必要なのは、社会にとって意味のある服。CFCL高橋悠介が見据えるファッションの未来

「服が余っている現代においては、社会的に意味のある服をデザインしなければ価値がない」そう淀みなく話すのは、CFCLの代表兼クリエイティブディレクターの高橋悠介さん。コンピュータープログラミングで編んだ彫刻のようなシルエットのニットウェアが一躍話題を呼び、デビューからわずか1年半でパリコレへの進出を果たした、今もっとも勢いのあるデザイナーのひとりだ。「現代生活のための衣服(Clothing For Contemporary Life)」と銘打つ優れたデザイン性と機能性もさることながら、ファッション業界が直面する人権や環境にまつわる問題にも真摯に向き合い、環境負荷を軽減する服作りを目指している。

2022年7月、世界的な認証制度「Bコーポレーション(以下、Bコープ)」を日本のアパレル企業として初めて取得し、さらなる注目を集めたことは記憶に新しい。洗練されていながらも、社会にとってベネフィットのある服を提案するCFCL。気鋭ブランドのトップが見据えるファッションの未来とは? 10月にオープンしたばかりの表参道の旗艦店で、話を聞かせてもらった。

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厳しい審査基準をクリアし、日本のアパレル初の「Bコープ」企業に

「『Bコープ』が今後、世界のスタンダードになることは間違いありません。取るのが当たり前の時代がくる」インタビュー中、高橋さんは何度もそう明言していた。「Bコープ」とは、米国の非営利団体、Bラボが運営する国際的な認証制度のこと。環境や社会への配慮、透明性、説明責任など、企業のあり方を包括的に評価するもので、世界的な信頼度が高いことから、取得する企業が増えている(2022年11月1日現在で5,965社)。日本ではまだ認知度が低い中、アパレル企業として先陣を切ったのがCFCLだ。

「『Bコープ』の取得は、会社設立時から念頭に置いていました。企業のグリーンウォッシュ*問題が取り沙汰される中で、明確な根拠もなく『自分たちはサステイナブルなブランドです』とアピールすることには違和感があったんです。権威ある第3者機関で認証を取得すれば、自分たちで説明するよりも話は早い。ブランドの価値も高まるし、国際的な信頼も得られると考えました」

*グリーンウォッシュとは、実態を伴わないのに、あたかも環境に配慮した取り組みをしているように見せかけること。

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「Bコープ」は審査基準が非常に厳格なことでも知られている。申請するにはまず「Bインパクト アセスメント」という無料のオンライン認証試験を受けなければならない。5つの分野(ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、カスタマー)から構成される約300の質問に回答したあと、それらを証明するための資料を提出する。さらにオンライン面接や追加資料の再提出など、数回にわたるやりとりを経て回答内容をアップデートしていき、最終的に200点満点中80点以上のスコアを獲得すれば、晴れて認証取得となる。CFCLでは、申請から取得までに1年以上かかった。その険しい道のりを、高橋さんはこう振り返る。

「『Bコープ』から受けた大半の質問で、回答の根拠や理由を説明する記述が求められます。例えばCFCLではリモートワークを推進しているのですが、『社員がリモートワーク勤務のとき、どのような管理体制で地球環境保全を奨励しているか?」という質問がありました。これに対して『ゴミの分別を徹底している』と答えるだけでは不十分で、具体的な根拠と共に示さないと加点は認められません。
『事業で発生するすべての廃棄物量を把握して、いかに低減しているか?』『再生可能エネルギーで生産された自社製品が全商品に占める割合は?』などの項目に答えるためには、サプライヤーをはじめとする取引先の理解と協力が必要不可欠でした。『Bコープ』の質問は、サプライチェーン全体を巻き込んでいかないと答えられないものが多いんです。企業の透明性と説明責任を担保するためにも、下請けは関係ないというスタンスではダメだということなのでしょう。
ラナ・プラザ崩落事故*で露呈したように、ファッション産業は地球環境のみならず労働者の人権においても深刻な問題を抱えています。『自分たちさえよければ』という考え方をやめない限り、社会全体にベネフィットをもたらすことはできません」

*2013年4月24日、バングラデシュにあるファストファッションブランドの縫製を請け負う工場が集まる雑居ビルが突然崩落し、1,127人が犠牲になった痛ましい事故。

評価されたのは、コンピュータープログラミングニットがもたらすビジネスインパクト

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ドラマティックな赤の「ポッタリードレス5」は、旗艦店「CFCL OMOTESANDO」の限定アイテム。

厳しい審査を通過し、CFCLは認証基準の80点をはるかに上回る128点を取得。再生素材を使ったコンピュータープログラミングニットを中心とするビジネスモデルが最も高く評価された。1本の糸から3Dプリンターのように編み上げられるソリッドなニットウェアは、裁断や縫製の必要がなく、製造過程において廃棄物の発生を抑えることができる。しかし、「Bコープ」でその利点を証明するのは大変だった。

