地球を救うのは彼らかもしれない。知りたい、きのこのチカラ

きのこ由来のレザーが、今、モードの世界で静かに熱い。さらにその持っている力を借りて、環境や社会が変わる可能性もあるという。おいしいだけじゃない、新たな魅力の扉を開いて。 

 

CHAPTER 1 そもそもきのこって何者?

食卓に並ぶ身近な存在だけど、実はよく知らない。きのこってどう生きて、どんな働きを持っているの?

きのこは「分解者」
食物連鎖の生態ピラミッドは「消費者(肉食動物・草食動物)」「生産者(植物)」「分解者(菌類)」に分かれる。その中で、微生物や菌類に属するきのこは、ピラミッドの底を支える「分解者」。生物の死んだあとの組織や排泄物を、無機物と栄養塩類に分解して環境に戻す役割を担っている。分解された物質は、生態系の中で生物に再利用される。その働きから、「きのこは環境の掃除屋」ともいわれている。

きのこは「修復者」
菌糸から分泌する酵素で有機物を分解吸収して成長するきのこは、多彩な分解機能で環境をもとに戻し、循環させている。たとえば、ヒラタケなどの白色腐朽菌にはダイオキシンを分解する働きがある。このようにきのこを利用して環境を修復する技術・バイオレメディエーションの研究は長年続けられている。

きのこは「共生者」
マツタケやホンシメジなど菌根菌に分類されるきのこは、木と共生し栄養を分け合っている。網のように地中に張り巡らせた菌糸から酵素を分泌し、分解した栄養によって成長する。酵素には植物の根からの水と養分の吸収を促進する働きがある。また、根を乾燥や病害から守る役割もあり、植物はきのこに寄生されることで、より生育しやすくなる。

きのこは「調整者」
たとえば、冬虫夏草というきのこは、虫に寄生し、養分を吸収して殺してしまう。きのこは、増えすぎたものを分解して、別のものに変化させる仲介者であり、機能調整者としての働きも持っている。自然界の機能調節だけでなく、食用きのこは、人間にとっては「体内環境の調整」も行うありがたい存在。食物繊維が豊富で、腸内を整えてくれる。

きのこは「多様性」に満ちている
きのこは、栄養のとり方によって主に3つの菌に分類される。植物の遺骸を栄養源とする腐朽菌・植物の生きた根と共生する菌根菌・昆虫類に寄生する冬虫夏草などの寄生菌。それぞれにさまざまな生態と働きを持つ。現在、地球上のきのこの総数は確認されておらず「未知」。林野庁のホームページによれば日本国内だけでも、4000〜5000種類のきのこが存在しているといわれる。

きのこが「社会問題」を解決するかも?
タイヤのゴムをはじめ、高分子ポリマーや難分解性のプラスチックを分解できるきのこ、廃木材や生ごみからきのこの酵素を利用して生成するバイオエタノールなど、現在、きのこによる最新バイオテクノロジーの研究はさまざまな進捗を見せている。また、環境にやさしい素材としての活用、薬効による難病治療や、食料問題の解決など、その力が地球環境と社会をよりよくする未来は、そう遠くないかもしれない。

 

 

CHAPTER 2 きのこのSDGs的可能性って?

食卓に並ぶ身近な存在だけど、実はよく知らない。きのこってどう生きて、どんな働きを持っているの?

答える人

Profile
江口文陽博士

1965年群馬県生まれ。東京農業大学長・博士(林学)。「きのこ博士」としてマスコミでも幅広く活躍。専門分野は林産化学、きのこ学。元「日本きのこ学会」会長。

聞く人

Profile
和田匠平さん

2002年兵庫県生まれ。幼少期からきのこに魅せられ、中学で新種のきのこについて共同発表。現在、慶應義塾大学環境情報学部1年生。「日本きのこ学会」に所属。

自然環境を修復し循環させるきのこの力

和田 きのこの研究をしていると、生き延びるためにさまざまな生態を持っていることに驚かされます。まずは先生、自然界においての基本的な働きから教えていただけますか。

江口 食物連鎖における生態系のピラミッドの中で、きのこは「分解者」に位置づけられます。私たち地球上の生命体は、糖質とタンパク質からできている。きのこは、その結合を小さく分解して、もとの環境に修復してくれる働きを持っているわけです。

和田 たとえば木が腐って土になるのもきのこの働きによるものですね。きのこの分類のひとつである木材腐朽菌の酵素が、樹木の中にあるセルロースやタンパク質、リグニンを分解する。

江口 そう。きのこが分解したこの土は良質な有機物質ですから、そこからまた、さまざまな新芽が生えてくる。きのこは、環境を循環させてくれる生き物でもあるわけです。

和田 そして森の自然を支えてくれているわけですね。ところで、きのこが持つ酵素には、さまざまな形で応用できる可能性があると聞きました。現代社会において、どのような可能性が注目されているのでしょうか?

