何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"マイクロアグレッション"に気づく

先入観や思い込みなどによって、気づかぬうちに相手を傷つけてしまうことがある。多様なバックグラウンドを持つ人々と共に生きる時代において、知っておきたい知識を学ぶ。

マイクロアグレッションとは何ですか?

日本ではまだまだなじみのないこの言葉の意味、そして私たちが今後意識すべきことなどを社会学者の下地さんに聞いた。

お話を聞いたのは……
下地ローレンス吉孝さん
しもじ ろーれんす よしたか●1987年生まれ。社会学者。「ハーフ」や海外ルーツの人々への差別や人権をめぐる問題に取り組む。著書に『「ハーフ」ってなんだろう? あなたと考えたいイメージと現実』(平凡社)ほか。

Question.1

昨今耳にする"マイクロアグレッション"という言葉の意味を教えてください。

「"マイクロ=日常の、アグレッション=攻撃性"と訳し、無意識の偏見や無理解による言動で相手に心身的なダメージを与えること。"マイクロ(小さな)"とはダメージの程度ではなく、"日常で気づかれにくいほどありふれた"という意味で、言った本人に自覚がない場合も多いと言われています。マイクロアグレッションは見過ごされることが多く、日常にあふれているからこそ根深い問題。具体的には人種、ジェンダー、性的指向、宗教を軽視したり侮辱したりするような言葉がそれにあたります。日本でマイクロアグレッションが注目され始めたのは、2019年~2020年頃と最近になってから。まだまだ一般的に浸透しているとは言い難い状況で、認知度が低く、人々の危機感が薄いことは課題といえます」(下地さん、以下同)

Question.2

実際に起こった具体的な事例は?

「有名かつわかりやすいのは、2017年イギリスBBCの生放送中に起きた事例です。自宅から中継で解説していたイギリス人教授の後ろに、子どもと韓国人女性が映り込むというハプニングが起き、その際、視聴者の多くが教授の妻であるその女性を"ハウスキーパー"と勘違いしたことが議論を呼びました。これは性別や人種の関係性に基づいて起きたマイクロアグレッションの一例です」

Question.3

マイクロアグレッションを受けた側の影響にはどんなものがありますか?

「受け手は"気にしすぎる自分が悪い"と言われ、自己肯定感が下がったり、幸福感を感じにくくなります。日常的に小さな攻撃性を持つ言動を受け続けることでストレスがかかり、病気になりやすくなったり、精神疾患を招くことも。ある研究で被害者は、平均寿命が縮むという結果も出ています。また、行動にも影響を与えるので、教育や雇用の場にアクセスしにくくなるとも言われているんです」

Question.4

私たちがマイクロアグレッションの加害者にならないためにはどんな意識を持てばいい?

「まずは、異なる背景を持つ人のことを想像し、一人ひとりを尊重すること。マイクロアグレッションの多くは、人種や性別など一般的なイメージに基づく固定概念や無意識の決めつけが原因で起きます。そして"自分は差別をする可能性がある"という認識を持つこと。"自分はしない"と思い込んでいると、間違いを指摘されても気づけない。『そんなつもりじゃなかった』と言い訳したり、『気にしすぎじゃない?』と受け手側の問題にすり替えて、さらに傷つけることに。完全に偏見をなくすのは難しいからこそ、誤りを受け入れ、先入観を訂正することが大切です

─下地さん推薦─

マイクロアグレッションへの理解が深まる作品

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_1

(右)「ミックスルーツの人が受けるマイクロアグレッション、その受け止め方と葛藤が垣間見えます」(下地さん、以下同)。日本で暮らす"ハーフ"たちのリアルを描くマンガ。『半分姉弟』 藤見よいこ著/トーチwebにて連載中 (左)「中学生向けの学習本なので人種への理解を深める最初の一歩に」。ハーフとされる人の声を聞き、そのイメージを問い直す。『「ハーフ」ってなんだろう?』下地ローレンス吉孝著/平凡社