「『コンピュータープログラミングニットが、サプライヤーや顧客などのステークホルダーに対して30%以上のベネフィットをもたらすことが可能かを証明せよ』という質問があって、これにはかなり苦労しました。市場に出回っている服の分布図を提出し、コンピュータープログラミングニットが布帛で作られる服に比べてマイノリティであることを示したり、製造段階で廃棄物量がどのくらい抑えられるかを文献からデータを引用して提出したりしましたが、それだけでは足りなかった。シグネチャーのポッタリードレスを裁断が必要な布帛生地で再現し、どのくらいの布が廃棄されたかを示す資料も作成しました。
ほかにも、ポッタリードレスは定番品なのでシーズンを重ねるたびに工場のロス率*が下がることを証明したり、売り上げの伸び率がわかるように発注書や請求書を開示したり、何度も続くやり取りに根気強く対応していきました」

*生産途中で不良品や不要部分が発生する比率のこと。

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日本のものづくりを下支えする使命感

CFCLがこだわる地産地消のビジネスモデルも評価のポイントにつながった。「Bコープ」では、生産拠点を海外に置き、安価な労働力でコストダウンを図るグローバルサプライチェーンが労働者の人権侵害の温床になり得るという考えのもと、本社と工場の距離が80km以内にあることを評価基準として設けている。おもに東北のニット工場と取引しているCFCLにとっては不利な基準のようにも思えるが、そこはどのように評価に影響したのだろうか。

「『Bコープ』はアメリカ発祥の認証制度なので、日本の文化にフィットしない部分もたくさんあります。CFCLは全製品の50%を地産地消でまかなうことを約束していますが、技術力のあるニット工場の多くは新潟や福島に集中しているので、80km以内という基準を満たすのは困難でした。しかしこれらのニット産地は戦後から続いていて、私たちが守らなければならない日本のものづくりの拠点でもある。このニット産地こそ、CFCLが今後もベネフィットを生み出し、支えていくべきコミュニティであると定義し、主張しました。
新潟で作るよりも中国で作る方が確かに利益は上がります。でも我々はそれをしないことを『Bコープ』を通じて誓いました。カンパニーポリシーにも明記されているので、この先もし経営者が変わっても、その方針を簡単に変えることはできません」

2030年までに温室効果ガス排出量「実質ゼロ」を目指して

「Bコープ」は、認証を取得したあとも3年ごとに更新が必要となる。取得すればめでたしというわけではなく、大事なのはそれを維持できるかどうかだ。CFCLは、2030年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にすることを目標に掲げている。そのためにファーストシーズンから実施しているのが「ライフサイクルアセスメント(LCA)」。原料調達から生産、流通、販売、着用(洗濯機の使用)、そして廃棄に至るまでの一連のライフサイクルにおいて発生する温室効果ガスの量を測定する手法で、国内ではアパレル業界初の導入となった。

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出典:CFCL コンシャスネスレポート VOL.4

原料調達から廃棄までの全プロセスで、温室効果ガスの排出量がもっとも多いのは商品製造工程。CFCLと取引のある一部のニット工場が再生可能エネルギーに切り替えたことにより、2022年7月から販売しているVOL.4のポッタリーシリーズは、前シーズンに比べて最大30%の温室効果ガスを削減することができた(図2参照)。しかし、LCAは先進的な取り組みゆえに課題も多い。

「再生可能エネルギーへの移行や省エネ設計については、すべてのサプライヤーが前向きなわけではありません。LCAの数値をさらに下げていくためにも、引き続き彼らと綿密にコミュニケーションを取り、説得を続けなければなりません。
原料調達面での課題もあります。CFCLではほとんどの商品にペットボトル由来の再生素材を使っていますが、ペットボトルを回収して糸にする工場が日本にはほとんどありません。CFCLの再生ポリエステルは台湾で紡糸されたもので、それを北陸の工場に運んで製品加工しています。原料の輸送時に発生する温室効果ガスを削減するためにも、日本国内にリサイクル紡績プラントを増やす必要があります。そのために商社を巻き込み、日本政府に働きかけようと頑張っているところです。
廃棄のフェーズに関しても、現在はほとんどが焼却処分されている状況ですが、それを100%回収できるようになればマイナスにできる。そのためにも行政や大企業の協力を得て、回収スキームを構築していく必要があります」

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VOL.4で登場したアイテムと、それぞれの温室効果ガス排出量を示した図。さまざまな種類の温室効果ガスを二酸化炭素に換算した数値として表現するため、「CO2e」という単位が使われている。(出典:CFCL コンシャスネスレポート VOL.4)

