1コマ漫画でミャンマー情勢を伝える「WART」

『無題』山井教雄
抑圧されたミャンマーの人びとの声を、1コマ漫画で届けようと取り組んでいる団体が、日本にある。国内で唯一のマンガ学部を擁する京都精華大学の教員たちによって発足した「WART(ワート)」だ。同大学の特別研究員で、ミャンマー出身のナンミャケーカインさん(以下、カインさん)と、マンガ学部非常勤講師のドウノヨシノブさんが共同代表を務める。
1988年に起きた軍事クーデターの翌年に来日したカインさんは、立命館大学で国際関係学の博士号を取得し、開発経済学を専門に日本で研究を続けてきた。京都精華大学国際文化学部の特任准教授として着任したのは、2021年2月の軍事クーデターが起きてすぐのことだった。軍への抵抗の意志を示すために日本でできることはないかと考えていたところ、ミャンマーの漫画文化を調査していたドウノさんと知り合い、同年8月にWARTを設立した。
WARTは、Wa(和)、Art(アート)、Revolution(革命)、Trans(変化)の頭文字をとった名称であり、英語で「イボ」という意味にもなる。小さくても気になってしまうイボのように、世の中の“気になる存在”を目指すという思いが込められている。

京都市中京区にあるアートスペース余花庵で開催された「WART CARTOON 原画’と子どもの絵で伝えるミャンマー」の展示風景
活動の主な目的は、ミャンマーの人びとの苦しみや願いを表現した1コマ漫画を国内外から募り、展示やオンラインセミナーなどを通じて伝えること。作品は随時募集しており、これまでに100点以上が集まった。WARTの趣旨に賛同する施設の協力を得て、展覧会という形で発表されるほか、WARTのウェブサイトでも公開されている。

『無題』榊原太朗
ミャンマーの元国軍総司令官、ミンアウンフラインの部屋に呼ばれた3人の部下たち。その並び順が、偶然なのか故意なのか、抵抗のサインの「3本指」に見えてしまう。シニカルな笑いを誘うのは、漫画家の榊原太朗さんがWARTに寄せた作品だ。

『無題』篠原ユキオ
射撃の的のように人民を扱うミャンマー軍を3本指のモチーフで風刺した作品は、京都精華大学名誉教授の篠原ユキオさんが手がけた。
ほかにも、半世紀以上にわたり1コマ漫画を描き続けてきた坂井せいごうさんや、テレビ版『機動戦士Ζガンダム』の制作に携わった高山瑞穂さんなど、WARTの活動に共感した著名な漫画家の作品も数多く寄稿されている。「WARTはボランティア団体なので、作品の著作権は無償で譲渡いただくことになります。参加してくださった方々には、感謝の気持ちでいっぱいです」とカインさんは言う。
子どもたちの絵からわかること

『失った将来』ガンゴウトェー
ミャンマー国内の深刻な人道危機は、子どもたちの絵にもはっきりと表れている。11歳のガンゴウトェーさんが描いたのは、2022年10月21日にザガイン管区のレッイェッコウン村で中学校が空爆されたときの様子。明るい色彩とは裏腹に『失った将来』という絶望的なタイトルが付けられ、そのコントラストが見る者に強く訴えかける。
「2021年のクーデター以降、ミャンマーの人びとは民主化を求めて市民不服従運動(CDM)を行っています。軍のもとで公務員として働くことをボイコットしたり、国立の学校に通うのをやめたりといった、非暴力の抵抗運動のことです。学校に通わない選択をした子どもたちのために、CDMに参加する教師たちがオンラインの学校を開いています。そういった学校に協力を仰ぎ、生徒たちに1コマ漫画を描いてもらいました。弾圧の様子を伝える子どもたちの絵を見ると、心が締めつけられる思いです」