マイクロアグレッションになり得る言動

褒めたつもりが相手を傷つけていたり、知らず知らずのうちに深刻なダメージを与える場合も。どんな言葉や行動がマイクロアグレッションになるのか、下地さんが解説する。

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_2

「海外にルーツを持つ人を外見で判断し、『日本語上手ですね』と話しかけるのは相手が"日本人のはずがない"という無意識の偏見です。日本で生まれ育ち、日本人として生きている人も数多くいることを知ってほしいです。"ハーフ"や"黒人"といった人種に抱くイメージでくくり、本人の個性を尊重しないのは、たとえ褒めたつもりでも言われた側は傷つく可能性があります。そもそもハーフという言い方を好む人もいれば、そうでない人もいます。最近では「ミックス」を用いる人もいて、カテゴリーで決めつけるのではなく、相手の考えにまず耳を傾けることが大切です」(下地さん、以下同)

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_3

「相手が異性愛者だという前提で会話をしないよう注意しましょう。同性愛者やアセクシュアルなど多様なセクシュアリティがあります。また、ジェンダーのステレオタイプに引っ張られて贈りものをすることも気をつけたいですね。女性に家事に従事することを示唆する品を贈ることは"女性=家庭に入る"という思い込みによるもの。病院で女性医師を看護師と勘違いしたり、女性を男性のアシスタントだと思い込むことも、女性の役割を限定して捉えていることの表れです」

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_4

「家庭環境や宗教、年齢などに対する無意識の先入観も多く存在します。たとえば、相手が"当たり前"に大学を出ていると思い込み、出身大学を聞く人は少なくありません。日本の大学進学率は54.4%ですから、こういった質問は半数の人にとって適切ではありません。また、今後は、両親が揃っていること、さらに両親が異性であるという思い込みも改めましょう。ほかにも、「地方出身なのに」という言葉は地方に対するネガティブな印象を持っていることを相手に伝え、傷つけている可能性があると意識しましょう」(※2020年度文部科学省の学校基本調査)

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_5

「言葉ではなく、行動によって人を傷つけるパターンもあります。たとえば、相手をジロジロ見るという行為は"自分とは違う"という無言のメッセージを人に与えます。相手の状況を理解する前から、高齢者や体に障がいのある人に対して大声で話しかけたり、幼い子どもに話すように接するのは、『自分よりも劣っている』という偏見から来るものかもしれません。高齢者や障がい者などを慮る気持ちが時として過剰な言動につながり、相手を傷つける場合があることを意識しましょう」

現代の社会に合った"新しいコミュニケーション"を目指して

「コミュニケーションのハウツーや正攻法としてマイクロアグレッションを知る必要があるのではなく、まずは相手の思いや立場について想像力を働かせてみることが大切。人種や性別、宗教など個人のいくつかのアイデンティティが組み合わさることによって起こる差別もあり、人のバックグラウンドは想像以上に複雑。時代に沿った、新しいコミュニケーションの仕方を模索し人と人とのつながりや視野を広げ、差別や攻撃的な言動を回避することが重要です」

異なる立場からマイクロアグレッションを考える

マイクロアグレッションがもたらす痛みとは? 自身もマイノリティとされる立場にあり、差別や偏見をなくすための発信を続ける3人の方に話を聞いた

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_6

くりす よしえ●1977年生まれ。障がい者の社会参加に取り組むNPO法人「スローレーベル」を立ち上げる。2016年リオ・パラリンピック閉会式、東京2020パラリンピック開閉会式では、ステージアドバイザーを務めた。12月11日に横浜の「象の鼻テラス」にてイベント「ソーシャルサーカスフェスタ」を開催予定。

