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世界が拍手喝采したスピーチがもたらしたもの 今からちょうど10年前の2013年4月、同性婚を合法化する法案の採決を前に、ニュージーランドの国会でひとりの議員がスピーチを行なった。その映像はこれまでに1千万回以上再生され、世界中に拡散。一躍脚光を浴びたのがモーリス・ウィリアムソンさんだ。日本のメディアでもたびたび紹介されたこのスピーチで彼は、同性婚に反対することの無意味さを、ユーモアを駆使して巧みに説いている。
「私はただ『あなたがたが結婚を考えている同性愛者でない限り、この法案はいっさい影響を与えない』と言いたかっただけ。これほど騒がれたことが不思議でたまりません」と語るウィリアムソンさん。当時は建設大臣を務めており、実は多忙のあまり、スピーチを頼まれていたことをすっかり忘れていた。
「夜の7時半頃だったか、政府庁舎の執務室で仕事をしていたら携帯電話が鳴って、〝すぐに来て!〟と呼び出され、慌てて国会議事堂に向かいました。そして、いくつかのポイントを書きなぐったメモを片手に話したんです。その後執務室に戻って一杯飲んでいたんですが、報道官が血相を変えてやってきて、YouTubeに投稿されたスピーチの映像がバズって、取材依頼が殺到しているという。今思うと、用意した原稿を読み上げるのではなく、勢いに任せたことが功を奏したのでしょう。原稿を読み上げるだけでは退屈で、インパクトはなかったかもしれません」
この法案を議会に提出したのは、リベラルな労働党に所属する、レズビアンの議員だった。当時政権を担っていた保守系の国民党の議員の中には強硬な反対派もいたそうだが、賛成77・反対44で法案は無事可決。党議拘束がない〝Conscience Vote〟という採決形式がとられ、議員が政党の立場に縛られずに票を投じたからだという。
ちなみにウィリアムソンさんも国民党の一員だが、「私はいわゆるリバタリアンで、他人を傷つけたりしない限り、同意のある成人の間で行われることに口を挟まないスタンスを取っています」と話す。そんな信条も、エモーションよりロジックを重視したスピーチと無関係ではない。締めの言葉として旧約聖書の申命記の言葉〝恐るるなかれ〟を引用していたが、果たして反対派は何を恐れていたのだろう?
「変化に抵抗する理由はたいてい、未知の領域への恐怖です。敬虔なカトリック信者である私の母が好例で、同性婚に反対していました。『同性婚のどこがいけないと思う?』と尋ねても、『とにかく間違っている』と繰り返すだけ。だから『具体的にどこが間違っているの? 近所に住むゲイ・カップルが結婚したとしても、ママの人生は変わらないよ』と15分くらい話したら、納得してくれました」
もうひとつウィリアムソンさんが指摘するのは、政治家を及び腰にさせる、票を失うかもしれないという恐怖だ。
「だから賛成したいけど票を投じられないという議員が多くいましたし、お前は次の選挙で落選すると私も散々言われました。しかし翌年の選挙では得票率がアップしたんです。正しい選択をしないで議席にしがみつくことを優先するなど言語道断ですし、結局反対した議員の多くが、のちに『私は間違っていた。今採決が行われたら賛成する』と公言しています。他方で、賛成した議員にはひとりとして、『今採決が行われたら反対する』と言う者はいません」
そして10年間でLGBTQ+の議員は全体の1割を占めるに至り、1月まで副首相を務めたグラント・ロバートソンも、同性パートナーを持つ男性だった。「私が初当選した1987年には考えられなかったことですが、世界は常に変化し、価値観も変わります」とウィリアムソンさん。今も彼のスピーチに心を動かされた日本人からメッセージが寄せられるといい、日本での同性婚の実現に頼もしいエールを送る。
「反対派にはシンプルに訴えることが重要です。たとえば、同性婚を合法化した国の中に、社会に悪影響を与えたから撤廃するという国がありますか? と問う。みんな答えに窮するでしょう。あるいはLGBTQ+の人権を侵害する国々と同一視されたいですか?と尋ねてください。そして何よりも日本の政治家たちに、〝Stop being silly(バカげたことはやめよう)〟と伝えたいですね。つべこべ言わずに異性愛者と同じ権利を同性愛者に与えてください。スピーチでも触れた通り、災厄は起きません。明日も太陽は昇ります(笑)。現在のニュージーランド社会がそれを証明していますし、視察をしたい方がいたら、私が喜んでご案内しますよ」
This is fantastic for the people it affects, but for the rest of us, life will go on.
この法案は当事者からすれば 素晴らしいものですが、 残りの者にとっては 変わらない人生が続くだけです。