1990年代前半にモード界にも大きな影響を与えた「グランジ」とはいったい何なのか。音楽ライター、粉川しのさんがグランジが生まれた経緯やシーンを牽引した人物、彼らのファッションについて解説。さらに、今私たちはどのようにそのムードを取り入れればよいのか、音楽にも造詣の深いスタイリスト、遠藤彩香さんがアドバイスする。

今、再考する“グランジファッション”。90年代カルチャーから最新スタイルまで徹底解説

1990年代前半にモード界にも大きな影響を与えた「グランジ」とはいったい何なのか。音楽ライター、粉川しのさんがグランジが生まれた経緯やシーンを牽引した人物、彼らのファッションについて解説。さらに、今私たちはどのようにそのムードを取り入れればよいのか、音楽にも造詣の深いスタイリスト、遠藤彩香さんがアドバイスする。

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粉川しのプロフィール画像
音楽ライター粉川しの

元『ロッキング・オン』編集長。アーティストのインタビューやライナーノーツの執筆を手がける他、雑誌、ウェブメディアに多数寄稿している。ラジオ、ポッドキャストなどのコメンテーターとしても活躍。

遠藤彩香プロフィール画像
スタイリスト遠藤彩香

販売員やセレクトショップのバイヤー、スタイリストアシスタントなどを経て2009年に独立。モード誌を中心に活動している。

グランジとは?

音楽ライター、粉川しのさんによれば、グランジとは、「アメリカ・シアトルを中心に起こった、パンクとメタルを融合させたような、重くて暗くて激しい、ノイジーな音楽の総称」。1980年代末ごろ生まれた言葉で、シアトルのインディレーベル「サブ・ポップ」のオーナーが生み出したと言われているそう。

「シアトルでは地元の大企業だったボーイング社が70年代に大規模なレイオフを行い、80年代後半になっても不況と停滞感は完全に拭えず、若者の失業率も高いままでした。寒いし暗いし、どんよりした雰囲気だったようです。そういう街で音楽活動をしている子たちは、当時人気を博していた派手なハードロックやキラキラしたポップスのアンチとして、自ずとパンク的になっていきました。お金がない彼らが古着を身にまとい、コーヒー1杯で何時間も粘る──そうした文化が、1992年にスターバックス コーヒーがナスダック証券取引所に上場するなど、カフェカルチャーの商業化にもつながります」。

グランジの盛り上がりと終焉

「貧困と屈折した憂鬱な気持ちから、“死にたい”、“破壊したい”とニヒルに歌う」グランジ。ただ、1987年結成のロックバンド、ニルヴァーナが1991年にリリースしたアルバム『Nevermind』の大ヒットで風向きが変わってしまう。

「反商業的であったはずのグランジがメジャーで大ブレイクしてしまったんです。嫌悪していた、かつてのヘア・メタル(異性を意識してヘアメイクアップにこだわるメタルバンド)のような売れ方にニルヴァーナのフロント・マン、カート・コバーンは苦悩し、1994年に自殺する。グランジのニヒリスティックなムードが、本当に人を殺してしまったわけです。“シャレにならない”と皆思い始め、グランジのナイーブな感じはどんどんなくなっていきます」。

1990年代前半に起こった短命なムーブメントだったが、そのインパクトは大きかったという。

「イギリスではその対極をいくブリットポップが生まれ、アメリカではニューメタルやヘヴィロックといったポストグランジ勢が登場。現在リバイバルしているコーンやデフトーンズが、このシーンに該当します」。

グランジファッションとは?

グランジファッションのカリスマ、カート・コバーン

カート・コバーンのファッション

1993年、NYでボーダーのニットを着てパフォーマンスするカート・コバーン Photo:Getty Images

では、1990年代前半に一世を風靡したグランジで見られたファッションとはどういうものだったのか。

カート・コバーンのファッション

1993年、カーディガンを羽織って音楽番組「MTVアンプラグド」で歌うカート・コバーン Photo:Getty Images

粉川さんによれば、やはりカリスマはカート・コバーンだった。

「ボーダーのニットやコンバースのスニーカーなど、カートはどちらかというとパンク寄りのファッション。“暖かいから”という理由だけで選んだネルシャツやどこかから見つけてきたモヘアのカーディガンなど、ニルヴァーナに『Come As You Are』という曲がありますが、まさに“普段着でいいよ”ということなんです。ロックをやるのに、革のパンツをはいたり、上半身裸になるのは、“むしろダサいよね”という感覚です。そして1980年代メタルのマッチョイズムに対する嫌悪感もあり、“ナイーブでもいいんだ”と、グラニードレスを着たりもする。ジェンダーレスな装いはかつて、グラムロック・ムーブメントを牽引したデヴィッド・ボウイのような選ばれた人だけのアートでしたが、“好きに着ればいいじゃん”がグランジの姿勢。“おしゃれをしちゃいけない“というおしゃれなんです」。

