#59 パタゴニアを駆ける香り

この香水の名前、「フエムル」と言います。辞書でひくと「ゲマルジカ」とありました。どうやらパタゴニアに生息する中型の種類の鹿のことらしい。主役はムスク、そしてジャスミン。心地よい野趣が漂う、エキゾチックなウッディームスクです。

グランド ハイアット 東京 1階のフェギア 1833のプロファイリングを受けました。パルファム・コンシェルジュの春薗さんによるセッションは、自分の食べ物の嗜好や好きな布の素材、時間帯、季節などを伝えることから始まります。その回答を熟考したのち、春薗さんは2種類のムエットを手渡します。一切の先入観を排除するために香水の名前や成分は伏され、2つの選択肢のうちそのときの自分にとって好ましいほうをこちらは選択。ひとつがふるい落とされると、残った香りに新しいムエットが足され、またふたつの中から好きなほうを選ぶ。この過程を9回繰り返し、最後に残ったのが名前を明かされると、それが「フエムル」でした。 

春薗さん、そのつどの選択肢を選ぶ感覚も、香りの説明も、とにかく素晴らしいのです。春薗さん個人のファンは数多く、フェギア 1833のオープン以来、馴染みの顧客が彼女のもとを絶え間なく訪れています。「客観的に判断するのもプロファイリングですが、本人の感覚で香りを見つけ出す方法をとっています」と春薗さん。香りの大海原を旅するときの、頼もしい羅針盤となってくれる存在です。

アルゼンチンの詩人・ボルヘスの詩に「粗野な大地を駆け抜け―快然たる鹿の香りをその空気に嗅ぎ、」「銀色の猟犬たちが追う先には金の鹿の姿が」、こんな美しい一説があるのですが、遥か遠い、まだ見ぬパタゴニアの情景が、この香りや詩のことばから無限に広がります。自分の嗅覚が好むものに寄り添って歩を進めたら、南米の美しい鹿にたどり着いた。東京の真ん中で体験した、不思議な香りの旅となりました。

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エディターIGARASHI

おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。

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