人やコミュニティとともに参加型の作品を作るアーティストの栗栖良依さん。2010年に骨肉腫を患い、右下肢機能が全廃し、障がい者となった。

「日常であからさまな差別を受けたり、見たりすることはあまりありませんが、些細なことで複雑な気持ちになることがあります。たとえば車椅子の方は、自分と会話しているはずなのに車椅子介助者のほうを向いて話をされることがよくあるそうです。ほかにも、狭い飲食店に行くと『ランチタイムを過ぎた後に来て!』と言われたり。そのほうがゆっくり寛げると配慮してくださったのでしょう。でも、受け手の感じ方も人それぞれ。過剰な手助けは不要という人もいれば、配慮が足りないという人もいます。だから、〝障がい者〟とひとくくりにするのではなく、個々に必要なことを考えるのが大事。視覚障がいと言っても全盲ではなく、弱視の人もいますし、聴覚障がいのように外見ではわからない場合もあります」

そして、障がい者=生きづらいという思い込みが偏見につながると語る。

「確かに不便なことはありますが、私は病気になる前のほうがずっと生きづらかった。なぜなら他の人と同じようにしないといけないと思い込んでいたから。体が不自由になったことで、〝他の人と同じではない〟と気づき、心が自由になりました。それは人とコミュニケーションを取る上で大きな気づきとなったんです。障がい者だから優しくするのではなく、目の前の人を思いやる気持ちが大事だと思う。それは巡り巡って必ず自分の生きやすさにもつながるから。つまり、マイクロアグレッションは誰かのためではなく、自分ごと。そう思うと、世界の見え方、言葉や行動が変わってきます。

また、言葉や知識を増やすことも大切ですが、〝こういう人にはこう言おう〟と、マニュアル化してしまっては意味がない。一人ひとり違う人間であることを理解して、常識にとらわれないこと。これは身体的な特性だけではなく、ジェンダーや国籍、育ってきた環境にも言えることです。結局は、どれだけ相手の立場になって思いやりを持てるかだと思います」

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_7

さりー かえで●1993年生まれ。慶應義塾大学大学院で建築を学んだのち、都内の大手建築設計事務所に就職。建築デザイナーとして活動するほか、LGBTQ +に関する情報発信や講演、メディア出演も。自身が出演したドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』がNetflixほかで配信中。

LGBTQ+当事者であることを公開しながらモデル活動やメディア出演などを行うサリー楓さん。大学院在学中に社会的な性別を男性から女性に変え、就職活動を経て大手設計事務所に就職。建築デザイナーとしての顔も持つ。

「就活中はカミングアウトのタイミングや服装といったことで悩みました。また、採用担当者にLGBTQ+の対応について質問したとき、〝自分は理解しているけれど、上司や外部の人はどう思うかわからない〟と言われ、心がざわついたことも。日常会話の中でも〝普通〟と言われると敏感になります。その人の〝普通〟が必ずしもその場にいる人全員に当てはまるわけではありません。また、〝彼女〟〝彼氏〟といった言葉も違和感がある。今、LGBTQ+の人は日本の人口の約1割と言われていて、異性愛を前提に話をされるとリアクションしづらくなります。現代は、デミロマンティック、アロマンティックなど恋愛的指向の種類もたくさん。言葉があると便利ですが、分類されたくない人、曖昧な人を無理やり自分の知っている言葉に当てはめようとしたとき、偏見や差別は起きると思います」

そう語るサリー楓さんも、自身の配慮が足りなかったと反省した経験がある。

「今、ジェンダーや身体的特徴、国籍を問わずに使える〝誰でもトイレ〟を設計しているのですが、当初は車椅子の方が入れるように幅や動線ばかり気にしていました。ただ、車椅子の方に話を聞くと下半身付随ではなく、半身付随の方も相当数いて、前屈みができない人も多く、私が採用しようとしていたドアノブだと手が届きにくいと指摘がありました。当事者の話を聞いて、初めて自分の視座が及んでいなかったと気づいたんです。最近、炎上や非難を恐れて誰かを傷つけないよう、最初から関わりを持たないという選択を取る人がいますが、それでは根本的な解決にはなりません。失敗や間違いをしても勇気を持って関わり、相手を知ることができなければ溝は埋まらないまま。そして、受け手や周囲は、間違いや失敗をした人を必要以上に非難せず、見守る姿勢も大切でしょう」

