2026.10.14

西川美和監督の最新映画『わたしの知らない子どもたち』が描く、名もなき戦争孤児の物語

戦争孤児の生き様を描いた映画『わたしの知らない子どもたち』が、10月16日から公開される。西川美和さんが20年以上におよぶ監督キャリアのなかで、初めて「戦争」という題材に本格的に向き合った力作だ。9月に開催された第51回トロント国際映画祭のプラットフォーム部門に正式出品され、日本映画で初めて同部門のオープニング上映作品に選ばれた話題作でもある。原案・脚本・監督を務めた西川さんと、主人公の茅野琴子を演じた小八重葵美さん、それぞれに作品への思いを聞いた。

戦争孤児の生き様を描いた映画『わたしの知らない子どもたち』が、10月16日から公開される。西川美和さんが20年以上におよぶ監督キャリアのなかで、初めて「戦争」という題材に本格的に向き合った力作だ。9月に開催された第51回トロント国際映画祭のプラットフォーム部門に正式出品され、日本映画で初めて同部門のオープニング上映作品に選ばれた話題作でもある。原案・脚本・監督を務めた西川さんと、主人公の茅野琴子を演じた小八重葵美さん、それぞれに作品への思いを聞いた。

INDEX

知っているようで知らなかった、12万人以上もの戦争孤児の存在

映画『わたしの知らない子どもたち』主演の小八重葵美さんと西川美和監督

――『わたしの知らない子どもたち』は、戦後の日本を主題に据えた作品です。なぜ戦争孤児を描こうと思ったのでしょうか。

西川さん(以下、西川) 前作『すばらしき世界』(2021年)の制作過程で、戦後の日本に実在した12万人以上もの“名もなき子どもたち”の存在に出会いました。映画の原案である佐木隆三さんのノンフィクション・ノベル『身分帳』(講談社文庫)に、母親と生き別れた主人公が戦争孤児たちとともに生き延びたというくだりがあったのです。家も家族も失い、誰にも守られることなく生き抜かなければならなかった孤児たちは、現代を生きる私たちにとって決して身近ではありません。焼け跡のなかで命をつないだ過酷な現実や、裏社会とのつながりなど、私はあまりにも彼らのことを知りませんでした。戦争孤児の物語を作りたいという強い思いに駆られて、2020年から企画を始め、今作に結実しました。


――西川さんは広島市出身です。今作の舞台を東京にしたのはなぜでしょう。

西川 これまで、被爆地にルーツを持つ作り手たちが、原爆や戦争をモチーフにした素晴らしい作品をたくさん生み出してきました。一方で私は、「広島で生まれ育った」というだけで使命感のようなものを背負わされることに疑問を感じてきました。戦争は日本全国で起きたことなのに、被害を局地的に語ることが問題を狭くしているような気もしました。

私は大学進学を機に上京したので、東京に長く住んでいます。東京に暮らしている人たちは、約10万人が亡くなったといわれる東京大空襲のことをあまり語らない印象があります。毎年3月10日に犠牲者を追悼する式典が都内で行われますが、さらに掘り下げて学ぶ機会は少なく、「知っているようで知らない」と感じました。自分が戦争をモチーフにした映画を作るなら、まさにそういうことに挑むべきだと思いました。

男の子として生きるなんて、考えもつかなかった

映画『わたしの知らない子どもたち』主演の小八重葵美さん

――小八重さんは現在中学1年生ですが、これまで戦争について考えたことはありましたか。

小八重さん(以下、小八重) この映画の出演が決まったとき、私は小学5年生でした。学校の授業で、戦争や平和について学ぶ機会はあまりなかったです。ずっと東京近郊に住んでいますが、東京大空襲のこともほとんど知りませんでした。


――撮影に入る前に、映画に出演する子どもたちと集まり、当時の時代背景について勉強したそうですね。具体的にはどんなことを学びましたか。

小八重 まず、戦争孤児になった少女の映画『うしろの正面だあれ』(1991年)を観て、みんなで感じたことを語り合いました。1945年3月10日に東京で何が起きたのか、当時はどんな暮らしだったのかを知るために、昭和館や東京大空襲・戦災資料センターに行って展示資料をたくさん見ました。それから映画の舞台となった上野の駅や街を歩き、当時の名残を感じたり、実際に戦争孤児であった吉田由美子さんのお話を聞いたりしました。広島に行って、原爆ドームや平和記念資料館も見学しました。それまで知らなかったことばっかりだったので、戦争のことを深く学ぶことができました。


