シネフィル4人が、どうしても語らず にはいられない公開待機作はこれだ!|NO.03 川内倫子さん

『恋人たち』
『ぐるりのこと。』(’ 08)以来となる橋口亮輔監督の長編作。妻を殺された男が生きるさまなど、登場人物それぞれにえぐるような痛みと笑いがある。
※11月14日、テアトル新宿ほか

 

 

©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

「のみ込めない思いをのみ込みながら生きている人が、この日本にどれだけいるのだろう。今の日本が抱えていること、そして〝人間の感情〟をちゃんと描きたい」と橋口監督がこの映画に対してコメントしているが、そこにこの作品の本質がすべて表れている。名作『ぐるりのこと。』から7年、期待して試写室に向かったのだが、観終わったあとにしばらく放心してしまった。まさに、のみ込めない思いをなんとかだましだましのみ込みながら生きている登場人物たちは職業、年齢、性別もさまざまだ。どのキャラクターも自分とは違うのに、それぞれに自分自身が重なる場面があり、胸が何度もぎゅうと縮まる。

最初のシーン、首都高速の橋梁点検をするアツシの独白から一気に引き込まれた。どうしようもない現実に対してなんとか生きている彼の姿に幼かった頃の自分を見るような気持ちになった。自分の力ではいくら頑張ってもどうにもならないことがあり、この社会のなかでの圧倒的な弱者という立場だと思い知らされ、絶望したあの頃のつらかった記憶を生々しく思い出してしまったのだ。もちろんアツシはすでに大人だし、あの頃の自分とは全然違う状況だけれど、なんとか日々をやり過ごしていたあの頃の自分と重なったのだ。

SPUR2015年12月号掲載

つぎに登場する瞳子は、自分と同じ女性で年齢的にも近いうえに、オタクな趣味があったりと細部に共感するところがあった。好きな人ができたとき、なんとか少しでもきれいに見てもらいたいと何度も鏡で自分をチェックする姿ははたから見ると滑稽だが本人は必死だ。

エリート弁護士の四ノ宮はきっと現実世界で出会ったら嫌な感じだな、なるべく近寄りたくないなと思うタイプだけれど、自分も実は彼のようになんとはなしに使ったひと言で誰かを傷つけている。普段見ないようにしている自分の黒い部分を合わせ鏡のようにして見せられているような、なんだかバツの悪い気持ちになった。でもそんなふうに誰かに対して嫌な人になったり、いい人だと思ってもらいたかったり、時々お互いを支えあったりしながらみな生きている。

そんなさまざまな人間の感情をとても丁寧に、繊細に描き出したこの映画は、今の世の中で一人、誰にも言えない思いを抱え込んでしまって息がしづらい人たちに寄り添ってくれるだろう。

ラストシーン。川の上を舟は進んでいく。移り変わる景色を見ていると、今までのさまざまなつらい記憶も、多くのほかのもののひとつの出来事のように流れていくように思え、過去の自分が抱えていたものを手放せたような気がした。

SPUR2015年12月号掲載

写真家 川内倫子さん

1972年生まれ。滋賀県出身。2002年に『うたたね』『花火』で第27回木村伊兵衛写真賞受賞。個展、グループ展は国内外で多数。来年1月から熊本市現代美術館で個展開催。

SPUR2015年12月号掲載

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