな自分のために生きていいはず。私はずっと、世間の価値観では「親孝行」だとは思われない選択をした自分を責める気持ちがありました。一方で、心のどこかで父からの愛情を諦めきれず、いつか謝ってくれるんじゃないかという期待を捨てられない自分もいました。でもそこに諦めがついたとき、すごく気持ちが楽になったんです。
K 私も母を恨んだ時期はあったし、今だって恨んでいる面はありますよ、同時に大好きでもありますけどね。私は両親からとても愛されて育ったんです。だから、自分は当然あらゆる人から愛される存在なのだと思い込んでしまった。小学生になったとき、みんなが自分を好きになってくれるわけではないことを知って、ものすごく傷つきました。自己肯定感が高すぎたんですね。その違和感は、大人になっても続きました。やっぱり親だってひとりの人間だから、完璧な家族、完璧な子育てなんて存在しないんだと思います。
S 岸田さんは、深く考えてそれを言語化するスキルが高いですね。だからこそ、つらいときも押しつぶされずにやっていけるんだと思う。そのレジリエンスの高さ、私も見習いたいです!

SOURCE:SPUR 2021年10月号「シオリーヌのご自愛SESSION」
photography: Kae Homma text: Chiharu Itagaki

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