――孤児となり、少年として生きることを決意した12歳の少女・琴子を見事に演じられました。とても難しい役どころだったと思いますが、いかがでしたか。

小八重 女の子だとわかると危険だから、髪を切って男の子のふりをして生きていこうなんて、私には考えもつかないことでした。そうやって自分を守ろうとした琴子は、本当に強いと思います。役づくりで髪を短くすることに、最初は恥ずかしい気持ちもあったのですが、撮影期間がちょうど夏だったので、涼しくてよかったです。

現実は、映画よりもはるかに残酷

西川美和監督

――少女であることを隠して生きた琴子には、モデルとなった人物がいるのでしょうか。

西川 リサーチの段階で、戦争孤児に関するさまざまな文献を読み込みました。そこでよく目にしたのが、進駐軍からの性暴力を恐れた女性たちが髪を切り、男性のように装ったという記述です。今でこそ異常な光景に思えますが、当時は珍しくなかったのだと思います。琴子のイメージも、そこから着想を得て膨らませていきました。


――脚本を発展させるうえで、実際に戦争孤児だった人に取材したと伺っています。証言を通じて感じたことを教えてください。 

西川 東京大空襲で両親を亡くした3人の女性に取材し、それぞれの孤児体験を聞き取りました。彼女たちの体験談は、そのまま映画にすると見られないほど凄絶でした。路上生活をしながら飢餓状態になり、あまりの苦しさに自ら命を絶った子どもも多かったそうです。その一方でどうにか生き延びた人たちは、闇市から食べ物を盗んで飢えをしのいだり、親戚に引き取られてひどい虐待を受けたり。話を聞けば聞くほど、本当に映画にしていいのだろうかと葛藤しました。戦争孤児だったことを誰にも明かせずに生涯を終えた人も多いですから、話すのも辛かっただろうと思います。

映画『わたしの知らない子どもたち』の場面写真

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

西川 取材したうちのふたりは、残念ながら映画が完成する前にお亡くなりになりました。小八重さんたちにも話をしてくださった吉田由美子さんだけが作品を見てくださり、「これまで多くの人に伝わらなかったことを描いてくれて、勇気づけられた」とおっしゃいました。でも、戦争を体験した人からすれば「こんな生ぬるいものではない」というのが本音だと思います。


――リアリティのある描写を避けたのは、子どもたちにも鑑賞してほしいという思いがあったからでしょうか。

西川 戦争孤児を描いた映画には、『火垂るの墓』(1988年)という金字塔があります。高畑勲さんのような戦争を知っている世代の方には、これぐらいのことは知っておくべきだという強い思いがある一方、戦争を知らない世代の親たちは、あまりに悲惨で子どもが観るとトラウマになるのではと感じてしまうようです。あんなに美しいアニメーションですら観せられないと言われてしまう時代ですから、どうやって子どもたちに戦争を伝えていけばいいのだろうと悩みました。しかし、その難しさに向き合うことこそが、戦後を生きる作り手の役割なのだと思います。子どもが観られるような戦争映画がとても少なくなってきているように感じるので、小学校高学年以上の子どもたちをはじめ、若い人たちにぜひ観てもらいたいです。

苦しさのなかにも、美しい要素をちりばめた

映画『わたしの知らない子どもたち』の場面写真。ピアノを弾く主人公の琴子

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

――おふたりにとって、思い入れのあるシーンを教えていただけますか。

西川 収容施設に島送りにされた子どもたちが『椰子の実』を歌うシーンが大好きです。子どもたちが本当に可愛いんですよ。過酷な日々のなかで、音楽が救いになることが伝わるといいなと思います。作中で使われている曲はどれも素晴らしいクラシックなので、原 摩利彦さんの音楽も含めて楽しんでいただきたいです。

小八重 戦争孤児救済施設の館長役の吉田羊さんに、「もう大丈夫だよ」と声をかけてもらうシーンが深く心に残っています。撮影期間中ずっとプレッシャーを感じていたこともあって、吉田さんに抱きしめられた瞬間に、緊張の糸が切れたように気持ちがあふれてきました。

映画『わたしの知らない子どもたち』の場面写真。琴子役の小八重葵美さんを抱きしめる吉田羊さん

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

――西川監督との対話のなかで、印象に残っている言葉はありますか。

小八重 映画の後半で、琴子はあまり言葉を話さなくなっていきます。表情や目の動きだけで演じるのに苦労したのですが、自分が思っているよりも強く表情をつくると、観ている人に伝わるよと教えていただきました。

