熟練の活字読みがおすすめする 「この3冊が、面白い! 」|No.1 山崎まどかさん

さまざまな世界が一冊に凝縮。短時間でもトリップできる短編&掌編集

やまさき まどか●コラムニスト。著書に『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)など。翻訳にB・J・ノヴァク『愛を返品した男 物語とその他の物語』(早川書房)ほか。レナ・ダナムの著書を翻訳中。

SPUR2016年1月号掲載

3冊の中で、初心者におすすめなのがケレットの『突然ノックの音が』。 「彼はイスラエルの人。映画監督としてカンヌ映画祭のカメラ・ドール受賞歴があり、ミランダ・ジュライとスタンスが似ています。収められている38の掌編はどれもが自由で突拍子もないのに、不思議と切なさが残る。ありそうでない世界観が好きです。冒頭の表題作はこれから何かが始まる感じがするし、『創作』という作品では、夫婦が創作教室で書いた小説が書かれていて、つまり小説の中にまた小説が入っていて、そのどれもが切ないんです」

『突然ノックの音が』
エトガル・ケレット著 母袋夏生訳
(新潮社/1,900円)

作家が強盗に脅されている最中、ノックの音がして別の強盗にも脅される表題作、願いをかなえる金魚に男が望む最後の願いを描く「金魚」など、軽妙だけれど切なさが静かに流れる38の掌編を所収。イスラエルの文化にも触れられる。

SPUR2016年1月号掲載

掌編小説の中には1行で終わるような作品もある。デイヴィスの『サミュエル・ジョンソンが怒っている』は、まさにそういう掌編を集めたもの。 「本当に短い掌編小説は、物語からも自由で、詩や俳句に近い。この短編集の56編の中には3行や1行の作品もあります。3行とはいえ密度が濃く、選び抜かれた言葉の背景にあるものは複雑。なのに、すっとぼけた味わいがあって、『えっ? 何?』と瞬間的に爪で弾かれて遠くに飛ばされるような感覚があります。こういったごく短い小説をたくさん入れるのはリディアが作ったスタイルといわれています。彼女の作品は実験的なのにハイコンテクストだから、読みにくいことはありません」

『サミュエル・ジョンソンが怒っている』
リディア・デイヴィス著 岸本佐知子訳(作品社/1,900円)

奇妙な56編の小話集。鋭い洞察のユーモラスな断片的短文、掛け合い漫才のようなやりとりのアイロニカルなラスト、読者を煙に巻く入れ子構造の一文。どれを読んでもスルメのような味わいが。リディア・ワールドが広がる一冊。

SPUR2016年1月号掲載

ラモーナ・オースベルの『生まれるためのガイドブック』は、山崎さんのノヴァクの本とほぼ同時期に出て、勝手に仲間意識をもっているという本。 「〝誕生〟〝妊娠〟〝受胎〟〝愛〟と人の生命の起源をさかのぼっていく構成になっています。どれも一筋縄ではいかない話ばかり。男の胸にたくさんの引き出しができるとか、愛した人の数だけ腕が生えてくる世界の話とか、身体的な要素をはらんでいます。読んでいて身体が反応するタイプの小説です」

『生まれるためのガイドブック』
ラモーナ・オースベル著 小林久美子訳(白水社/2,400円)

人が誕生する過程で不意に直面する不可思議な出来事。乳児の知能のまま育つ娘の、成長の種を切除せざるを得ない両親の逡巡を描く「ポピーシード」など、誰もが抱く成熟への戸惑いや未来に対する不安を、温かい筆致で綴った11編。

SPUR2016年1月号掲載

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