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_8

かわわだ えま●1991年生まれ、千葉県出身。イギリス人の父親と日本人の母親を持つ。早稲田大学在学中に制作した映画『circle』が、東京学生映画祭で準グランプリを受賞。2014年より、是枝裕和監督が率いる映像制作集団「分福」に所属し、監督助手も務める。『マイスモールランド』(’22)で長編デビューした。

「日本で生まれ育ちましたが、小さい頃から知らない人に『ガイジン』と言われたり、『どこから来たんですか?』と話しかけられたり。そうした経験が積み重なり、生まれ育った場所を自分の国と思いづらく、〝あなたは日本人じゃない〟と周りから否定されているような感覚がありました」

そう話すのは、イギリス人の父と日本人の母を持つ映画監督の川和田恵真さん。

「約7年前、国を持たないクルド人の存在を知り、調べると日本にも難民として2000人ほどいるとわかりました。彼らと会い、対話を重ねる中で、自分が長年抱えていた〝国とは何か、故郷はどこか〟という問いを正面から考えるきっかけになりました。日本に暮らすクルド人家族を描いた作品を撮るにあたって、オーディションに来てくれたミックスルーツの人と話をしていると、多くの人が過去に外見で判断された経験を持っていると知りました。『日本語上手ですね』『どこから来たんですか?』という言葉は悪気なく発せられるのだと思いますが、そのベースには、日本にいる外国人が〝生活者〟であることへの理解の低さがあるのだと思います。留学生や観光客のようにあくまで〝外の人〟。日本のドラマや映画を見ても、海外にルーツを持つ登場人物が極端に少なく、いたとしても特殊なキャラクターとして描かれています」

自身が10代の頃は、周囲と違う自分をネタにし、笑顔で受け流していたという。

「〝この見た目だから仕方ない〟と受け入れていたのですが、同じことで苦しむ人がいるかもしれないと思うようになり、今は一言でも伝えるように。もちろん、相手に悪気がないこともわかっているので、強い不快感を表すような言い方はしませんが、〝こういう人もいるんだよ〟と指摘します。ただ、指摘する側にも勇気がいりますし、どんな状況でも言えるわけではない。だからこそ、私は映像作品を通して、この世の中にはいろんなルーツの人がいる、と伝えたいのかもしれません。国籍やルーツなど多様なバックグラウンドを持つ人々を描くことで、〝当たり前〟の感覚が少しずつ変わっていけばいいなと思います」

作品からマイノリティへの理解を深める

─栗栖さん推薦─

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_9

「主人公は弱視。視覚障がい者=全盲ではないことが丁寧に描写されています」(栗栖さん)。「恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜」huluにて配信中

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_10

「当事者の気持ちが繊細に描かれていると感じます。社会的な話題に踏み込みつつも堅苦しくないので鑑賞しやすく、気づきも多い作品です」(栗栖さん)。「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」Netflixにて独占配信中

─サリー楓さん推薦─

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_11

「どこにも分類できない人がいる、と知るきっかけになるはずです」(サリー楓さん)。既存のセクシュアルマイノリティに適応しない著者が綴るノンフィクション。『男であれず、女になれない』 鈴木信平著/小学館 

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_12

「カミングアウト直後の手探りな時期に撮影。映画を観た次の世代の人の救いになればうれしいです」(サリー楓さん)。サリー楓さんに密着したドキュメンタリー映画。『息子のままで、女子になる』C2021「息子のままで、女子になる」

─川和田さん推薦─

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_13

「社会や未来を考えるきっかけになれば」(川和田さん)。埼玉に住むクルド人の少女が、ある日在留資格を失い日常を奪われる。映画『マイスモールランド』Blu-ray & DVD12月23日発売予定/バンダイナムコフィルムワークス

何げなさの中にひそむ差別や偏見。日常の"の画像_14

「生活者としての外国人の経験、日常を知れる本です」(川和田さん)。幼少より日本で暮らすイラン人の著者の手記。『ふるさとって呼んでもいいですか 6歳で「移民」になった私の物語』 ナディ著/大月書店

FEATURE
HELLO...!