「絶滅危惧種」のスーパースター アッシャーがスーパーボウルで魅せた生歌パワー

「マイクのスイッチが入ってない!?」。全米最大の音楽公演たるNFLスーパーボウルのハーフタイムショーの視聴者のあいだで挙がった驚きの声だ。しかし、現実はその逆だった。滝のような汗を流しながら歌って踊りつづけたパフォーマーのアッシャーは、変わったかたちで生歌を貫いていたのだ。

ジャスティン・ビーバー、ジョングクとも組んだ「R&Bの王」

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まず「R&Bの王」として知られるアッシャーを紹介しよう。R&Bファンにはおなじみ、2000年代の全米シングルチャートでもっとも売れたスーパースター。セクシーアイコンとしても絶大な人気を誇り、近年行ったラスベガス常駐公演の観客は8割ほどが女性だったという。ジャスティン・ビーバーの師匠的存在でもあり、最近ではBTSジョングクとのコラボが話題になった。

ジャスティン、ジョングクと同じく、アッシャーも子どものころ音楽業界に入った神童だった。1978年に生まれ、テネシー州で母親と育ち、教会の聖歌隊で歌の才能を発揮。14歳のころアトランタに移るとレーベル契約が決まったが、あまりに子どもすぎたためニューヨークで修行させられ、伝説のラッパー、故ノトーリアス・B.I.G.のステージで踊ったりしていた。

ゴージャスに歌唱とダンス両方で魅せる「最後」のスター

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声変わりにより契約を切られる危機にも遭ったが、2000年代に入るとスーパースターの地位を確立してみせた。アッシャーの魅力は、なんといってもロマンチックな歌声、そして情熱的で精密な振りつけを徹底するステージだ。その才能は生前のマイケル・ジャクソンも認めたほどで、とくに歌いながら踊る高度なショーマンシップを評価していたそうだ。

現在40代になったアッシャーは、マイケルの言葉を背負って生きている。本人が「絶滅危惧種」を自称するように、現在のアメリカでは、技術と鍛錬にもとづいた歌唱とダンス両方で魅せるスターが少なくなっている。ゴージャスなカリスマ性を備えた大物としては、1990年代デビュー組たる彼とビヨンセが最後とも言われている。大雑把に言えば「最後の実力派」なスーパースターといった位置づけだ(もちろん、レディー・ガガやブルーノ・マーズなどの後続もいるのだが)。

R&B業界の幹部がアッシャーのスーパーボウル公演に期待をかけた事情もここにある。マイケルとプリンスの死を分岐点としてボーカルトレーニングに熱心ではない若手が増えた現在「王」が圧巻の生歌を魅せれば状況が変わりうる、というわけだ。

R&Bの王国

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こうした立場もあって「孤高の王様」とも例えられてきたアッシャーだが、スーパーボウル公演を「すべての先人に捧げる」と語った本人は、もっと大きな視座を持っている。

「王とは、領土を確立し、文化をかたちづくる存在だ。歴史的にはね。だからR&Bの王という称号は、僕にとって自分だけの話じゃないんだ」「王とは、起源と正当性の重要性を世に知らしめる存在だ」 「でも、もっと目指しているものは王国だね。王位より長くつづくものだ」

アッシャーは本当に「王」の責任を果たしてみせた。基本的に、現行ハーフタイムショーでは、バックボーカルが事前録音されており、本番で歌手のマイクを切ったりしてパフォーマンスを整頓する形式がとられている。一方、アッシャーはこの方式に反対していたようだ。「すべてのスーパーボウル公演は生演奏で、マイクがずっとついているべきだ。じゃないと人々とつながれない。観衆はその瞬間を生で感じたいんだ」。

一説によれば、アッシャーはほぼ生歌で13分のステージを行った。これこそ一部の視聴者を驚かせた理由だろう。デジタル技術と録音に支えられたポップスター式のショーほどクリアで豪勢ではなかったかもしれないが、元祖R&Bスター式として、シンプルに生だからこその豊かさに満ちていた。あれこそ「R&Bの王」が建てた王国なのだ。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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