江口 たとえば、きのこによる紙づくり。通常、木材を砕いて紙の原料であるパルプを作るためには多くの化学薬品やエネルギーを必要としますが、木材腐朽菌が樹木のリグニンを分解する働きを用いると大幅なエネルギー削減につながり、環境にやさしい製紙が可能になるといわれています。また研究段階ですが、ゴムや高分子ポリマー、難分解性のプラスチックを分解する酵素を持つきのこの存在がわかっています。さらに、バイオマスの利用やバイオエタノールの製造も進められていて、SDGsを推進するため、実用化に向けゆっくりと、着実に"菌糸"を伸ばしている、というのが現状です。

和田 その力は、人間に生かせることが多いに違いない。僕も今、そう確信しながら研究を続けています。ただ先生、気をつけたいのはきのこが人間にとって必ずしも有益になるとは限らないんですよね?

江口 そのとおり。きのこが物質を分解したときの二次代謝産物が毒性に変わる可能性もあります。人間の都合のいいように、むやみやたらにきのこに分解させるというわけにはいかない。和田 きのこにも分解できないものを人間が作ってしまったと考えると、罪深いですね。木と共生するし、生命の数を調整する役割もある。これらの生態について考えると、おのずとSDGsに向き合うことになります。

 

きのこが人間にもたらしてくれるもの

江口 現在、きのこが人体にどのような効果を示すかということを研究しています。食べると基本的に腸の中で吸収される成分がありますが、これが脳に到達し、臓器にシグナルを送っているのではと仮説を立てています。やがて神経変性疾患、パーキンソン病やアルツハイマー病などに効果を及ぼすものが発見できるかもしれない。紀元前3500年頃のサハラ砂漠の遺跡に、きのこを描いた壁画があります。きのこを食べた人の頭の上に電波のような線が走っている絵なんですよ。

和田 すごい!麻薬や毒として用いられてきた歴史がありますが、転じてよりよく利用できる可能性もあるわけですね。人の役に立つ成分には、ほかにはどういったものがありますか?

江口 美容効果、抗酸化作用など、薬効成分としてのポテンシャルは高いですよ。ただ、肌につける化粧品などは、臭いの問題も解決しないといけない。抽出方法や安全な実用化に向けてはまだまだ発展途上です。

和田 サルノコシカケの仲間であるオオミノコフキタケやカワラタケなど、どこにでも生えている、ありふれた種類でも薬効成分が多く含まれているんですよね。研究が進んで、豊富で手に入りやすいきのこを原料に、特効薬やスーパーフードが作られたら、社会にとってすごくいいですね。

江口 体に取り入れるもの以外では、菌糸を使った「きのこレザー」が世界の各地で開発されています。

和田 菌糸って、植物繊維よりも細いものが多いんですよね。さわってみた感じはいかがでした?

江口 動物性皮革とは違う新素材として面白く感じました。臭いもしないし。ほかには「きのこ染料」。きのこからの抽出成分ではなく、菌糸が絹などの天然繊維に触れることで変色する作用を用いた染色法で、これを用いるとアレルゲンが抑制されるのではないかと注目されています。

和田 きのこファッションが気軽に楽しめることになるかもしれませんね!

 

きのこ研究の未来は楽しく明るい

江口 きのこ研究ってね、セレンディピティ的な事例がよく見られるんです。養毛剤として研究していたきのこに、毛が抜ける作用が発見されたことも(笑)。まったく別の新たなものが見つかったり、失敗したけれど違う成果があったり。若い研究者が何かに気づくことによって、大きな発見につながるんじゃないかと僕は考えています。

和田 その不思議な仕組みを、新しいことに使えるかもしれないですね。たとえば、カラカサタケが傘を伸縮させる仕組みをつかって、壊れにくい雨傘を作ってみるとか……。

江口 それは面白い! 自由な発想で、可能性は大きく広がっていきます。ゆとりを持って、森の中での環境をじっくりと眺める。そうしてみなさんにきのこが教えてくれることから新しい扉を開いてほしいですね。

和田 子どもの頃から、地元の山で研究採集に参加していますが、今、「きのこ少年」「きのこ少女」ってすごく増えているんですよ!

