塔ノ岳、いつかホームマウンテンと呼びたい山【井之脇海と、山の話 最終回】

 父親の仕事の関係で、小さい頃から時々神奈川県の丹沢方面には来てたんです。だからなんとなく「丹沢」という言葉にはなじみがありました。この辺りにくると、「帰ってきたな」という気持ちになります。

 2020年12月上旬、神奈川県の屋根とも言われる丹沢で最もメジャーな山、塔ノ岳(標高1490.9m)に行ってきました。

5年前、丹沢主脈を縦走した際に親友H(写真左)と山頂で。残念ながらガスで富士山は見えず。「丹沢山から塔ノ岳のルートがきつかった!」

走って登っていたので汗がそのまま外気と風で冷やされて、坊主頭に霜が降りた⁉

今回も山頂ではガス。あえて5年前と同じポーズで。
ジャケット¥27,000/ザ・ノース・フェイス マウンテン その他/すべて私物

 塔ノ岳に登るにはいろいろなルートがあるけれど、今回は大倉バス停から、大倉尾根を経由し、塔ノ岳をピストンするルートを選択。休憩抜きで往復約6時間半のしっかりした山行です。この大倉尾根、山好きな人は知っていると思うけれど通称「バカ尾根」と言われています。なぜそんなふうに呼ばれるようになったのか、正確なことはわからないけれど、登ってみるとその愛称がよくわかる。とにかくルートのほとんどがきっつい登り。登山道はしっかりと整備されているとはいえ、先が見えないくらい延々と上りの階段が続いているのを見上げると、途中でめげそうにもなるくらい。そして、その標高差はなんと約1200メートル! 1200メートルっていうと日本アルプスに登るのにも引けを取らないから、どうりでハードなわけです。都内近郊で日帰りできて、これだけ登りがいのある山は少なく、だからこそ塔ノ岳は人気があるんですね。しかも、晴れた日には山頂からどーん!と富士山の雄姿が拝めるご褒美も。

 塔ノ岳には、父親と2回、大学からの親友Hと1回登っていて今回は4度目。思い出深いのは友人Hとの山行。そのときは丹沢主脈の蛭ヶ岳〜丹沢山〜塔ノ岳をピストンで日帰り、というかなりのハードスケジュールでした。しかも登ったのは僕の20歳の誕生日の翌日。そういえば、Hからは誕生日おめでとう、って言われた気がするけれど、それくらいで大して祝われなかったなあ(笑)。「井之脇、行くぞ!」「はい!」みたいな感じでひたすらハード登山。歩くというよりほとんど走ってましたね。車中泊して、日の出とともに登って、最後には「やばい、日没になっちゃう!」って言いながら駆け下りた。いやぁ〜20歳、体力あった。もう無理ですね。

 そこから数年後、父親と塔ノ岳に来たときはバカ尾根経由。そして今回、この尾根を久しぶりに登った印象は……うーん、修行……いやいや、いいトレーニングルートです。僕は基本的にあまりしゃべらず黙々と登るタイプ。きつい登りを行くときは、自分の歩くペースに合わせてひたすら頭の中で4拍子とかリズムをカウントしていることが多いかな。あとは仕事のこととか、友達のこととか、本当にいろいろなことを考えながら登る。そういうふうにすると、同じような道が延々と続くルートでも飽きないんですよ。でも、今回登りながら登山道が所々新しく整備されていることに気がつきました。こういうふうにマメに整えられているからこそ、気軽に来られるんですよね。ありがたい。

しっかりと整備されたルートを登る。とにかく延々と上り階段が続く。それが「バカ尾根」

ちなみに、僕の丹沢のおすすめのシーズンは11月から12月頭の時期。夏よりは気候的にも登りやすいし、適度に木々の葉も落ちるから、眺望も開けて気持ちがいい。紅葉の時期でもあるので、色づいたもみじや、黄色や赤に染まる遠くの山々が見渡せてきれいだった。こういう景色に出合うと、改めていい山だなあって思いますね。

花立山荘を過ぎ、バカ尾根が終わると、山荘の鍋焼きうどんが有名な鍋割山への縦走路が見える。ガスもかかって幻想的。

標高が低い場所ではちょうどもみじの見頃。数年前は同じ時期でも積雪があったそう。気候の変化も同時に感じて。

 友人Hと登ったときは、登山を始めたばかりの頃。知識もそこまでなくてジャケットや靴もスポーツ用品店で買った安いものだった。だけど、あれから登山の経験も知識も増えたし、装備も整ったし、山の歩き方といったスキルも覚えた。自分なりに成長したんだな、って感じました。同じ山を登るからこそ、変化した自分もわかるんですね。そして、自分の変化だけでなく、一緒に登る相手や季節によっても印象って随分変わる。そういう違いを楽しめる山があるのは、やっぱりいい。これからも丹沢に登りに来て、「マイ・ホームマウンテン」って呼べる関係を築いていきたいな。

塔ノ岳山頂の尊仏山荘にて暖をとりつつ、休憩。温かいお茶や、カップラーメンなどがいただける。

※この連載は次号以降リニューアルしてお届けします。お楽しみに!!

Profile
いのわき かい●俳優。1995年神奈川県・横須賀生まれ。父の影響で登山を始め日本百名
山制覇(ただいま13座)が目標。2021年1月から放映中のドラマ「俺の家の話」(TBS系・金曜22時)ではプロレスラー役に挑戦中! インスタグラムは@kai_inowaki

SOURCE:SPUR 2021年3月号「井之脇海と、山の話」
photography: Kasane Nogawa hair & make-up: Takeharu Kobayashi

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