PART1 同性婚法制化から10年、ニュージーランドの今を知る

10年前、アジア・太平洋地域で初めて同性婚が法制化された場所。その国の人々に聞く、ニュージーランド社会の現在とは

同性婚カップルが見つめる社会

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池田 宏

いけだ ひろし●自営業の傍ら、日本での同性婚の実現を訴える公益社団法人「Marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」でも活動中。

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フィリップ・ターナー

ニュージーランド出身。長年、外交官を務め、2018年に駐韓大使となった際はパートナーである池田さんとともに赴任した。

フィリップ・ターナー、池田 宏

同性カップルを包摂して進化していく先駆的社会
出会ったのは東京、しかしふたりで生きる場所としてニュージーランドを選んだ池田宏さんとフィリップ・ターナーさん。「日本ではゲイであることを家族にも言いにくい状況で、自分らしく生きられないと感じていた」と語る池田さんは、1996年に移り住んだターナーさんの祖国で、まさに自分らしく生きる自由を実感したという。

「フィリップは在日大使館に勤める外交官でした。当時からニュージーランドの外務貿易省は同性カップルも家族として外国に赴任させていると聞いたときは驚きました。日本とは異なり、すでにオープンな社会に入っていったので、移住してからは抵抗感なく周囲の人に〝フィリップと一緒なんです〟と言えたんです」(池田さん)

「とはいえ1986年までは男性同士の性的関係は違法で、厳しい環境でした。少しずつ変化し、ふたりでオークランドで暮らし始めた頃にはゲイだと言いやすくなっていた。もともとヨーロッパの伝統的社会とは違う社会をつくろうという意向がある国なので、世界でも進んでいたのかな」(ターナーさん)

その1986年の法改正以降、1993年には包括的差別禁止法が可決されて性的指向による差別が禁じられ、3年以上同居すると資産の公平な分配を保障する事実婚が、同性カップルにも適用された。そして2004年にシビル・ユニオン(法的に承認されたパートナーシップ制度)が制定される。ふたりも事実婚を経て2010年にシビル・ユニオンを結び、オークランドと東京で盛大に式とパーティを開いて、家族や友人の祝福を受けた。さらに2013年には同性婚が合法化され、2018年に結婚。ターナーさんが新たに韓国に赴任するにあたり、池田さんは韓国政府が認めた史上初の同性の外交官配偶者となる。

「同性婚が合法化されたときはやっぱりうれしかったですが、個人的には差別禁止法とシビル・ユニオンが持つ意味のほうが、同性婚より大きいと思っていて。これらにより社会は変化し、シビル・ユニオンで国内では結婚とほぼ同じ権利を手にしていました。ただ外国では浸透していない制度なので、赴任にあたり法的な婚姻関係を結ぶことにしました」(ターナーさん)

「シビル・ユニオンが設けられたときには、キリスト教関係者などが反対を表明しました。でも他の国々のようにヘイトが表に出ることはなかった気がします。そしてシビル・ユニオンを結ぶ同性カップルが増えるにつれて、もはや議論にもならなくなりました。〝だから何?〟という感じで」(池田さん)

オークランドで毎年行われるプライドパレードには、その時々の首相はもちろんのこと、保守系も含めて主要政党の党首が参加。「社会に多様性が浸透したことを示していると思う」とターナーさんは話す。そんなニュージーランドに何か不満があるとしたら、LGBTQ+のコミュニティで集まる場がなくなりつつあること。

「オークランドにもゲイ・エリアと呼べる場所があったんですが、もうわざわざ自分たちだけで集うゲイ・バーに行かなくてもいいという感覚が広がって、流行らなくなってしまった。パレードにも一般的なファミリーが多くやってきますしね。ちょっと寂しいところがあります(笑)」(池田さん)

翻って日本では、同性婚に関する民意がシフトする中、政治の側が抵抗していることをふたりは不思議だと語る。

「選挙の際は皆さんに、候補者のジェンダー政策も踏まえて投票してほしい。そして選ばれた議員の方々も、自分の価値観で国の政策を左右するのではなく、国民の考えを反映させてもらいたいですね」(池田さん)

ニュージーランドで婚姻届を提出した同性婚カップル数

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このほかシビル・ユニオンの届出もあり、多くの同性カップルがパートナーとしての登録を行なっている。(Stats NZにより発表されているレポート「Marriages, civil unions, and divorces」をもとに2年ごとのグラフを作成)

モーリス・ウィリアムソンさんが語る、同性婚の世界

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モーリス・ウィリアムソン

ニュージーランド国民党に所属する政治家。1987年から30年間にわたり国民党所属の国会議員を務めたのち、在ロサンゼルス・ニュージーランド総領事に任命される。昨年にはオークランド評議会議員として政界に復帰した。