江口 それは頼もしいなあ!

 

 

CHAPTER 3 きのこレザーの魅力を知る

動物由来でなく、生産の際に環境に負担がかからず、資源は再生可能。サステイナブルな新素材として注目を浴びている!

 

好奇心が刺激された「知っているのに知らない」素材

2022年春夏コレクションで、マッシュルーム菌糸由来の人工レザーを使用した服を発表したダブレット。デザイナー井野将之氏は、ほかにもバナナの木の繊維を利用したニットや、「洋服の青山」の余剰在庫を積極的に利用したパンキッシュなルックなど、独自の視点でサステイナビリティをデザインに生かしている。彼が「きのこレザー」に触れて感じたこと、その先にある考えを聞いた。

「さまざまな企業がサステイナブルなものに力を入れ、技術力を駆使して今までなかった素材の開発を行なっている。この現在の状況がとてもクリエイティブだと感じています。僕は、触れたことのない、見たことのない素材に出会いたいという好奇心が出発点。その上で、生産されるときに環境への影響が少ないのなら最高じゃないかと考えています。そうしてネットで見つけたのが、インドネシアのスタートアップ企業マイコテックが開発したマッシュルームレザー『マイレア』です。これは今まで見てきたマッシュルームレザーの中で、いちばん"生"っぽかった。告白しますが、僕、実はきのこの味が苦手で食べられないんです。子どもの頃『食べなさい』と言われても口に入れられず、ずっと眺めていて。誰より観察してきました。『マイレア』は、質感や表面のディテールが、シイタケの軸の部分を開いたようで、まさに僕が対峙してきた、きのこ(笑)。ひと目惚れして、すぐに連絡をとると、先方もダブレットのことを知っていてくれて、いい関係をつくることができました。実際にさわってみると、レザーとも違う、ぬめっとしているというか、生きている感触。サイズや強度の点で不安はありましたが、大いに刺激されました。そこで生まれたのが、環境にいいと謳っているマッシュルームレザーなのに、体に悪そうな毒きのこを描いた"不良の革ジャン"です。洋服というのは、着て気分が上がったり、出かけたくなるようなコミュニケーションが生まれるもの。まず環境配慮が先に立つ、というのは順序が逆だな、と思っていました。そんな中、サステイナビリティを少しひねった、少し違うやり方の表現として、マッシュルームレザーがひとつのヒントをくれたように思います。次に構想しているのは、廃棄されるリアルファーをアップサイクルした"フェイクファー"づくり。まだ見たことのないものを作る、そこにサステイナビリティがこっそり隠れている。そんな態度で、新たな挑戦を楽しみたいと思っています」

1・2 パリ・メンズコレクション公式スケジュールでオンライン配信を行なった2022年春夏コレクション。東京郊外の三鷹オーガニック農園を会場に使用した
3 マッシュルームレザー「マイレア」を用いたライダースの背面には、猛毒のベニテングタケのプリント。「マイレア」は生地のサイズが小さいため、パッチワークでつないでいる。ジャケット¥748,000/エンケル(ダブレット)

Profile
井野将之さん

「ダブレット」デザイナー

1979年群馬県生まれ。パタンナー村上高士とともに2012年「ダブレット」を立ち上げ。’18年「LVMH ヤング ファッション デザイナー プライズ」グランプリを受賞。

 