ファーストシーズンのVOL.1コレクションでは、ポッタリードレスのみを対象にLCAを行なったが、2022年秋冬のVOL.4コレクションでは全45型にまで対象を広げて測定した。2025年までにすべてのアイテムでのLCAの実施を目指しているが、目標達成のためには乗り越えなければならない大きな壁がある。それは、アウターやボトムの多くに使われている、ファスナーやボタン、ゴム、紐、裏地などの付属品において、服のLCAの算出に必要な情報が共有されていないことだ。

「各メーカーが商品ごとに算出し、提示してくれたらそのデータを引用できるのですが、道のりは長いです。だからといって諦めるわけにはいかない。環境省や経産省、政治家とともに、今積極的に動いています。一筋縄ではいきませんが、サプライチェーン全体に責任を持つ立場として、挑戦する価値はあると思っています」

再生素材を“売り”にはしない

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出典:CFCL コンシャスネスレポート VOL.4

CFCLでは、ウール100%のアイテムを除くすべての製品に再生素材が使われている。それもただの再生素材ではなく、より持続可能な方法で加工されたことを保証する国際的な認証基準「グローバル リサイクルド スタンダード(GRS)」や「リサイクル クレーム スタンダード(RCS)」を取得したものだけを採用する徹底ぶり。全製品における再生素材の使用率も毎シーズン公表しており、VOL.4コレクションでは全体の76.54%を占めた。ただし、それを大々的にアピールするつもりはないと高橋さんは強調する。

「再生ポリエステルは丈夫で型崩れしにくく、洗濯機で洗えてシワにもなりにくい。現代のライフスタイルに必要な要素を併せ持っており、CFCLのフィロソフィーと非常に親和性の高い素材です。ただ、我々は再生素材を使っていることを売りにしたいわけではありません。売りになるのはみんなが使っていないからであって、むしろ多くのブランドに使ってほしいと思っているからです。そうなればもっと素材の開発も進むでしょうし、バリエーションも広がるはず。サステイナビリティは自社だけで実現できるものではないので、できる限り大ごとにしていきたいんです」

「Bコープ」を取らないという選択肢はない

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確実に収益を上げながら、信念を持って社会貢献に取り組むCFCL。その存在は、世界2位の汚染産業として厳しい目を向けられるファッション業界において、一筋の光明のようにも思える。きれいごとで終わらせずにアクションで示すというのは、並大抵の努力で推し進められることではない。高い目標を掲げ、チャレンジし続ける原動力はどこにあるのだろうか。

「私生活で娘が生まれたことは大きかったです。子どもたちの未来のために、親世代である自分に何ができるかを強く意識するようになりました。それに、今は服が余っている時代ですから、社会に対してよりよいインパクトを与えられる服を作らなければ意味がないと思っています。そうなったときに重要なのは、企業としていかに説明責任を果たしていくか。『我々は今この段階まできていて、こういうところはまだ達成できていないけれど、あと何年までに実現したい』と伝える方が芯が通っているし、それくらいの気概がないと世界に発信できないと思っています。
2022年秋冬のパリコレに参加して、ヨーロッパでは『Bコープ』が周知されていることを実感しました。認証取得には膨大な労力とコストがかかるので、後ろ向きになる企業も多いかもしれません。でも今後世界で勝負するには『Bコープ』を取らないと話にならない。そういう時代に確実になってきています。社員の雇用を守るためにも、経営者は緊張感を持って取り組むべきです」

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高橋さんの流れるような語り口に引き込まれた1時間だった。最後に、いち生活者としてプライベートで意識していることを聞いてみた。

「古きよきものを学びたいと思うようになりました。クラシック音楽は昔から好きで、最近は文楽や歌舞伎などにも興味があります。夏休みは家族で沖縄旅行に行き、伝統工芸の芭蕉布の工房を訪れました。昔から続いていて今でも愛されているものには理由があるし、それこそまさに“持続可能”なもの。人々に求められて機能しているということはつまり、社会に対してベネフィットがあるということです。それらの歴史を知ることはブランドを発展させていく上でのヒントになるかもしれないし、そういう“いいもの”を子どもにも見せたい。地球環境問題もそうですが、世代を超えて俯瞰してものごとを見る視点が大事だと思っています」

論理的で聡明な若き経営者は、一歩も二歩も先を行っているような気がした。影響力の大きい企業ばかりがやり玉に挙げられがちだが、SDGs達成に向けて足並みをそろえるためには、私たち個々人も今一度、襟を正さなければならない。達成期限である2030年まで、残された時間はわずかしかないのだから。

 

高橋悠介さんプロフィール画像
CFCL代表兼クリエイティブディレクター高橋悠介さん

1985年生まれ。2010年に三宅デザイン事務所に入社後、2013年に「イッセイ ミヤケ メン」のデザイナーに就任。2020年に独立し、CFCLを設立。2021年に「第39回毎日ファッション大賞 新人賞・資生堂奨励賞」および「ファッション プライズ オブ トウキョウ 2022」を受賞。VOL.4(2022年秋冬)コレクションより、パリファッションウィークでコレクションを発表している。

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