ひらめきを大切にする世紀のモード・アイコン
シグネチャーの丸い大きなメガネに、大ぶりのネックレスやブレスレットを重ね使いした巧みなスタイリングでファッション・ショーやパーティに登場するアイリス・アプフェルは御歳94歳。 世界的なファッション・アイコンとして敬愛される存在だが、そのきっかけとなったのは2005年にメトロポリタン美術館で開催されたアイリスのワードローブとスタイリングを紹介した 『Rara Avis (珍鳥)』と名付けられた展覧会だ。美術館側の予想をはるかに上回る集客数を記録し、世界的に脚光を浴びることになった。
このほど日本で公開される『アイリス・アプフェル! 94歳のニューヨーカー』は、ドキュメ ンタリー映画の巨匠と呼ばれ、昨年亡 くなったアルバート・メイズルスが4年にわたってアイリスの日常を撮り収めた作品だ。当初、アイリスは、メイズルスからの再三にわたる映画の話を断り続けていた。理由は彼と面識がなかったことに加えて、「軽薄なファッショ ニスタとして扱われるのでは?」という不安があったから。しかしメイズルスと彼の撮影スタッフに会ったそのときからお互いに意気投合して撮影が始まり、無二の友人関係になっていった。
アイリスは、それが人でも物でも出会いの瞬間をとても大切にしている。70年近く連れ添い昨年101歳の誕生日の直前に亡くなったご主人のカールとの出会いもひと目惚れ。出会った一カ月後にプロポーズを受け四カ月後には結婚した。
「つき合いが長いだけで友人関係にはならないわ。人は一回の出会いでもわかり合えることができるの。私は出会いの瞬間のひらめきを大切にしているの。お店でも好きなものを見つけたら、 あれこれ迷わずに手に入れる。お金が足りるかしら?と、心配はするけれど。イライラするのはあれこれ迷って即決できない人と買い物に行くことね」
買い物好きの〝フリーマーケット・ フリーク〟で〝アクセサリー・フリーク〟と自認し、好きなものはすぐに手に入れる。面白いと思ったことはすぐに挑戦する。それはアイリスの生き方で、「試さないと始まらない」というのが彼女のファッションやスタイルの基盤になっている。
「自分のスタイルの見つけ方をよく聞かれるけれど、とにかく試すことに尽きるわ。でも試すためには自分を知らなければならないの。あなたは誰? 着ていて気分のいいものは何? あなたの立ち居振る舞いはどんな感じ? とね。若かった頃は本当にいろいろな服を試したわ。だって試さないと自分に似合うかどうかわからないでしょう?」
スタイルの成功のカギは〝気構え〟に尽きる
祖父は腕利きの紳士服のテーラーで 父はガラスや鏡を扱うビジネスマン。 母はファッション・ジュエリーをいち早く取り扱ったブティックの経営者という環境で育ったアイリス。物心つく頃から一人で買い物に行っては好きな小物を買い集めてジュエリーを作り、 デパートなどでおびただしい数の服を試着するのを楽しみにしていた。ただし、ファッション雑誌で謳い上げるトレンドに走ることはなかった。
「ファッション誌などで〝これを着なさい〟なんて言われてまねするのは大嫌い。私は私のために服を買って着て いるの。自分のスタイルに自信をもつことに〝やり方〟なんてないわ。スタイルはその人自身から自然に生まれてくるものだから。自分自身をしっかり認識してオリジナルであること。スタイルの成功のカギは〝Attitude(気構え)〟 のひと言に尽きるわ。服を着て鏡に映った自分が自分でない、と気づいたら、そのスタイルは失敗ね。私はアクセサリーをたくさん身につけたいから、ジャンフランコ・フェレなどシンプルで構築的な服が好み」
アイリスのスタイルは映画にも登場するドリス・ヴァン・ノッテンやJ.クルーのクリエイティブ・ディレクターのジェナ・ライオンズら多くのデザイナーにインスピレーションを与えている。そんな存在であることを「光栄なこと」と謙虚に受け入れている。
「子どもの頃から好奇心旺盛で自分を取り巻くすべての物事からスポンジのように吸収してきたわ。ファッションでもインテリアでも仕事でも、あらゆることを学んできたし、今でも学んでいる」 と語るアイリス。「他人のようには装わない。オリジナルであることの意味をこの映画から学んでくれたらうれしい」
『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』
©IRIS APFEL FILM,LLC.
©IRIS APFEL FILM,LLC.
世界中のクリエイターを魅了する、94歳のファッション・アイコン、アイリス・アプフェルに密着。メガホンをとったのは、ドキュメンタリー映画の巨匠アルバート・メイズルス。「自信があるふりをしていろんな服を着ていたら、自信がついた」など格言にもあふれる作品。先頃亡くなった夫カールとの夫婦愛にも心打たれる。( 3月5日全国公開)
http://irisapfel-movie.jp/
SPUR2016年4月号掲載
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