【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラス」星空とカフェの奇跡的ハーモニー

毎年のように日本のどこかで開催されているような気がするゴッホの展覧会。この度、上野の森美術館で開催されているのは「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」です。神戸、福島を巡回してきて80万人近く動員し、ゴッホフィーバーが全国を縦断しています。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の有名な作品というと「ひまわり」「星月夜」「糸杉」あたりが思い浮かびますが、今回フィーチャーされているのは「夜のカフェテラス (フォルム広場)」。南仏のアルルに滞在していた1888年に描かれた美しい風景画です。ゴッホの画業人生の中でも、この地で制作した作品の評価が高く、その中の最高傑作ともいえる「夜のカフェテラス」なのでぜひ拝見したいところです。日本に憧れていたゴッホは、アルルに着くと「ここは日本のように美しい」という感想を抱いたそうです。日本人としては光栄なエピソードですが、今回この作品が来日したことで時空を超えて日本とゴッホの絆がさらに強まったようです。


毎年のように日本のどこかで開催されているような気がするゴッホの展覧会。この度、上野の森美術館で開催されているのは「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」です。神戸、福島を巡回してきて80万人近く動員し、ゴッホフィーバーが全国を縦断しています。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の有名な作品というと「ひまわり」「星月夜」「糸杉」あたりが思い浮かびますが、今回フィーチャーされているのは「夜のカフェテラス (フォルム広場)」。南仏のアルルに滞在していた1888年に描かれた美しい風景画です。ゴッホの画業人生の中でも、この地で制作した作品の評価が高く、その中の最高傑作ともいえる「夜のカフェテラス」なのでぜひ拝見したいところです。日本に憧れていたゴッホは、アルルに着くと「ここは日本のように美しい」という感想を抱いたそうです。日本人としては光栄なエピソードですが、今回この作品が来日したことで時空を超えて日本とゴッホの絆がさらに強まったようです。


【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_1

オランダのクレラー゠ミュラー美術館のコレクションを通して、ゴッホの初期からの作風の変化を辿れる展覧会。年代や滞在地ごとに第1章から第5章で構成されています。27歳で画家を志したゴッホは、1881年から約2年間をオランダのハーグで過ごし、自然の風景や素朴な人々の暮らしを描く「ハーグ派」の画家から絵画の基礎を学びました。とくにゴッホの従姉妹と結婚していた有名な画家、マウフェから多くの教えを受けたそうです。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_2

「麦わら帽子のある静物」ゴッホの初期の習作で、美大生の課題のような静物画モチーフを選び、質感を描き分けています。ゴッホがこの作品を長らく手元に残していたのは初心に戻るためでしょうか。「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」展示風景、上野の森美術館、2026年

「麦わら帽子のある静物」はその頃に描かれた油彩画。布や麦わら帽、陶器など質感の違いを描き分けようとするゴッホのまじめな姿勢が感じられます。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_3

「大工の仕事場と洗濯場」画廊を経営していたコルネリス叔父からの依頼を受けて描かれた風景画のうちの一枚。天候などで納期が遅れることもあったようです。フィンセント・ファン・ゴッホ《大工の仕事場と洗濯場》 1882年5月下旬 鉛筆、黒チョーク、黒インクのペンと筆、茶色の淡彩、不透明水彩、引っかき傷、升目状の跡/簀の目紙 クレラー=ミュラー美術館  ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. 

