いのちあるもののかたち【Alice Waese】 #72

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ジュエリーって、こんなに自由でいいんだ。Alice Waese(アリス ウェイズ)さんが作るリングをはじめて見たときにそう思った。いびつでゴツゴツしたフォルム。あえて残された指紋の跡が生み出す、なま温かい質感。幼いころ、お弁当のおかずのアルミカップを捻って作った、くしゃくしゃの指輪のことを思い出した。お姫さまごっこの必須アイテムだったんだよなあ。あれがないとお姫さま役が成立しないのに、幼稚園の先生に見つかると「捨てなさい」って叱られたっけ。

マットなイエローゴールドの地金は、新生児のしわしわの肌みたいでやわらかそう。それとは対照的に、艶やかな視線をこちらに送るのは、ふたつの純白パールの眼。「生まれたときからずっとここにいますけども」といった様子で、自分たちが昔は貝の体内にいたことをすっかり忘れてしまっているよう。さっきアルミカップの指輪のことを思い出したからか、カップにくっついたままになっている食べ残しの白花豆のようにも見えてくる。

ふたつのパールは指輪にセットされているというよりも、何かの拍子にうっかり埋まってしまったんじゃないかと思わせる不気味さがあって、トロンとしたまなざしを感じるたびに、背中の下あたりがゾワッとする。同時に、無骨な造形とのコントラストを生む球体の完全美に、思わず息をのむ。違和感が重なり、溶け合い、形成された小宇宙。その存在感は何ものにも代えがたい。

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Pearl indus ring〈ホワイトパール、K14YG〉¥906,000

カナダ出身のアリス ウェイズさんは、ファッションブランドで働いたのち、ファインアートを学ぶべく渡英。ゴールドスミス カレッジで彫刻とドローイングを修め、ジュエリー工房で研鑽を積み、現在はニューヨーク・ブルックリンを拠点に製作活動を行っている。型破りなデザインをただの奇抜で終わらせず、ギリギリのラインを保ちながらも見る者の心を掴む作品へと昇華する。彼女の類まれなセンスは、多彩なバックグラウンドがあってこそ培われたものだ。

インスピレーションの源は、日常にある何気ないもの。それは生き物の一部分かもしれないし、いつかどこかで見た景色かもしれない。あるいはもっと内側の、心に内在する形のないものが表現されているのかも。果たしてそれは何なのか。アヴァンギャルドなピースと対峙しながら、道なき道をあてもなく彷徨ってみるのも楽しい。

リングをじっくり眺めているうちに、あ、と気がついた。食器棚の一番奥にしまってある、お気に入りのうつわ。前に一度割れてしまったのだが、当時の夫が金継ぎセットを取り寄せて自己流で直してくれた。決して上手とはいえない出来だったけれど、不格好さに愛嬌があって憎めない。ただ、再生したうつわはまだ一度も使えないでいる。ところどころ、繕った部分に夫の指紋の跡がうっすらと残っていて、それがどうも生々しくて料理を盛る気になれないのだ。

人の手で作られたものだけが持つ、そこに確かに存在する温もり。もののいのちの証。新たな命を吹き込まれたうつわも、手作りのリングも、作り手はとても遠いところにいるはずなのに、振り向けばすぐそこにいるかのようだ。

アーツ&サイエンス青山(アリス ウェイズ)
03-3498-1091
https://arts-science.com/

https://www.alicewaese.com/jewelry/

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