カートコバーンのフェミニンなスタイル

1991年、フリルがあしらわれた白襟付きのミニドレスをまとうカート Photo:Getty Images

そして、「バンドが他のバンドTシャツを着る」というのもカートが当たり前にした。

「シンガーソングライターのダニエル・ジョンストンのアルバム『Hi, How Are You』のジャケット写真がプリントされたTシャツを着たのは有名ですが、他にも少年ナイフなど、カートは好きなアーティストのTシャツを着る癖があった。1990年代、過去のたくさんのレジェンドらをオマージュするということが気軽にできるようになったのが大きいかもしれません」。

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『Hi, How Are You』のジャケット写真がプリントされたTシャツを着ているカート。1992年のMTV Video Music Awards授賞式にて Photo:Getty Images

グランジ界のカリスマ、エディ・ヴェダー、レイン・ステイリー

(左)エディ・ヴェダー、(右)レイン・ステイリー Photo:Getty Images

グランジ界には、他にもカリスマがいた。

「パール・ジャムのフロントマン、エディ・ヴェダーは、ワークウェアを着て、シアトルのワーキングクラスを表現していました。グランジファッションの典型である長袖の上に半袖Tシャツを重ねるというスタイリングも、ただ寒かったから、という話です。メタル寄りのバンド、アリス・イン・チェインズのボーカル、レイン・ステイリーにもカリスマ性がありました」。

映画『シングルス』でジャネットを演じるブリジット・フォンダ

映画『シングルス』でジャネットを演じるブリジット・フォンダ

なお、映画『シングルス』(1992)では彼らがサントラに参加。出演もしている。

「まさにシアトルを舞台にしたグランジの映画です。監督は音楽誌『ローリングストーン』のライターをやっていたキャメロン・クロウで、グランジのムーブメントが始まる瞬間から全てを見てきた人。グランジファッションを堪能できます」。

グランジが一般化。普及したきっかけとは?

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コートニー・ラブ Photo:Getty Images

1990年代初頭に“メジャーで大ブレイク”したグランジだが、バンド、ホールのフロント・ウーマンで、カート・コバーンと結婚したコートニー・ラブの真似をするのはハードルが高い。そんな中、例えば俳優のウィノナ・ライダーが“表層的な”アイコンとなる。

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1990年に撮影されたジョニー・デップとウィノナ・ライダー Photo:Getty Images

そして、ついにモード界もグランジを取り上げることになる。1992年にはモード誌で特集が組まれ、マーク・ジェイコブスが手がけていたペリー・エリスの1993年春夏コレクションではスーパーモデルたちがシルクで表現されたネルシャツやシフォンのグラニードレスなどをまとい、ニルヴァーナの音楽に合わせてランウェイを闊歩した。ただ、保守的な顧客や批評家には受け入れられず、音楽業界からも反発を買う。マークは解雇されてしまうのだった。

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ペリー・エリス1993年春夏コレクション

1990年代以降のストリートファッションブーム

ヴェトモン2016年春夏コレクション

ヴェトモン2016年春夏コレクション

マーク・ジェイコブスによるペリー・エリスの「グランジコレクション」は、ストリートカルチャーをハイファッションに昇華させる、という手法だったが、以降もそうしたブームが訪れる。

バレンシアガ2016年秋冬コレクション

バレンシアガ2016年秋冬コレクション

まずは2016〜2018年ごろに盛り上がりを見せた、当時ヴェトモンバレンシアガを手がけていたデムナが牽引したスタイルだ。フーディジーンズをはじめとするカジュアルなアイテムを上質な素材を用いたりシルエットを変化させたりして再解釈し、ラグジュアリーの世界を驚かせた。

2021年頃の「Y2K」ブーム

2000年代初頭のパリス・ヒルトン

2000年代初頭のパリス・ヒルトン

また、コロナ禍で暗いムードが漂っていた2021年頃には「Y2K」ブームが起こる。Y2Kとは「Year 2000」の略で、アイコンは2000年代のパリス・ヒルトン。オーセンティックなアイテムを用いながらもシルエットはタイトで、堂々とボディラインを見せ、ラインストーンなどで「盛る」のが特徴だった。

