2026.09.29

「差別する私」から逃げない。『ルポ 被爆二世』の著者が紡ぐ、光が当てられなかった記憶の数々

被爆者の子どもとして生まれた人たちのことを「被爆二世」という。親の被爆体験を語り継ぐ担い手として期待されることが多い一方、彼らが経験してきた苦しみや葛藤、差別については深く知られていない。被爆二世は、原爆の被害者なのか。なぜ「触れるのが難しいテーマ」だといわれるのか。今年の夏に集英社新書から刊行された『ルポ 被爆二世』の著者であり、ジャーナリストの小山美砂さんに話を聞いた。

被爆者の子どもとして生まれた人たちのことを「被爆二世」という。親の被爆体験を語り継ぐ担い手として期待されることが多い一方、彼らが経験してきた苦しみや葛藤、差別については深く知られていない。被爆二世は、原爆の被害者なのか。なぜ「触れるのが難しいテーマ」だといわれるのか。今年の夏に集英社新書から刊行された『ルポ 被爆二世』の著者であり、ジャーナリストの小山美砂さんに話を聞いた。

INDEX

遺伝的影響が確定しないなか、差別されてきた被爆二世

「差別する私」から逃げない。『ルポ 被爆の画像_1

1994年生まれの小山さんは、広島にも長崎にも縁がなく、親族に原爆被害者はいない。学生時代に新聞社のインターンシップで被爆者の証言を聞いたことをきっかけに、核問題に関心を抱くようになった。2017年に毎日新聞社に記者職で入社すると、自らの希望で広島支局へ配属に。「黒い雨」訴訟をはじめとする原爆報道に取り組むなかで、被爆二世の問題に出合った。

被爆二世とは、両親のどちらかが被爆者で、広島原爆にあっては1946年6月1日以降に生まれた人、長崎原爆にあっては1946年6月4日以降に生まれた人のことをいう。正確な人数は不明だが、30万~50万人との推定もある〈『ルポ 被爆二世』(集英社新書、2026年)より〉。

現行の制度では、被爆二世に被爆者健康手帳は交付されておらず、被爆者と同様の援護措置(医療費の給付や各種手当の支給)を受けられない状態にある。一方で、原爆放射線の遺伝的影響へのおそれがあるとみなされ、結婚や就職などで差別されてきた歴史がある。

国の専門機関の調査によると、放射線の遺伝的影響は現時点では確認されていない。ただし結論を求めるのは時期尚早であるとされ、現在も被爆者と被爆二世を対象にゲノム解析が進められている。また、国の調査とは異なり、遺伝的影響を示唆する研究結果も存在する。

「遺伝的影響の有無はわからないものの、多くの被爆二世が自身の健康や放射線の影響に不安を感じています。取材を通じて、彼らがもやもやした状態のまま生かされていることがわかりました」と小山さんは言う。

被爆二世は、原爆被害者なのか。一人ひとりの話を聞き取ることで、小山さんはこの問いと向き合うことにした。

国の援護は必要なのか

小山美砂さんの著書、『ルポ 被爆二世』(集英社、2026年)の書影

題字は、大阪被爆二世の会が発行した『被爆二世 第2号』(1976年)より

原爆被害の取材に注力するべく、毎日新聞社を退社した小山さんは、2023年からフリーに転身。真っ先に取り組んだのが、被爆二世への取材だった。『ルポ 被爆二世』は、彼らが歩んできた戦後をたどるノンフィクションだ。多くの二世の声に耳を傾けてきた小山さんが、それぞれの実情や価値観に深く迫る。

「親の被爆体験から始まり、自身の健康についてどんな不安を抱えているか、それが日々の暮らしにどんな影響を及ぼしているのか。彼らの心の奥底まで立ち入って聞かなければ、被爆二世というテーマの本質が見えてこないと思いました。1、2時間の取材ではとうてい足りず、かなりの時間が必要でした」と小山さんは振り返る。

丁寧に取材を重ねるなかで見えてきたのは、同じ二世でもさまざまな考えや立場の人がいるということだった。「被爆者の子どもにも健康被害が生じうるとして、国の援護の必要性を切実に訴える人がいる一方、安心を求めて遺伝的影響を否定する人もいれば、子どもに影響なんてあるわけないと笑い飛ばす人もいました」

自分の体に異常が見つかり、自死を考えるほど悩み苦しんだ少女、遺伝的影響をおそれて子どもをもつことを諦めた夫婦、「自分には被爆二世のことは書けない」と言ったベテランの新聞記者。話を聞けば聞くほど、誰にどんな言葉を届けたらいいのかわからなくなり、小山さん自身も葛藤した。

「もしも被爆二世への国の援護が実現すれば、放射線の影響は遺伝するというおそれが強まり、かえって差別が広がってしまうのではないかと悩んだ時期もありました。援護の必要性を訴えることで、遺伝的影響がないと信じている人を傷つけてしまうのも怖かったです」

