今、なぜ、海外文学は面白い? 俯瞰する視点から読み解く
ぬまの みつよし●1954年生まれ。文芸評論家。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授。対談集『世界は文学でできている』(光文社)シリーズで「世界文学」について論じている。著書に『ユートピア文学論』ほかがある。
SPUR2016年1月号掲載
大長編に挑むには構えが必要。 ハマったら抜けられない魅力あり
『カラマーゾフの兄弟』(1)~(5)
ドストエフスキー著 亀山郁夫訳(光文社古典新訳文庫/629円〜)
ロシア帝政末期に活躍した作家、ドストエフスキー晩年の代表作。怪物的ともいえる精力的かつ粗野な父親、フョードル・カラマーゾフとその息子たちの葛藤を軸に描かれる壮大な物語は、文庫で全5 巻にのぼる。
「長大な作品ですから読むための構えが必要ですね。毎日通勤電車の中で20分ずつ読むとか、週末に時間をとってじっくり読むとか。構えさえつくれば、吸引力のある作品ですから、ハマったら出られないくらい面白い。生と死、欲望、お金や愛といったテーマがたっぷり盛り込まれていて、頭を棍棒でガンと殴られるような迫力があります」
SPUR2016年1月号掲載
19世紀的なものが“変身”して20世紀につながった
『変身』
フランツ・カフカ著 池内紀訳(白水uブックス/650円)
平凡な毎日を送っていたグレーゴル・ザムザは、ある朝目覚めると、虫になっていた……。あまりにも有名なカフカの不条理小説。「20世紀の世界文学はカフカのこの作品から始まったといってもいいほどの傑作です。19世紀的なものが"変身"して20世紀につながったのです。薄くてあっという間に読める作品ですが、これまで多くの人たちに訳されてきたほどインパクトがありました。特に池内紀さんの訳はとても読みやすい。読み方によっては笑い話のように読めたり、現代でいえばザムザは引きこもりじゃないかとか、いろいろな読み方ができる作品です」
SPUR2016年1月号掲載
16歳の少年が傷ついた心を一人称で吐露する永遠の青春小説
『ライ麦畑でつかまえて』
J.D.サリンジャー著 野崎孝訳(白水uブックス/880円)
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
J.D.サリンジャー著 村上春樹訳(白水社/880円)
発表から半世紀以上たった今も読み継がれる青春小説の古典。繊細さゆえ、大人たちへの反抗心をむき出しにする16歳のホールデン。高校を追い出された彼は、ニューヨークを一人さまよう。「不思議なタイトルです。詩を読み違えたところからつけられたんですが、野崎孝さんはうまく訳しましたね。このタイトルでよく知られていて、村上春樹訳によって新しい世代にも受け継がれた。思春期の少年が一人称で思いを吐露する、悩める魂の咆哮の物語です。でも、若者よりもむしろ、かつて傷つきやすい魂をもっていた人たちのほうが共感できるかもしれません」
SPUR2016年1月号掲載
チェコから「大きな物語」を抱えてやってきた作家の代表作
『存在の耐えられない軽さ』
ミラン・クンデラ著 千野栄一訳(集英社文庫/820円)
プレイボーイの外科医トマーシュと田舎から出てきたテレザ、自由奔放な画家のサビナ。3 人の恋の行方が、プラハの春という政治状況に翻弄されていく。社会主義政権下の人々の恋愛小説。「東西冷戦時代、西側の先進国は豊かにはなったけれど、ユートピアの建設といった大きな物語を忘れてしまった。そんなとき、社会主義政権下のチェコで暮らしていたクンデラが、大きな物語を抱えてやってきた。西欧的な文学技法を身につけたうえでドラマティックな物語を書くというスタイルは、西欧ではもはや貴重。エロティックな物語をエレガントに書く作家です」
SPUR2016年1月号掲載
過剰なまでの豊穣さに圧倒されるマジックリアリズムの傑作
『百年の孤独』
G・ガルシア=マルケス著 鼓直訳(新潮社/2,800円)
「マコンド」という村に流れた百年という時間を描いた長編小説。村の開拓者一族ブエンディア家を中心に、現実とも幻想ともつかないエピソードが次々に登場する。まさに「物語」の面白さを堪能できる作品。「舞台は南米の田舎にある架空の村ですが、決してユートピアではなく、むしろ破局のビジョンをはらんでいます。時間の経過とともに描かれる物語には、過剰なまでの豊穣さと、ここに描かれている登場人物たちが確かに生きているという感覚があふれています。ヨーロッパの文学には感じられないような圧倒的なパワーを味わえると思います」
SPUR2016年1月号掲載