【平野紗季子のスイーツタイムトラベル 最終回】1902年のアイスクリーム

おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載

お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。

 冷たくて甘くて、白くてなめらかで、バニラと卵の香りがして。アイスクリームという食べ物はそれだけで素晴らしいというのに、資生堂パーラーのといったら丁寧にスクープされて、恭しく銀器に盛られて登場する。そのときの「ああ、これがスターなんだな」という空気。誰がどんなに美粧を凝らしたとしてもかなわない、無垢にして完全な美が、そこにある。あなたは特別。わたしは普通。テーブルにはひと筋のスポットライトが見えるんだ。

 資生堂パーラーのアイスクリームの誕生は1902年(明治35年)のこと。創業者の福原有信氏が、銀座の資生堂薬局の一角でアイスクリームとソーダ水を売り出したのが始まりだ。冷凍庫もない時代、先端文化の博覧会のような街で出合う未知の甘味は、どんなに輝いていただろう。かつてはアイスクリーム専用のテイクアウト容器まで開発していたというから、それはそれは特別のものだったに違いない。「病床に伏せる主人の大好物だから」と、アイスクリームをテイクアウトしていくご婦人もいたと聞いたこともある。たしかに体が弱っていても、お布団から起き上がれなくても、甘くとろける冷たいアイスクリームなら、しかもそれが大好きな資生堂パーラーのものならば、喜んで受け入れられたはず。「最後の晩餐にはなにを食べたい?」。あのありふれた質問にはいつも頭を悩ませてきたけれど、これからは「資生堂パーラーのアイスクリーム」って答えようかなあ。往生際まで夢を見る、そんな人生を送れたら幸せ者だ。今はカップ入りも売っているから冷蔵庫に常備できて大安心、このデザートとは長いつき合いになりそうです。

資生堂パーラー銀座本店ショップ
●東京都中央区銀座8の8の3 東京銀座資生堂ビル1F
☎03-3572-2147 営業時間 11時~21時 ㊡年末年始
モダンなカップのアイスクリームは¥400

PROFILE
ひらの さきこ●1991年、福岡県生まれのフードエッセイスト。雑誌での連載のほかお菓子のプロデュースなども手がける。instagram:@sakikohirano

SOURCE:SPUR 2019年6月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson