【ベネディクト・カンバーバッチ】「英国一リッチ」な一族。誘拐事件の危機から脱出した名優の「普通じゃない人生」

「英国らしさ」が刷新され多様化する現代において、かくも伝統的な英国俳優として名声を高めたのが、ベネディクト・カンバーバッチ。専門教育で育まれた演技力、バリトンのような声色、そして「神経質な天才」役を得意とするインテリジェントな気品。

日本やアメリカでも「カワウソのような個性的な顔」のセクシーアイコンとして人気を博したことについて問われた際の皮肉な返答も、まさに英国流だ。「『なんで自分ってセクシーなんだろう?』なんて考えたりしないよ。そんなの妙だし、自己陶酔が過ぎる。鏡の前で思うことは『あぁ、歳とったな』。皆さんと同じようにね」。

「英国らしさ」が刷新され多様化する現代において、かくも伝統的な英国俳優として名声を高めたのが、ベネディクト・カンバーバッチ。専門教育で育まれた演技力、バリトンのような声色、そして「神経質な天才」役を得意とするインテリジェントな気品。

日本やアメリカでも「カワウソのような個性的な顔」のセクシーアイコンとして人気を博したことについて問われた際の皮肉な返答も、まさに英国流だ。「『なんで自分ってセクシーなんだろう?』なんて考えたりしないよ。そんなの妙だし、自己陶酔が過ぎる。鏡の前で思うことは『あぁ、歳とったな』。皆さんと同じようにね」。

「イギリスで一番裕福」な一族

ベネディクト・カンバーバッチ 『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』

 "The Roses" New York Premiere  on August 25, 2025  photo:Getty Images


1976年、ロンドンに生まれたベネディクト・ティモシー・カールトン・カンバーバッチは、経歴も英国の名優の伝統に沿っている。カンバーバッチ家は、18世紀ごろ「イギリス随一裕福」とされた一族なのだ。

ただし、ベネディクト自身は大金持ちとはいえない俳優の両親のもとで育った。教育熱心だった父は、懸命に貯蓄して息子を由緒ある全寮制男子校ハロウ校に入れた。ローレンス・オリヴィエら名優を輩出してきた同校で演技の才能を開花させたベネディクトにしても、いっとき刑事弁護士のキャリアを考えていたという。

しかし、親に「ちゃんとした職」に就くことを求められたベネディクト青年は、普通ではない刺激的な人生を求めた。高校卒業後にはヒマラヤの僧院に出向き、大学では演劇を学びながらカオスなテクノ系クラブに通い詰めたそうだ。

ベネディクト・カンバーバッチ 

 the 44th Monte-Carlo Television Festival on July 3, 2004. photo:Getty Images

危機一髪を求める「アドレナリンジャンキー」

ベネディクト・カンバーバッチ 『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』

Netflix's "Eric" at FYSEE at Sunset Las Palmas Studios on May 15, 2024 photo:Getty Images

プロの俳優になると、2004年、テレビドラマ撮影のため訪れた南アフリカで人生を一変させる出来事にあった。共演者と乗っていた車がパンクして立ち往生していたら、六人組の強盗に襲われたのだ。

数時間にわたり拘束され、いざ処刑されそうになった際、機転を利かせたベネディクトの説得が功を成してなんとか生還。この運命的な臨死体験は、彼を「アドレナリンジャンキー」にさせた。その後に経験したスリル体験は、熱気球やスカイダイビング、さらに靴とパンツだけで降り立った氷河でのダンスにまで及ぶ。

刺激を追求しながら仏教と瞑想にも通ずるベネディクトが到達した哲学とは、儚いこの世で、人としても演者としても「今この瞬間をありのまま生きる」こと。

「『普通じゃない人生』への渇望と焦燥は破滅的でもある。本当に大切なものから遠ざかってしまうから。だけど、素晴らしい智慧も得られた。私は、死ぬときは自分一人だと身を持って識っている。これは実際に死に近づかないとわからない感覚だ。この世に生まれたときのように、去るときは一人。人生の早い段階でそのことを悟れたことで、身が引き締まるとともに深い思索を得られた」

ハリウッドでの挑戦

ベネディクト・カンバーバッチ 『SHERLOCK』 『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』

The King's Speech - Gala Screening:54th BFI London Film Festival October 21, 2010. photo:Getty Images

人気が爆発したのは30代に入ってから。英国を代表する名探偵シャーロック・ホームズの現代版を演じたテレビドラマ『SHERLOCK』(2010〜2017年)が世界的な大ヒットを記録したのだ。突如インターネットで大人気になったことで恐れおののいたベネディクトだったが、それでも持ち前の威勢の良さによって上昇をつづけることになる。

刺激を求めるベネディクトは、意外にもハリウッドと相性が良かった。本人いわく、アメリカは故郷よりも型にはまらず進化しつづけられる場所だったのだ。

たとえばハリウッド大作で体験したモーションキャプチャーについて、現場の制限から逸脱できる演技主導の芸術形式だと絶賛。ドクター・ストレンジを演じたMCU作品の出演にしても、忙しない撮影現場でアドリブを楽しんでみせるロバート・ダウニー・Jrから多くの学びを得たと振り返っている。

ベネディクト・カンバーバッチ PRADA  『SHERLOCK』 『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』

the Prada Spring/Summer 2026 Menswear Fashion Show on June 22, 2025. photo:Getty Images

「英国らしさ」への挑戦

自ら興した制作会社を通じてヨーロッパ風シネマを手がけている近年は、役を厳選するようになった。というのも、長らく連れ添った舞台演出家の妻とのあいだに三人の子どもを授かった父親として、家族と離れてでも挑戦したい演技なのか熟考するようになったのだという。

50代を前にした新たなチャレンジは、はじめての本格コメディ。『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』(日本公開2025年10月24日)で演じるのは、ビジネスで成功していく妻との関係を悪化させる元「天才」建築家の専業主夫。現代の女性のキャリアと家事育児のバランス、そして男性のプライド問題に斬り込む意欲作だ。

さらに、同じくイギリスを代表する名優オリヴィア・コールマンと共にカリフォルニアを舞台に織りなす「英国らしさ」への風刺も見どころ。

「アドレナリンジャンキー」時代より落ち着いたというベネディクトだが、俳優としては、まだまだ、むしろより刺激的な演技を届けてくれそうだ。

【ベネディクト・カンバーバッチ】「英国一の画像_7

"The Roses" UK Premiere  August 28, 2025. photo:Getty Images

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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