屋外に出て描くようになった初期の素描には、画力のポテンシャルの高さが表れています。遠近法やプロポーションの技法を駆使した「大工の仕事場と洗濯場」は、オランダの大工の作業場を上から見下ろす構図で、奥行きも感じられます。この頃、叔父からハーグの都市の風景画を発注され、気合を入れて描いていたのでしょう。「叔父の注文は僕にとって一条の光」と語っています。鉛筆で下絵を描き、洗濯物を白い絵の具で塗り重ねていて、まるで洗剤のCMのように白くなった洗濯物が並んでいます。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_4

左「ニューネンの古い塔」12世紀の教会の古い塔は、取り壊されることが決まっていたそうで、ゴッホはそれまでの間、35点もの作品にこの塔を描き残しました。いい供養になったことでしょう。「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」展示風景、上野の森美術館、2026年 

1883年から1885年まで、ゴッホは「塔」がマイブームだったようです。ニューネンにある荒廃した教会の塔をモチーフに35点もの作品を描いています。「ニューネンの古い塔」は、取り壊される前の古い塔から漂う哀愁といわくありげな佇まいが印象的。普通の人なら目にとめない、古ぼけた塔をさまざまな画材で描き残したゴッホに優しさを感じます。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_5

「織機と織工」織工を描くことで、光と色の対比を研究していたゴッホ。当時は彼の中で織工ブームが一時的に来ていましたが、そのあと関心の対象は農民に移っていきます。フィンセント・ファン・ゴッホ《織機と織工》1884年4月-5月 油彩/カンヴァス クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

人間への眼差しも同じく慈愛に満ちています。ゴッホは炭鉱夫や農民をモデルに作品を描いていますが、これまで着目されていなかった「織工」の人々をモチーフに作品を制作。暗いタッチで、巨大な織機で黙々と作業する人々を描きました。「夢見るようで、物思いに耽り、夢遊病者のような人。それが織工だ」とゴッホは弟テオに宛てた手紙に書き綴っています。織工の作業場を訪れたゴッホは「レンブラント風の明暗」に心惹かれたそうです。「織機と織工」は、窓のかすかな光で浮かび上がる織工が神聖な気配を漂わせています。ゴッホが労働者を描いた作品は、相手の仕事に対するリスペクトが感じられます。ゴッホがパリに出て印象派の明るい色彩に感化される前の、ダークな色調ながら素朴で力強い作品の数々を見ることができました。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_6

「じゃがいもを植える農民」オランダのニューネンで描いた農民モチーフの作品。じゃがいもの植え付けの行程が流れるように描かれています。7人もの農民が描かれている大作。フィンセント・ファン・ゴッホ《じゃがいもを植える農民》1884年8月-9月 油彩/カンヴァス クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホは質素で素朴な農民の姿にも惹かれていました。ミレーを敬愛し、農民を理想的な人間の姿と考えていたそうです。個人的にもじゃがいも好きとして惹かれたのが今回の展示のじゃがいもシリーズ。「じゃがいもを植える農民」は、横長のカンヴァスに、シャベルで土を掘る人や種を植える人が描かれています。草木が生えない痩せた土地でも育つじゃがいもは、いつの時代も庶民の味方です。「じゃがいもを食べる人々」は、そうやって自分の手で育てたじゃがいもを食べる農民たちの夕食の光景。男性が手に取ったじゃがいもをしげしげと眺める表情は「今年は雨が多いからサイズが小ぶりだな」など、農民としてプロフェッショナルに品評しているようです。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_7
【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_8

「じゃがいもを食べる人々」ゴッホにとっては自信作で「ヌエネンで描いたジャガイモを食べる農民の絵は、結局のところ私がやった最高の作品」と妹への手紙に綴っています。フィンセント・ファン・ゴッホ《じゃがいもを食べる人々》 1885年4月 リトグラフ/網目紙 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands. 

「皿に伸びる彼らの手は、土を掘ったその手なのだ」と、ゴッホは弟のテオへの手紙に綴っています。ゴッホは石板にこの絵を描き、リトグラフにするほど思い入れがありました。見れば見るほどじゃがいもが食べたくなってきますが、発表当時は画面が暗すぎると批判されたそうです。

他にも「炉端でじゃがいもの皮をむく女」「じゃがいもの皮をむく女」「じゃがいもを掘り出す農婦」とじゃがいもがモチーフの作品が豊作で、自らも主食として食べるほど好物だったゴッホのじゃがいも愛が伝わってきます。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_9

「バラとシャクヤク」モデル代が出せなかったゴッホは、知人からもらった花をモチーフに描いていました。花は裏切りません。明るくて美しい花々が心を癒してくれたことでしょう。フィンセント・ファン・ゴッホ《バラとシャクヤク》1886年6月 油彩/カンヴァス クレラー=ミュラー美術館 © Collection Kröller-M ller Museum, Otterlo,the Netherlands.