©Getty Images

モーリス・ウィリアムソン
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世界が拍手喝采したスピーチがもたらしたもの
今からちょうど10年前の2013年4月、同性婚を合法化する法案の採決を前に、ニュージーランドの国会でひとりの議員がスピーチを行なった。その映像はこれまでに1千万回以上再生され、世界中に拡散。一躍脚光を浴びたのがモーリス・ウィリアムソンさんだ。日本のメディアでもたびたび紹介されたこのスピーチで彼は、同性婚に反対することの無意味さを、ユーモアを駆使して巧みに説いている。

「私はただ『あなたがたが結婚を考えている同性愛者でない限り、この法案はいっさい影響を与えない』と言いたかっただけ。これほど騒がれたことが不思議でたまりません」と語るウィリアムソンさん。当時は建設大臣を務めており、実は多忙のあまり、スピーチを頼まれていたことをすっかり忘れていた。

「夜の7時半頃だったか、政府庁舎の執務室で仕事をしていたら携帯電話が鳴って、〝すぐに来て!〟と呼び出され、慌てて国会議事堂に向かいました。そして、いくつかのポイントを書きなぐったメモを片手に話したんです。その後執務室に戻って一杯飲んでいたんですが、報道官が血相を変えてやってきて、YouTubeに投稿されたスピーチの映像がバズって、取材依頼が殺到しているという。今思うと、用意した原稿を読み上げるのではなく、勢いに任せたことが功を奏したのでしょう。原稿を読み上げるだけでは退屈で、インパクトはなかったかもしれません」

この法案を議会に提出したのは、リベラルな労働党に所属する、レズビアンの議員だった。当時政権を担っていた保守系の国民党の議員の中には強硬な反対派もいたそうだが、賛成77・反対44で法案は無事可決。党議拘束がない〝Conscience Vote〟という採決形式がとられ、議員が政党の立場に縛られずに票を投じたからだという。

ちなみにウィリアムソンさんも国民党の一員だが、「私はいわゆるリバタリアンで、他人を傷つけたりしない限り、同意のある成人の間で行われることに口を挟まないスタンスを取っています」と話す。そんな信条も、エモーションよりロジックを重視したスピーチと無関係ではない。締めの言葉として旧約聖書の申命記の言葉〝恐るるなかれ〟を引用していたが、果たして反対派は何を恐れていたのだろう?

「変化に抵抗する理由はたいてい、未知の領域への恐怖です。敬虔なカトリック信者である私の母が好例で、同性婚に反対していました。『同性婚のどこがいけないと思う?』と尋ねても、『とにかく間違っている』と繰り返すだけ。だから『具体的にどこが間違っているの? 近所に住むゲイ・カップルが結婚したとしても、ママの人生は変わらないよ』と15分くらい話したら、納得してくれました」

もうひとつウィリアムソンさんが指摘するのは、政治家を及び腰にさせる、票を失うかもしれないという恐怖だ。

「だから賛成したいけど票を投じられないという議員が多くいましたし、お前は次の選挙で落選すると私も散々言われました。しかし翌年の選挙では得票率がアップしたんです。正しい選択をしないで議席にしがみつくことを優先するなど言語道断ですし、結局反対した議員の多くが、のちに『私は間違っていた。今採決が行われたら賛成する』と公言しています。他方で、賛成した議員にはひとりとして、『今採決が行われたら反対する』と言う者はいません」

そして10年間でLGBTQ+の議員は全体の1割を占めるに至り、1月まで副首相を務めたグラント・ロバートソンも、同性パートナーを持つ男性だった。「私が初当選した1987年には考えられなかったことですが、世界は常に変化し、価値観も変わります」とウィリアムソンさん。今も彼のスピーチに心を動かされた日本人からメッセージが寄せられるといい、日本での同性婚の実現に頼もしいエールを送る。

「反対派にはシンプルに訴えることが重要です。たとえば、同性婚を合法化した国の中に、社会に悪影響を与えたから撤廃するという国がありますか? と問う。みんな答えに窮するでしょう。あるいはLGBTQ+の人権を侵害する国々と同一視されたいですか?と尋ねてください。そして何よりも日本の政治家たちに、〝Stop being silly(バカげたことはやめよう)〟と伝えたいですね。つべこべ言わずに異性愛者と同じ権利を同性愛者に与えてください。スピーチでも触れた通り、災厄は起きません。明日も太陽は昇ります(笑)。現在のニュージーランド社会がそれを証明していますし、視察をしたい方がいたら、私が喜んでご案内しますよ」

モーリス・ウィリアムソン

This is fantastic for the people it affects, but for the rest of us, life will go on.

この法案は当事者からすれば素晴らしいものですが、残りの者にとっては変わらない人生が続くだけです。

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