街を歩いていると、ふいに漂ってくる金木犀の香りがたまらなく好きです。甘やかな芳香が鼻腔に広がる瞬間、脳内によぎるのは、いつかの懐かしい記憶。私にとっての秋は、大切なひとを思い出す季節でもあります。
ノスタルジックな気分に触発され、もう何年も会えていない友人に筆をしたためることにしました。素敵なレターセットを買いに訪れたのは、以前から気になっていた京都市・西陣にある「かみ添(かみそえ)」。
伝統的な唐紙をモダンな感性で表現して
店主の嘉戸浩(かど・こう)さんは、サンフランシスコの大学でグラフィックデザインを学び、ニューヨークの出版社でデザイナーとして活躍された経歴の持ち主です。伝統的な京唐紙の老舗工房で修行を積んだ後、町家を改装し、かみ添をオープンされました。
そもそも唐紙とは、顔料を使ってさまざまな文様を木版で写し取った紙のことをいいます。唐紙の文様というと古典的な柄を思い浮かべるのですが、かみ添に並ぶのは、そんなイメージを華麗に裏切るモダンなデザインばかり。
坂本龍一さん直筆の譜面を再現したメッセージカード
店内に入ってまず心を掴まれたのが、手書きの譜面が摺られたメッセージカードでした。生前に親交があったという坂本龍一さん直筆のもので、ラフな筆跡が版木で見事に再現されています。
白い紙にのせる、白い顔料。白と白の陰影が作り出す、静謐で清らかな世界。光に当てると譜面がかすかに浮かび上がり、時が経つのも忘れていつまでも眺めていたくなります。少しざらついた和紙の手触りも心地よく、見れば見るほど引き込まれてゆく美しさです。
薄明の空のような淡い色に染められたカードも。上半分に抽象的モチーフの装飾が施され、さながらモダンアートのような佇まいです。顔料に使われているのは「きら」という雲母の粉。光にかざすとほのかにきらめき、凛とした表情に仕上がっています。
控えめだからこそ、ずっと眺めていたい
カードとあわせて、便箋セットも購入しました。かすかな光を放つ白い文様は、ひとつとして同じ表情がありません。和紙のやわらかさを活かした奥ゆかしい意匠は、手仕事ならではの風合い。3枚セットだったので、1枚は部屋の壁に飾って愛でています。
伝統技法を用いながらも、決して堅苦しさはありません。かみ添の文具はどれも軽やかで、驚くほど現代的です。一見すると控えめでも、じっくり見ると細やかさに胸を打たれ、実際に触れると心が満たされてゆく。そんな滋味深い趣があります。
SNSを通じて世界中の誰とでも気軽にメッセージを送り合える時代に、手紙を送るという行為は少しばかり不便なものに感じられるかもしれません。ですが、誰かのことを思い、人の手で丁寧に作られた紙に言葉を綴るという過程には、相手に対する思いやりが幾重にも重なっている。そしてその気持ちは受け取った相手にも透けて届き、その人の暮らしにそっと寄り添うと思うのです。伝統とモダンな感性が融合するかみ添の唐紙に触れながら、大事なことに改めて気づかされた、秋の夜長なのでした。