西川 子どもというのは、どんなに正確に脚本から感情を読み取っていても、案外表情には出ないものなんだなと思いました。今回は観客に伝えることが重要だったので、子どもたちには演技についていろいろと相談しました。ただ、子どもが無表情だからといって、何も感じていないと思ったら大間違いなんだなと気付かされました。

奪われた人たちの痛みを想像して

映画『わたしの知らない子どもたち』の場面写真。向き合う小八重葵美さんと二階堂ふみさん

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

――映画では、琴子と曽根先生を軸に物語が展開されます。ふたりの女性の視点で描いた意図を教えてください。 

西川 琴子は途中から男の子として生きるようになり、口数もどんどん減っていくので、物語を押し進める語り部のような存在が必要でした。元担任の曽根先生が琴子を探す旅をするなかで、大人たちの後悔も見えてくるのではないかと思いました。ふたりそれぞれの戦後を追うことで、子どもたちがいかに力強く生き延びようとしたか、そして大人たちがどう責任をとろうとしたかを描くことができました。


――戦時中に日本で強制労働させられた、朝鮮半島出身の人の話も織り込まれています。加害の歴史に目を向けたことには、どんな思いが込められているのでしょうか。

西川 被害者のはずの子どもたちでさえ、無意識のうちに戦争に加担してしまっていました。そのため、戦争被害の側面だけにスポットを当てた映画になってしまうのは危険だと思いました。日本の国土が焼かれるなかで、痛みを背負って生きたのは日本人だけではなかったことは明らかです。日本がいろんなものを奪ってしまった周辺諸国の人たちのことを想像することが、ものづくりにおいても大切だと思っています。

映画『わたしの知らない子どもたち』の撮影メイキング。小八重葵美さんと西川美和監督

撮影メイキングより

――戦争がこれまでになく身近に感じられてしまう今、この映画を観た人にどう受けとめてほしいですか。

西川 企画し始めた頃はコロナ禍でした。書かなければ忘れられてしまうと思って書き始めた物語だったのに、世界情勢が大きく変わったことで注目されるモチーフになってしまいました。「こんなはずじゃなかった」という怖さを感じると同時に、私だけではなく、いろんな作家がいろんなアプローチで繰り返し取り組んでいくべきだと思うようになりました。「西川ができたのだから、自分にもできるだろう」と若い人たちに思ってもらうのが理想です。

小八重 戦後の話だけれど、平和を描いていません。とても重い内容なので、苦手な人もいるかもしれません。でも、この作品を通じて、人の痛みを想像することはできると思います。戦争は遠い国の出来事だと思っていたし、深く考えることもなかったのですが、この映画での経験を通して、自分にできることを考え続けていきたいです。あと、子どもたちが鰻を食べるシーンがあるのですが、みんなすごく幸せそうなんですよ。そういったホッとするようなシーンもあるので、ぜひご注目ください。

『わたしの知らない子どもたち』

原案・脚本・監督/⻄川美和
出演/⼩⼋重葵美、⼆階堂ふみ、坂東⿓汰、櫻井海⾳、花瀬琴⾳、羽⼭由⼀郎、⼩林丞之介、岩⽥⿓⾨、渋⾕そらじ、武内ひなた、北村有起哉、吉⽥ ⽺、⽵野内 豊、岡⽥准⼀、⽥中裕⼦、役所広司
音楽/原 摩利彦
2026年、日本
PG-12 150分
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

映画の原案小説も発売中
西川美和『わたしの知らない子どもたち』(パームブックス)

商品名

:

西川美和『わたしの知らない子どもたち』(パームブックス)

価格

:

¥2,200

映画では語られなかった登場人物の物語が、丁寧に綴られた長篇小説

西川美和さんプロフィール画像
映画監督西川美和さん

1974年広島県生まれ。『蛇イチゴ』(2002年)で長編監督デビュー。『ゆれる』(2006年)、『夢売るふたり』(2012年)、『永い言い訳』(2016年)、『すばらしき世界』(2021年)を発表。2026年10月に公開される最新作『わたしの知らない子どもたち』と同名の原案小説を、8月に上梓。

小八重葵美さんプロフィール画像
俳優小八重葵美さん

2013年千葉県生まれ。2025年公開の映画『#真相をお話しします』で俳優デビュー。同年、短編映画『Happy End of the World』に出演。2026年10月公開の『わたしの知らない子どもたち』で、キャリア初となる主役に抜擢された。