そんな小山さんの考えに変化が起きたのは、被爆二世運動に長年携わっている森川聖詩さんの言葉に出合ってからだった。

「被爆二世が結婚や就職の場面で差別されるのは、生産性が求められる社会において、病気になったときの対応を配偶者や企業が背負わなければならない不安があるからだと、森川さんはおっしゃいました。実際に病気に苦しむ被爆二世がいるなら、彼らをサポートしない限り差別の連鎖は終わりません。差別を解消するためには、国の援護が必要だと確信しました」

科学的な解明よりも、当事者の悩みや人生に目を向ける

誰かが書かなければ、なかったことになる。多くの被爆二世と向き合ってきた小山さんのなかには、次第に焦りにも似た感情が芽生えていった。

「90代の被爆者の男性が、自分に孫がいない理由を家族に聞いたところ、息子夫婦が子どもをつくらない約束をしていたことがわかったと、泣きながら話してくださったことがありました。被爆者や被爆二世に対する偏見や差別は、そういったかたちでいまだに彼らを苦しめています。これまで、遺伝的影響の有無という科学論争ばかりが繰り返され、当事者の悩みや人生には目を向けられてきませんでした。だからこそ、絶対に書く必要があると思いました」

『ルポ 被爆二世』には、壮絶な被爆体験の後も続いていく人生のなかで、焦点が当てられなかった記憶の数々が紡がれている。刊行後の反響は大きく、小山さんのもとには長文の感想が何通も寄せられている。

「今まで明かせなかった経験を打ち明けてくださる被爆二世の方が多く、埋もれてきた痛みがこんなにあるのかと驚いています。たとえば、自分が二世として生まれてきたことを受け入れられず、原爆の歴史と勝手に紐付けられることが腑に落ちないという話や、自分のきょうだいが早くに病気で亡くなったことを、どう受け止めていいか今もずっと悩んでいるという話など、自分の記憶を掘り下げて書いてくださっている印象があります。核兵器は、世代を超えて人びとを痛め続けていることを思い知らされます」

差別の根源にある優生思想

「差別する私」から逃げない。『ルポ 被爆の画像_3

「私は被爆二世と結婚し、子どもをもつことができるだろうか」。病気や障害のある子が生まれてくることを否定的に捉えていることに気づいた小山さんは、被爆二世の取材を続けながら、自分のなかにある優生思想を自覚したと本書で打ち明けている。

優生思想とは、人間のいのちに優劣をつけ、社会にとって「優れている」とされる人びとの子孫を残すことを奨励し、「劣っている」とされる人びとの子孫の存在を制限・排除しようとする考え方のこと。日本には1948年から1996年にかけて、遺伝性疾患のある人や障害がある人への強制不妊手術を認める優生保護法が存在していた。

小山さんは、自分自身の差別感情を深く反省する一方、被爆二世への差別の根源にあるのは、人びとのなかに潜む優生思想だと明示する。

「被爆二世問題に取り組むにあたり、当事者ではない自分が伝えようとしても説得力を欠くような気がしていました。しかしマイノリティへの差別は、差別される側の問題ではなく、差別をするマジョリティ側、つまり『私たち』の問題です。そう気づいたとき、自分自身のためにも挑戦する意義があると思い改めました。差別心を抱いた個人だけの責任に帰するのではなく、長年にわたりその差別を支え、再生産してきた社会構造に目を向けるべきだと思っています」

小山さんは「被爆二世を差別した私」から目をそらさず、自分自身と対話しながら本書を執筆した。タブー視されてきたテーマと向き合ったことに手応えを感じながらも、「通過点」という認識だ。

「被爆二世という問題を考えるうえで、取りこぼしてしまっている声がまだあります。それに、被爆二世というひとつのテーマが、ほかのさまざまな社会問題とどのように結びついているかも捉えていかなければならないと思っています。被爆二世は、被爆者が生きて命をつないだ証です。原爆がもたらした被害の全体像を明らかにし、これからも核の非人道性を問い続けていきます」

『ルポ 被爆二世』を読むと、被爆二世や三世にも原爆の被害がおよんでいることが明らかだとわかる。原爆投下から81年が過ぎても、その苦悩は世代を超えて受け継がれている。調査や研究結果だけにとどまらず、その背後にある一人ひとりの物語に耳を傾け、思いを巡らせたい。「被爆二世というテーマから、逃げ出さない」と小山さんが結んだように、それが今を生きる私たちの責任だ。

小山美砂『ルポ 被爆二世』(集英社新書)

商品名

:

小山美砂『ルポ 被爆二世』(集英社新書)

価格

:

¥1,111

小山美砂さんプロフィール画像
ジャーナリスト小山美砂さん

1994年、大阪市生まれ。毎日新聞記者を経て、2023年からフリーに。広島原爆投下後に降った「黒い雨」の被害を記録した『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)で第66回JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞受賞。旧ソ連(現カザフスタン)にあるセミバラチンスク核実験場を訪れるなど、核被害をテーマに取材を続けている。