ひふみんの人生論

通算1100敗以上。負けても前に進む!

将棋界でダントツの負け数を誇るひふみん。「でも、それは僕にとって、誇らしい記録」と言う。そのスーパーボジティブな思考回路に迫る
(※この記事はSPUR2015年7月号に掲載したものです。本記事内の加藤一二三・九段の年齢および戦績はすべて2015年4月時点のものになります)

「将棋の駒で好きなのは角。角は一気呵成、シュワッと縦横に大技で華麗に動くんです。角で勝ったときは壮快感があります。僕の人生もそうだったらいいんですけどね」
 そう言って駒を片手にほほえむ加藤九段。やさしい笑顔は「ひふみん」の愛称がぴったりだ。御年75歳。14歳のとき、史上最年少でプロ棋士になって以来、「神武以来の天才」と異名をとるほどの才能を見せ、今も現役で活躍する最古参の棋士である。
 一方で、そのユニークな人柄は、かねてから話題に。畳につくほどネクタイが長い、大局中に相手の後ろに立って将棋盤を見る、など数々の伝説も。最近では「アウト×デラックス」などバラエティ番組の出演により将棋を知らない若者からも大人気だ。「これらの伝説は、将棋を芸術の域にまで昇華できると考える僕にとって、盤面に集中し納得のいく芸術作品(棋譜)を紡ぎだしたいと追求した結果で、いわば将棋に対する情熱の表れ。そんな自分を私はいたって常識人だと思っています。ただ理由がわからないと、周囲からはその言動がマイペースで“アウト”に映るみたい。でもね最近ひらめいたんですよ、現役最年長となる61年目の今日も気力の衰えを感じることなく、棋士生活を送ることができているのは、自分の信じた道やこだわりにはいっさいの妥協をしない人間、つまりは“アウト”だったからではないかと」
 勝負師としての人生を支えてきたのは、信念を貫き通す意志の力。勝ち負けを決定づけるのも、そのような精神力だという。「『勇気をもって戦え!』『面前で弱きを見せるな!』。つねにこれを念頭において戦に挑んでいます。それでも残念ながら、私はこれまで1000敗以上しています。負けず嫌いの自分にとってうれしい記録ではありません。でも一方で、これは自分が敗北から立ち上がり、復活した回数でもあります。自分が誇るべき数字だと思っています」

誠心誠意、将棋をさすことが
神の御旨(みむね)であると悟りました

 前向きで揺るがない信念。でも最初からそうだったわけではない。30歳手前頃には自分の将棋に行き詰まりを感じていた。「タイトル戦からも遠ざかっていたし勝敗も五分五分。あの頃は是が非でも勝ちたいという意欲に欠けていたような気がします。先輩方にそれを見抜かれていてね。『この頃、加藤の将棋はつまらない』と陰口をたたかれてた。さらにある人に『あんたは負け犬だ』と言われたんです。それで悔しくて。『じゃあ、やってやろう』って奮起した」
 そんな頃、出会ったのがキリスト教だった。「将棋と同様に人生においても『確かなもの』を求めていた」という加藤九段は導かれるように洗礼を受けた。「人生の確信を得て将棋にも迷いがなくなった」という。「それまでは自分のさす一手一手に迷いがあったけど、それが吹っ切れた。もちろん神様は『次はこうしなさい』と声に出しておっしゃるわけじゃない。でも誠心誠意、自分の全知を絞ってさすこと、それが神の御旨(願い)であると悟りました」

できるだけ長く続けたい。
生涯現役でいたいと思います

 以来、対局の合間に教会へ行ってミサにあずかることもしばしば。祈りの最中にひらめいた一手で勝利したことも!
 そして1982年、42歳のときに迎えた名人戦。長年の宿敵、中原誠名人に勝利して念願の名人位を獲得したのだが、そのときも神の思おぼし召めしがあったという。
「戦いの最終局を振り返ると勝利が紙一重だったことがわかります。絶対に負けている局面があるんです。それも普通なら中原名人が見逃すはずはない簡単な手。でも、なぜか名人が気づかなかったおかげで僕は勝てた。だからこれは神のお恵みなんです」
 自らの才能に慢心することなく、勝利を謙虚に受け止めるからこそ、75歳になった今もひふみんは進化しつづけるのだ。
「名人にもなれたし、タイトルもたくさん獲ったし、勝ち星も歴代2位になりました。僕の将棋人生はおおむね成功したと思います。ただ今の僕はマズい。負けが増えていて不本意です。年ですからね、勝負のためには健康にも留意しないといけないんだけど、たまにジンジャーエールを飲んじゃったりするんです(笑)。これは生き方として生ぬるい。きわめて未熟です。今後は自己管理も厳しくしていきます。そして神のお恵みがあれば生涯現役でいたいと思っています」

(左写真)1982年、第40期名人戦。中原誠名人(左)を制して、加藤十段(当時)が名人位に。20歳で最初の名人戦に挑戦してから苦節22年。ようやく手にした栄冠だった
(右写真)1979年、第28期王将戦に勝利。念願のタイトル獲得に思わずこの笑顔。ひふみん若い! このときの対戦相手も中原名人だった

 

Profile
かとう ひふみ
1940年福岡県生まれ。将棋棋士。早稲田大学中退。1954年、史上最年少14歳7ヶ月でプロ棋士になる。1958年、史上最速でA級八段に昇格。1982年には名人位に就く。公式通算対局数2460局(歴代1 位)、1320勝(現役最多)、1139敗(歴代1 位)。タイトル獲得8 期(名人1 期、十段3 期、王位1 期、棋王2 期、王将1 期)。棋戦優勝23回。1970年にはカトリックの洗礼を受ける。2000年、紫綬褒章受章。現在、ドワンゴ社よりニコニコチャンネルにてブログマガジン「ニャンとも言えない一二三伝説」を配信中。※戦績は、すべて2015年4 月末時点のもの。

 

 

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