米原さん、これがハルヴァじゃないですか?

ロシア語通訳の米原万理さんのエッセイに「トルコ蜜飴の版図」という名作があります。米原さんがプラハで暮らしていた少女時代、たった1回だけ口にした「ハルヴァ」というソビエトのお菓子について綴った随筆です。忘れられないその味を探し続ける米原さんの長年の奮闘ぶりが綴られているのですが、それはまだ見果てぬエキゾチックな美味しさが読む側にくっきり香ってくるような力強い文章で、私も「ハルヴァ」を見つけてみようと立ち上がったことがありました。

もう15年近く前の話です。出張や旅の傍ら、ギリシャやトルコで探しました。買い求めては味見をするのですが、名前こそは「ハルヴァ」に違い響きでも、油分が違う、質感が違う、色が違う。ナッツはふんだんに入っていてもどっしりした粘土のようなものや、カッチカチの硬い飴ばかりで「違う、これじゃない」と肩を落とす日々。なかでもいちばん近かったのがトルコのサフランボルという街で見つけたお菓子だったのですが、米原さんが綴るところの「ベージュ色のペースト」ではなくて特産品のサフランを用いた鮮やかな黄色だし、「噛み砕くほどにいろいろなナッツや蜜や神秘的な香辛料の味が湧き出てきて」というより、粘度が高くてヌガーに近い。これはと思うものを発見することができたなら、大好きな米原さんに文藝春秋社気付で郵送しようと鼻息荒く張り切っていただけに(面識は一切ありません、単なる一愛読者です)、いつもがっかり帰路につくのでした。

これが「ハルヴァ」なのではないか? という味に運命的に出合ったのは、ごく最近のことです。@ひとりっP 先輩のドバイ土産の「ノコチ」がそれでした。ドバイの高級パティスリー、「ヴィヴェル」のアラブクッキーだそうで、口内でカルダモンをはじめとしたスパイスが美しい多重奏を奏でながら、ハラハラと軽い口どけで解けていく。馥郁とした香辛料の残像を残したまま、まるで水みたいに消えて無くなるんです。その歯ごたえや香りは私が勝手に想像を膨らませたところの「ハルヴァ」そのもので、もし米原さんがこれを味見したら「かなり近いわ、これ!」と膝を打ってくれるのではないかという感動的な美味しさでした。

米原さんが病気で亡くなって、この5月で10年になります。今ごろ、心ゆくまで「ハルヴァ」を食べておられることを願いつつ、米原さんの「ハルヴァ」を「ノコチ」に重ねてしみじみと味わっています。

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エディターIGARASHI

おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。

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