ミュウミュウ2022年春夏コレクション

ミュウミュウ2022年春夏コレクション

2022年春夏のランウェイでは、ミュウミュウやディーゼルなどでベーシックなアイテムながら大胆に肌を見せるデザインが披露されている。

スタイリストに聞く。2020年代のグランジファッション

ところで、2020年代にグランジを感じるファッションはあるのだろうか。スタイリストの遠藤彩香さんは、グランジファッションを次のように捉えている。

「ダメージがあるオーセンティックなアイテムを、まるで適当に手に取ったかのようにラフに合わせてルーズに着るスタイルだと思います。カート・コバーンしかり、コートニー・ラブしかり、着る人は反骨精神を持っており、“かっこつけ過ぎないのがかっこいい”という美学があります」。

ドリス ヴァン ノッテン2020年秋冬コレクション

ドリス ヴァン ノッテン2020年秋冬コレクション

そうした観点から遠藤さんがまずセレクトしたのは、ドリス ヴァン ノッテンの2020年秋冬コレクション。セルジュ・ルタンスが1980年代に打ち出した官能的でミステリアスなメイクアップや、当時のロンドンのクラブシーンをイメージしたコレクションだったが、チェック柄やパイソン柄、ハワイアンプリントなどを大胆にミックスしている。

スタイリスト 遠藤彩香

「いろいろな要素を大胆にミックスしていて、ややルーズなシルエット。ブランドの揺るぎない核があるからこそできる表現です」。

ボッテガ・ヴェネタ2023年春夏コレクション

ボッテガ・ヴェネタ2023年春夏

次に挙げたのは、マチュー・ブレイジーが手がけていた2023年春夏ボッテガ・ヴェネタでケイト・モスが着用したルック。チェックのネルシャツやジーンズ、チノパンといったアメカジ風のワードローブをレザーで表現している。

スタイリスト 遠藤彩香

「グランジ全盛期を代表するスーパーモデル、ケイト・モスを起用し、一見カジュアルなスタイリングですが、実はシャツもジーンズもレザー製。グランジを直接的に引用するのではなく、あえて距離を取る“メタ的な視点”から構築されたルックです」。

フィービー ファイロ Collection "C"

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最後は、フィービー ファイロで展開している、部屋着のようなフォルムのコートをまとったルック。

スタイリスト 遠藤彩香

「ルーズなシルエットのガウン風のコートと、ぼさぼさのヘアにグランジのムードを感じます。上質な素材を用いているというのがポイント」。

最新ストリートスタイルにみる「ネオグランジ」ファッション

グランジスタイルを日常に落とし込むには、遠藤さんによると次のようなコツがある。

ルーズなシルエットで、重心を下に持ってくるイメージです。こなれた感じがあった方がいいので、ヴィンテージや、ワードローブの着古したアイテムをミックスするといいのではないでしょうか。ランジェリースウェットガウンといったルームウェアをあえて用いるのもいいかもしれません」。

ただ、1990年代そのままのスタイルでは今の気分にそぐわない。精神は踏襲しつつも、2020年代のランウェイに見られたようなアップデートが必要。最新ストリートスタイルから、コーディネートの参考にしたいスナップを遠藤さんにピックアップしてもらった。

最初は今年の初め、NYでキャッチされたクリステン・スチュワート。

最初は2026年1月、NYでキャッチされた俳優のクリステン・スチュワート。

スタイリスト 遠藤彩香

「Tシャツなのにドレスは華やかなスパンコールでシースルー。クローゼットにあったものを適当に組み合わせた感じがします。ヘアもさっと結んだだけで、計算しすぎていない絶妙なバランスです」。

NYファッション・ウィークに参加していたフォトグラファー、ユルゲン・テラーのクリエイティブ・パートナー、ドヴィレ・ドリザイトのグランジファッションスナップ

次は、NYファッション・ウィークに参加していたフォトグラファー、ユルゲン・テラーのクリエイティブ・パートナー、ドヴィレ・ドリザイト。

スタイリスト 遠藤彩香

「ガウンのようなルーズなシルエットのコート。ハイブランドのアイテムを用いてはいますが、適当なヘアメイクアップなどに飾り気のない姿勢が感じられます」。

パリ・ファッション・ウィークのオフランウェイで出合ったグランジファッションのスナップ

こちらはパリ・ファッション・ウィークのオフランウェイにて。チェックのシャツの腰巻きが“ザ・グランジ”だが、着地が1990年代とは異なる。

スタイリスト 遠藤彩香

「異なる要素をミックスしていてルーズな印象。足もとのスタイリングに新しさを感じます」。

パリ・ファッション・ウィークのスナップ。ランジェリー風のスカートとパンツのレイヤードにグランジ感が漂う。

最後もパリ・ファッション・ウィークより。ランジェリー風のスカートとパンツのレイヤードにグランジ感が漂う。

スタイリスト 遠藤彩香

「バッグを持たず、ファッションのルールを気にしていない感じがする。もうちょっとボリュームのあるシューズだったらよりグランジっぽいかも」。