1886年、ゴッホは、画商だった弟のテオを頼りパリに移住します。ルノワールやモネといった印象派の画家たちから影響を受け、暗いトーンから鮮やかな色彩へと作風が変化。暗いトーンの絵を描いていたときは「闇の中に存在する光にこそ美がある」と考えていたゴッホですが、一転して華やかで陽気な花の絵などを描くようになります。「バラとシャクヤク」「野の花とバラのある静物」「青い花瓶の花」など、光と色がカンヴァスに封じ込められ、花の香りが漂ってきそうです。お金がなくてモデル代を支払えなかったゴッホにとって花はありがたいモチーフだったようです。また、人にモデルを頼めない代わりに自画像を描きまくった時代もありました。今回展示されている「自画像」もそのうちの一つです。グリーンやブルーの爽やかな色彩の中、不安や憂いを帯びた瞳が何かを物語っています。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_10

「夜のカフェテラス」今もアルルのフォルム広場に建物だけは存在しているそうです。現代はこんなにたくさんの星が見えないかもしれませんが、この絵の中には永遠に美しい星がまたたいています。フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス(フォルム広場)》1888年9月16日頃 油彩/カンヴァス クレラー=ミュラー美術館 © Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

1888年、さらに明るい色彩を求め、パリを去ってアルルに移り住んだゴッホ。もしかしたら自分の内の闇が色濃くなってきて、外側に明るさを求めるようになったのかもしれません。この地では積極的に制作に励み、今回の目玉である「夜のカフェテラス」を完成させます。アルルのフォルム広場で夜遅くに描かれたこの作品は、その時の星の配置も忠実に再現しているそうです。黒が使われていない深いブルーの夜空が優しく空間を包み込んでいます。カフェの黄色い壁と屋根のコントラストが効いていて、カフェ好きとしてもおしゃれな空間に引き寄せられます。

一般公開中の平日の午前中に訪れたのですが、この「夜のカフェテラス」は撮影可能ということもあり、近くで観たい人々で長蛇の列でした。まるでルーヴル美術館の「モナリザ」のような熱気が渦巻いていました。並んでやっと至近距離で見られたときは、ゴッホが夜の街でこのカフェを発見したときの感動を疑似体験したようでした。困窮していたゴッホは、カフェの絵を描いていても、実際にお店に入ってコーヒーを頼めなかったのかもしれない、そんな想像をすると、近づけそうで近づけない微妙な距離感が意味深に思えてきます。ゴッホには、カフェでの癒しの時間がもっと必要だったのかもしれない……勝手ながらそんな思いを抱き、星空とカフェの美しいハーモニーの余韻に浸りました。心をかき乱され、不安定さが伝染しそうな激しい作品が多い中、今回の展示はゴッホのピュアで繊細で穏やかな一面を見たようで、心が浄化されました。

【大ゴッホ展レビュー】「夜のカフェテラスの画像_11

「自画像」パリに移住してから、モデル代節約のために数十枚も自画像を描いていたゴッホ。当時の精神状態を伺える貴重な資料でもあります。フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》1887年4-6月 油彩/厚紙 クレラー=ミュラー美術館 © Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

「大ゴッホ展  夜のカフェテラス」
期間:~2026年8月12日(水)
時間:9:00~17:30 (日~木)9:00~19:00(金・土・祝日)※入館はいずれも閉館時間の30分前まで
休:会期中無休
会場:上野の森美術館
東京都台東区上野公園1−2
https://grand-van-gogh-tokyo.com/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。