動物から搾取せず、短い期間ででき上がる新レザー

カリフォルニア州に拠点を置く、科学者とエンジニアのチーム「ボルト・スレッズ」。動物由来や合成のレザーの代用として、サステイナブルな環境を築くため、菌糸体をベースにしたレザー「Mylo™」を開発した。「いっさい動物を利用せずに、見た目もさわり心地も本物のレザーのようなものは何だろうと考えたとき、それは地球上に38億年も存在する、きのこの菌糸体を培養して、新しい素材を作ることでした」と、同社のCEOでファウンダーのダン・ウィドマイヤー氏。「Mylo™」の生産方法は、林床できのこが生まれる過程を室内の管理された環境で再現すること。菌糸の細胞をとって、おがくずを与え、湿気と温度が管理されたトレーの上に置く方法で約2週間以内に生成。何年もかけて家畜を育てる動物由来のレザーに比べ非常に早い。菌糸体が採れたあとは、シート状になるように、環境にやさしい「グリーン・ケミストリー」の技術を用いて、加工する。プロダクトの魅力は、「しっかりとした感触があり、丈夫なのにしなやかで柔らかい点です。ファッション業界に提供している理由は、多くの消費者が存在するからこそ社会に与えるポジティブなインパクトも大きいから」とも語る。すでにステラ・マッカートニーやアディダスなどに素材を提供し、「Mylo™」を使用した「ルルレモン」社のヨガマットや、ダッフルバッグが今春に、また「GANNI」社のリミテッド・コレクションも今年中に発売される予定。「年々の人口増加に伴い、レザーの需要も高くなります。『Mylo™』のように、よりスマートな解決策が必要です」

4 「Mylo™」が培養される施設は、100%持続可能な再生エネルギーを使用。米国農務省によるバイオベース製品認証もされており、自然界の持続可能な原料を主成分としている
5 石油由来の合皮に比べ、マテリアルは強固でクォリティが高く、ソフトな感触を持つ。環境に配慮するだけでなく、高い品質を誇ることで「Mylo™」は多くのブランドに支持されている

Profile
ダン・ウィドマイヤーさん

「ボルト・スレッズ」CEO

カリフォルニア大学サンフランシスコ校で化学とケミカル・バイオロジーの博士課程を修了。2009年に「ボルト・スレッズ」を設立し、同社のCEOを務める。

 

 

CHAPTER 4 きのこレザーグッズ、最前線!

2022年は、菌糸由来レザーを用いたアイテムが百"茸"繚乱。"生"長の著しいモードな姿を目撃せよ

 

Stella McCartney ビスチェ&パンツ

2017年から、ボルト・スレッズとの共同開発にかかわってきたステラ マッカートニーは、リサイクルナイロンスキューバに「Mylo™」を重ねた、スポーティな服を発表。素材独特のきめ細かな艶が、新鮮なセンシュアリティを加える。ビスチェ・パンツ(参考商品)/ステラ マッカートニー カスタマーサービス(ステラ マッカートニー)

 

Hermès バッグ「ヴィクトリア」

軽やかに仕上がったボストンバッグ「ヴィクトリア」。琥珀色の素材は、エルメスがカリフォルニアが拠点の企業・マイコワークスと共同開発した、独自の菌糸由来レザー「シルヴァニア」。強度と耐久性を高めるため、素材をフランスに輸送し、エルメスの職人によるメゾン伝統のなめし工程と仕上げを施した。 
バッグ(参考商品)/エルメスジャポン(エルメス)

 

lululemon ジムバッグ

カナダ発のアスレティックウェアブランド、ルルレモンは、「Mylo™」を使用したヨガアクセサリーのコレクションをローンチ。ヨガマットは100%使用、ダッフルバッグにはハンドルとストラップに採用。
バッグ〈H31×W54×D24〉¥35,800〈2022年2月8日発売予定〉/lululemon

 

Doublet シューズ&グッズ

(左)マイコテックが開発した「マイレア」を使用。リアルなマッシュルームの質感を生かしたシューズ。マイコテック社は日本での拠点も構想中だ。
靴¥90,200(ダブレット)
(下右)マッシュルームレザーで作ったマッシュルームポーチ。「軸」の部分の"きのこらしさ"に注目。
ポーチ¥35,200
(下左)「傘」の部分ががまぐちに。
ブローチ¥30,800/エンケル(ダブレット×ベータポスト)

 

adidas originals スニーカー「スタンスミス」

「Mylo™」を「ゲームチェンジャーとなりうる素材」と考えブランドのアイコン「スタンスミス」に用いることで、より影響力のある環境問題解決へのステートメントとしたアディダス。ヒールタブのオーバーレイに「Mylo™」を採用し、ミッドソールは天然素材のラバーを。
スニーカー(価格未定)/アディダス ジャパン(アディダス オリジナルス

 

 

SOURCE:SPUR 2022年3月号「知りたい、きのこのチカラ」
photography: Takehiro Uochi〈TENT〉 styling: Michie Suzuki(fashion) edit & text: Azumi Kubota artwork & illustration: Wei Hsuan

FEATURE
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