日本のトイレを、世界に誇る"おもてなし"文化と位置づけたのが渋谷区の公共トイレプロジェクト。2023年、16人のクリエイターたちによって全17カ所の公共トイレが個性豊かに生まれ変わった。デザイン性だけではなく、すべてがユニバーサルトイレとして機能する。地域の防犯性を高め、人々の暮らしに寄り添うコンセプトを取り入れるなど、公共のトイレの意味合いを広げる役目を果たす
THE TOKYO TOILETを発案し、日本財団と協働して渋谷区内の公共トイレ整備の資金提供を行なったのは、柳井康治さん。プロジェクト始動のきっかけとそこに込めた思いを聞いた
トイレを快適で安心して使える場所に再生したデザインの力
2020年から東京・渋谷に突如出現し始めたパブリックアートのような公共トイレの数々。これらは安藤忠雄、隈研吾、マーク・ニューソンなど名だたるクリエイターたちが手がけたもの。「THE TOKYO TOILET」発案者の柳井康治さんはロンドンパラリンピックのCM『Meet The Superhumans』がプロジェクトのきっかけになったと振り返る。
「パラアスリートにフィーチャーした動画にものすごく感動したんです。東京パラリンピックを迎えるにあたって、私も障がいがある方たちのために何かできないかと思いました。当初は障がい者専用の施設を作ることを考えましたが、昔、父と交わした会話がふと頭をよぎりました。『障がい者と健常者を分けて考えること自体、ナンセンス。人は誰もが一人ひとり違う。誰ひとりとして同じ人はいないという意味では平等なんだ』と。そこで、障がいの有無だけではなく、性別や年齢、国籍にかかわらず、誰でも使える施設を作ろうと考えたのです」
では、どのような施設にするか? 私たちは一日に一度もトイレに行かないという日はない。だったら、誰もが安心して快適に使えるトイレを作ればいいのではないか、と。
「さまざまな方と相談する中で、日本財団と社会課題の解決を図る協定を結び、国内外への発信力も高く、オリンピック関連施設も多い渋谷区での実施を決定。区内約80カ所の公共トイレを訪れると、暗い、臭い、怖い、汚いの〝4K〟揃い。女性や子どもの利用者はほぼなく、障がい者の方が使える広さや設備もないところがほとんどでした」
公共トイレのイメージを払拭し、課題を克服するためにはクリエイティブの力が必要だと感じた柳井さん。16人のクリエイターに自身の想いを伝え、協業することに。
「クリエイターからの多様なアプローチは、どれも刺激的でワクワクしました。それぞれの地域性や街のニーズをくんでいて、思わず行ってみたくなる場所になると確信しました」
そして個性豊かな美しいトイレが完成。しかし、このプロジェクトは再生して終わりではない。誰もが気持ちよく利用できるよう通常1日1回の清掃を最大3回までに増やし、メンテナンスにも力を入れている。中には利用者の数が7倍になった場所もあるという。
柳井さんはこれまであまり光の当たることのなかったトイレ清掃員の存在をもっと知ってもらいたいと思い、NIGO®さんに制服のデザイン監修を依頼。ユニフォームが目印になり、利用者から温かい声をかけてもらったという報告も。また清掃員を主役にした映画『PERFECT DAYS』(’23 年12月公開)をヴィム・ヴェンダース監督とともに製作した。
「トイレをきれいにしてもらって当たり前ではなく、感謝の気持ちを忘れずにいたい。ただ、どれだけ美しいトイレでも故意に汚す人はいる。その意識をどうやったら変えていけるのかを考えるのは、今後も取り組んでいきたい課題です。このプロジェクトが人々の意識変容のきっかけとなればうれしいです」