若者や気鋭のブランドから感じるのは“パンク”なムードの隆盛。既存の価値観に対するカウンター的姿勢を貫くブランドの変遷をたどりながら、なぜ今パンクが求められているかを考える
1 セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスとヴィヴィアン・ウエストウッドを捉えた1976年の写真
2 破れたドレスに星形のスタッズ、安全ピンなどが施されたザンドラ・ローズのコレクションを着たデボラ・ハリー
3 アレキサンダー・マックイーンの1996年秋冬コレクション。ドラマティックな演出で、世の中に疑問符を投げかけた
4 本誌(1996年1月号)のコレクションスナップに登場したステラ・テナント
パンクとは、社会の規範に対する精神性
by 蘆田裕史(京都精華大学准教授)
「コロナ禍の現在、生活のさまざまな場面でルールを押しつけられ、不自由さを感じることも少なくありません。規範が強く求められると、必ず反発が生まれる。パンクが生まれた60年代と、今の時代はどこか通じる部分があります」と語る蘆田さん。そもそも、パンクの定義とはいったい何なのだろうか。「革ジャンにスタッズ、破れたジーンズなど、ぼんやりとしたパンクのイメージは、記号としての役割しか果たしません。社会の規範に対して、強い意志で反抗すること。表層的なジャンルのひとつではなく、その精神性にあるのです」
パンクの起源について背景を探ると、時は1960年代に遡る。
「1968年のパリ五月革命を皮切りに、ヨーロッパでは若者による権力への抵抗運動が起き、そういった社会情勢の中でさまざまなカウンターカルチャーが生まれてきました。イギリスでは1975年にセックス・ピストルズが結成され、彼らの人気とともに、パンク・カルチャーは目に見える形で広まっていったといえるでしょう。そのプロデュースを手がけていたのが、マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッド(1)。彼らが開いた店『レット・イット・ロック』には若者が殺到し、パンクの震源地となりました。『サブカルチャー――スタイルの意味するもの』(ディック・ヘブディジ著/1986年)の中で『勝手気ままな寄せ集めスタイル』と評されるように、ストリートから発生したさまざまな若者文化を『ブリコラージュ』したものが、パンクのひとつの定義と言えるのかもしれません。以降、パンクの精神性、その記号的モチーフは、ファッション史の中で多数引用されてきました。メトロポリタン美術館服飾研究所のキュレーター、アンドリュー・ボルトンは、パンクがコレクションに取り入れられた初の事例として、1977年のザンドラ・ローズのコレクション(2)を挙げています。既存の美しさやシステムへのアンチテーゼという点で考えると、『黒の衝撃』と呼ばれるコム デ ギャルソンとヨウジ ヤマモトのデビューショー(1981年・パリ)や、The Antwerp Sixの合同ショー(1985年&86年・ロンドン)も、その精神性を受け継ぐ出来事だったと言えるでしょう。90年代に入ると、『ファッション界のフーリガン』と呼ばれたアレキサンダー・マックイーン(3)が頭角を現します。彼の友人としても知られ、昨年逝去したモデルのステラ・テナント(4)も、スコットランドの貴族階級出身でありながら、パンキッシュないでたちでデビューし、自分のスタイルを生涯貫いた女性といえるでしょう」
そして2010年代へ。「既成の価値観への反発は、グレタ・トゥーンベリさんのようなZ世代の台頭により多様な解釈を帯び、ファッションに新しい疑問符を提示してきたように思います。いわゆる"パンク"なモチーフはなくとも、典型的な男性像に対するオルタナティブを提示してきたJW アンダーソン(5)、ストリート色の強いウェアでデビューしたヴェトモン。カウンターとして出発した彼らも、今やメゾンブランドを牽引する存在です。ラグジュアリーブランドが、その対極にある価値観やストリートでの流行を瞬時に取り入れるという流れも、2010年代の特徴と言えるでしょう。パリ以外に目を向けると、ロンドンのチャールズ・ジェフリー ラバーボーイ(6)やマティ・ボヴァン、イタリアのスンネイ(7)もファッションへの懐疑性をユーモア満点に表現しています。東京拠点のKIDILL(8)とrurumu:(9)も異彩を放つ存在。日本ならではのサブカルチャーとリンクしながら、カルト的人気を得ています。ファッションはいつの時代も自由と不自由という二極の間を振り子のように揺れ動き、リバイバルを繰り返しながら更新されていくのです」
5 ジェンダーの垣根に対し、新しい提案を試みたJW アンダーソンの2013年秋冬メンズウェアコレクション。フリルを用いたAラインのシルエットで、新しい男性像を打ち出した
6 ユースカルチャーと連動し、ロンドンのファッションシーンを賑わすチャールズ・ジェフリー ラバーボーイ
7 デザイン未経験のデザイナーデュオが手がけるスンネイは、ファッション界の常識を爽やかに欺く Instagram: @sunnei
8 デザイナーの末安弘明が傾倒するハードコアパンク、グランジ、スケートボードカルチャーをストレートに表現するKIDILL
9 「嘔吐クチュール」をコンセプトに掲げていた縷縷夢兎が量産アイテムを展開するrurumu:
Profile
あしだ ひろし●ファッション論を専門とし、京都精華大学デザイン学部准教授、副学長を務める。ファッションの批評誌『vanitas』(アダチプレス)編集委員。最近の著書に『言葉と衣服』(アダチプレス)がある。
photography: Getty Images text: Sakiko Fukuhara