『無題』ヤウンニートーン
夕焼け空を背景に、3本指を掲げたひとりの子ども。胸には「quiet(静か)」の文字が浮かぶ。ヤウンニートーンさんが描いたこの作品は、カインさんにとって特別な1枚だという。
「2021年12月10日の国際人権デーに、ヤンゴン市内では外出をいっせいに控えて抗議の意志を示す、サイレントストライキが行われました。当時9歳だった彼女は、自由と平和を願ってこの絵を描き、WARTに送ってくれました。その一方で、静まりかえった街の様子を撮影したひとりのジャーナリストがクーデターを起こした軍に拘束され、拷問の末に命を落とすという悲惨な事件が起きました。サイレントストライキはその後も毎年12月10日に行われていますが、そのたびに市民が不当に拘束されています。私にとってこの絵は、犠牲になった人びとに思いを馳せる作品です」
作品集『WART CARTOON』が、歴史ある漫画賞の大賞に
軍事クーデターからちょうど4年目の2025年2月1日、WARTに寄せられた作品の中から65点を収録した画集『WART CARTOON』(寿郎社)が刊行された。
本書は2026年4月、漫画界で最も権威ある賞のひとつとされる、第55回日本漫画家協会賞カーツーン部門の大賞に輝いた。公益社団法人日本漫画家協会は、「国内外の漫画家や子どもたちの絵は平和への想いにあふれ、見る者の胸に迫る」と受賞理由を説明している。
「1コマ漫画で描かれているのは、過去に起きたことではなく、ミャンマーで現在進行形で起きていることです」カインさんはそう語気を強める。
2025年末から2026年1月にかけて、ミャンマーでは国軍主導の選挙が行われた。2021年のクーデター以降初となる総選挙だったが、軍に拘束されているアウンサンスーチーさんをはじめ、民主派勢力を完全に排除した状態で強行されたものだった。結果として国軍系政党が圧勝。奇しくも『WART CARTOON』が大賞を受賞したのと同じ2026年4月に、クーデターを先導したミンアウンフライン前国軍総司令官が大統領に選出された。新政権は政治体制の正常化をアピールしているが、事実上の軍政の延長であり、国際社会からは“見せかけの民政移管”であると指摘されている。
今現在もミャンマー情勢は不安定なままであり、多くの民間人の命と生活が危険にさらされている。さらに、大規模な地震や災害も重なり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると推定370万人以上が国内で避難を強いられている状況だ(2026年6月時点)*。カインさんは、多くの人がミャンマーのことに関心を持ってほしいと願う。
「政権のトップが軍服を脱いだとしても、弾圧はまだまだ続いています。クーデターから5年半、民主化を求める仲間の間でも、支援疲れがあらわになってきています。そんななかで、日本漫画家協会賞をいただいたことは、私たちにとって大きな励みになりました。WARTの活動は目立つようなものではないかもしれませんが、今後も地道に1コマ漫画で伝え続けていきたいと思っています。まずは、ミャンマーのことを知ってください。そして、こんなことは絶対に起きないと信じたいですが、万が一、日本政府がミャンマーの現政権を認め、国交正常化に向けて動き始めるようなことがあったら、本当にそれでいいのかと疑問に思っていただきたいです。そういった素地を培うためにも、『WART CARTOON』がひとりでも多くの人に読まれることを願っています」

『無題』篠原ユキオ
言いたいことが言えて、描きたいものが描ける社会。表現の自由は、今の日本に暮らす私たちにとっては、当たり前に享受されるべき基本的人権のひとつだ。だが81年前は、決してそうではなかった。日本にも漫画を自由に描くことすら許されない時代があったことを、私たちは忘れてはならない。
ミャンマーの実情は、決して遠い世界の話などではない。言葉がわからなくても、文化が違っても、たった1枚の絵が人の心を動かすこともある。「知る」ことはすべての始まり。本書が、その手がかりになるはずだ。
*国連UNHCR協会公式ウェブサイトより引用(https://www.japanforunhcr.org/appeal/myanmar)