シネフィル4人が、どうしても語らず にはいられない公開待機作はこれだ!|NO.04 鈴木 杏さん

『アクトレス〜女たちの舞台〜』
20年前の出世作のリメイクに出演することになった大女優とマネジャー、そして新作の主演女優が繰り広げる女のドラマ。シャネルの協力による衣装、ジュエリーも見事。
※10月24日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか

©2014 CG CINÉMA–PALLAS FILM–CAB PRODUCTIONS–VORTEX SUTRA–ARTE France Cinéma–ZDF/ARTE–ORANGE STUDIO–RTS RADIO TELEVISION SUISSE–SRG SSR 

 

道を歩きながらふと、頭の中でセリフを反芻することがある。ゆるゆると思い出しながら目的地に向かって歩き、そしてはっと気がつく。セリフは頭の中だけでは留まらず、口から出てしまっている。さらに私は、かすかに芝居までしてしまっている。道端で……!
気がついたときにはもう遅い、それまでに何人の人とすれ違ったのだろう。彼らにとって私はすっかり「思いっきりひとりごとを言いながら歩いている人」。あーあ。

道を歩いているという現実と、頭の中の芝居の世界。その境界線がぼやけて溶け合うひととき。じゃあそのとき、私はいったいどこにいるのだろう?

映画を観ていていちばん惹かれたシーンが、この境界線を行ったり来たりするところだった。舞台の稽古を間近に控えた大女優のマリア(ジュリエット・ビノシュ)の自主稽古に、そのマネジャーのヴァレンティン(クリステン・スチュワート)が相手役としてつき合う。セリフのやり取りをしていたかと思うと、マリアは突然、作品の解釈や演じる役に対しての不満や不安を話し、ヴァレンティンは自分なりの新しい視点を伝えながらマリアを励ます。そしてまたふっと、セリフに戻っていく……。

あまりにその行き来が自然で、最初は見ていてもついていけず、迷子になりそうだった。でも、そのシーンがどうしても見直したくなるほど見事で、心が痺れた。

このシーンでクリステン・スチュワートは、ヴァレンティン(マネジャーという役)として、さらにマリアの相手役を演じる。芝居の二重構造。考えただけで、目が回る。しかし、クリステンはなんともクールにそれをやってのける。

SPUR2015年12月号掲載

このシーンだけでなく、彼女のしっかりとした佇まいと芝居は、映画全体に大きな安定を築いているように見えた。ジュリエット・ビノシュが彼女をとても信頼している空気が伝わってくる。それはそのまま、マリアがヴァレンティンを頼る姿に通じる(あ、ここでもまた境界線が溶けてる!)。こんなふうにお芝居をする人はなかなかいない。私はすっかり尊敬のまなざしでクリステンを見つめていた。

そしてジュリエット・ビノシュとクロエ・グレース・モレッツも本当に素晴らしい。きっと現実で、女優として生きている自分を冷静に観察していなければ、これほど魅力的に女優という役を作れないと思う。その客観性、自分をしっかり捉えているというカッコよさに惹かれたし、私もそうありたい。

見続けているうちに、彼女たちは、女としての生と女優としての性(さが)、まるで二つの人生を内包しているようだな、と思った。やはり女優とは、ただの女でもなく、もちろん男でもなく、ただただ「女優といういきもの」なのかもしれない。ああ! 女優さんって興味深い! と手放しで喜んでいたが、そんな場合じゃない、私も同じ道を生きているのだ。

自分のことを特別だとはまったく思っていない。ただ、ちょっと変わっているのかも……という自覚は、そろそろもっていたほうがいいのかもしれない。

SPUR2015年12月号掲載

女優 鈴木 杏さん


1987年生まれ。東京都出身。代表作に『花とアリス』(’04) 、『軽蔑』( ’11)など。蜷川幸雄演出による舞台『海辺のカフカ』に出演中。10月30日~シンガポール、11月24日~ソウル公演が控える。

SPUR2015年12月号掲載

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