2025.05.26

【フローレンス・ピュー】「醜い役」が使命。いま一番リアルな演技派の挑戦

一番リアルな、飾り気ない映画スター。その評判を一挙に集めているのがフローレンス・ピューだ。マーベル映画『*ニュー・アベンジャーズ(旧称:サンダーボルツ*)』(公開中)、恋愛映画『We Live in Time この時を生きて』(2025年6月6日公開)と新作が立て続けな彼女は、現在29歳にして演技派の名をほしいままにしている。

一番リアルな、飾り気ない映画スター。その評判を一挙に集めているのがフローレンス・ピューだ。マーベル映画『*ニュー・アベンジャーズ(旧称:サンダーボルツ*)』(公開中)、恋愛映画『We Live in Time この時を生きて』(2025年6月6日公開)と新作が立て続けな彼女は、現在29歳にして演技派の名をほしいままにしている。

気骨ある天才

フローレンス・ピュー Florence Pugh THUNDERBOLTS* *THE NEW AVENGERS
World Premiere Of Marvel Studios' "Thunderbolts*" photo:Getty Images

誰もが夢中になってしまう歯に衣着せぬ物言いを象徴するエピソードもある。大御所作家ジョン・ル・カレとの会食中、性差別的な意見を放たれると、果敢に反撃した。「あなたって本当に老害ね」。当時80代後半 のジョンは呆気にとられたものの、気合い骨ある20代の新鋭役者を気に入り、その場で親友になった。数年後に亡くなった彼の晩作『スパイはいまも謀略の地に』(2019年)に登場する反抗的なフローレンスというキャラは、彼女をモデルにしている。

我が道を行くフローレンスは、天才のようにキャリアを始めた。多くの英国のトップ俳優と異なり、演技学校や舞台の経験を積んだわけではないのだ。

1996年イギリスの芸術一家の大家族に生まれ、3歳で気管の病気をわずらうと、温暖なスペイン南部で開放的に育てられた。地元のオックスフォードに戻ったあとは、家業の手伝いとしてバーテンダーの経験を積んだ。

学校演劇の衣装には魅了されていたものの、本人としては歌手を志望していたという。しかし、16歳のとき母親に勧められて映画『フォーリング 少女たちのめざめ』(2014年)のオーディションに参加すると、即デビューが決定。「彼女は本能的に、役に命を吹き込む方法を知っていた」。キャロル・モーレイ監督は振り返る。当時、あまりの才能を前にしたその場は沈黙に包まれたのち、審査員の一人が口をひらいた。「鳥肌が立った。第二のケイト・ウィンスレットを見つけてしまったのかもしれない」。

体型批判と戦う「醜い」役

フローレンス・ピュー Florence Pugh
Valentino Haute Couture F/W July 05, 2023 photo:Getty Images

19歳で渡米したことが転機になった。ハリウッドのオーディションで、厳しく体型を審査され「痩せろ」と命じられたのだ。傷つき、従いたくもなかったフローレンスは、自分を変えないまま母国でキャリアを積むことを選んだ。それでも、有名になるにつれ、批評やSNSで「足が太すぎる」「胸が小さい」と叩かれたりしていき、反撃もしていった。

外見ばかりやり玉にあげられたフローレンスは使命を掲げた。理想的なイメージにあてはまらない、リアルな女性の役を演じていくのだと。

「つねに念頭に置いているのは、人間らしい、醜い役を演じること。リアルで、痛みが伝わる表現をするのが務めだと思ってる。それが、みっともない泣き顔でも、不格好な表情でも、お腹を引っ込めていない裸の姿でもね」

とくに好んでいるのは19世紀の時代劇だ。意志も主張も強い女性が非常に不公平(性差別的)な環境で生き抜く様に惹かれた。

キャリアハイも時代劇だった。古典文学を原作にしたハリウッド映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)において、嫌われやすい次女エイミーを説得力のあるかたちで魅力的に演じきり、初のアカデミー賞ノミネートに輝いた。

人生を変える演技

フローレンス・ピュー Florence Pugh THUNDERBOLTS* *THE NEW AVENGERS
the UK photocall for Marvel Studios April 24, 2025 photo:Getty Images

信念にもとづいて役を選ぶフローレンスは、役とともに人生を生きる俳優でもある。まず、自分を追い込むまでの役づくりで有名。日本でも衝撃を呼んだホラー映画『ミッドサマー』(2019)では、家族を心中で亡くす大学生を演じるにあたり、愛する家族の葬儀まで想像した結果、過呼吸に追い込まれた。

コロナ禍、当時の恋人ザック・ブラフとともに、感染した彼の親友一家を支え、喪失を経験。そして、ブラフが脚本を書いた『87分の1の人生』(2023)で喪失を経験する主人公を演じた。

懸命に働きつづけたフローレンスのキャリアは順風満帆だ。芯を持って主張しつづけたことで、ハリウッドでも意見が聞き入れられるようになったという。アカデミー作品賞を獲得した『オッペンハイマー』(2023)では、主人公の不倫相手になる複雑な女性を演じている。『*ニュー・アベンジャーズ』にしても、アメコミ大作にして精神的な問題を扱った作品だ。

30代を前にヒットさせた英国恋愛映画『We Live in Time この時を生きて』は、本人としてもタイミングが良かったようだ。癌の再発によってキャリアや出産といった「限られた時間」の選択に迫られるシェフを実際に頭を剃って演じたことで、自分の人生についても熟考することになったのだという。

10年にわたる快進撃を経たあらたな目標は、プライベートの恋愛をコントロールすること、そして、ずっと求めていた家庭を持つこと。そこで、デビュー以来はじめての長期休暇をとった。

それでも、フローレンス・ピューの俳優人生はつづいていくことだろう。控えている新作のひとつは、Netflixの『エデンの東』リメイク。脚本を担当するゾーイ・カザン直々の指名を受けての主演兼プロデューサーとして、原作者からも良く言われなかったキャシー役を演じる予定となっている。つまり、本人が言うところの「人間らしく、醜い」役を任せられる第一人者として、すでに多大な信頼を得ているのだ。観客の魂を震わせる名優の未来は明るい。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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